大和ノ国ノ少女ノ話Ⅰ
「ほんっと美しいですなぁ~。どうですかい?あっしこう見えても…」
商人のおっちゃんがいやらしい目で父親に声を掛けた。
「はっはっはっ、あんたにゃあやりませんよ。」
父はそれを軽く流して商店街を歩いていく。
「そっちの子は何です?」
また声を掛けられる。
「サトミの遊具とでも言っとこうかねぇ?」
「はははっ、引き立て役なんざぁいなくてもサトミちゃんはこの街で一番綺麗だろ~?男はいなくても、これで暫くは安泰だろう?良かったねぇ~。」
「はっはっ、滅相もねぇ。」
父は胸たかだかに、堂々と道を歩いていく。
その後ろを母、里美お姉ちゃん、そして私、哀里が続いていく。
「もう体調は大丈夫なんかい?」
また話し掛けられている。
「里美?」
「はい、おかげさまで、すこぶる快調で御座います!」
お姉ちゃんは蒲公英の花のような笑顔でにっこりと微笑んだ。
男は頬を赤らめる。
「はっ、な~に照れてんだぁ!」
「照れねぇ方が可笑しいっすよ!へへ…こんな良いもん貰っちまったんじゃあ何か返さねぇとなぁ…ほら、葱、後は…生姜も持ってけ!」
「いつも助かるぜ。」
お姉ちゃんは身体が弱かった。
「おら、さっさと飯作れ!!」
父が乱暴に母を突き飛ばす。
父は母と私の名前を呼ばない。
母は私達を含めて5人も子供を産んでいたが、全員女の子だった。
そして、下の3人は売り飛ばされた。
多分、遊女として名を与えられて生きていくか、奴隷として名もないままに死ぬか、それとも外の国に輸送されるか…そんなところなんだろう。
出来の悪い私は、お姉ちゃんに庇って貰って、何とか家にいられている。
父は母が女の子しか産まない事に怒り、次第に仲は悪くなっていった…らしい。
そうお姉ちゃんが言っていた。
翌朝、父は働きに出掛ける。
「行ってくる。」
「行ってらっしゃいませ、貴方。」
「行ってらっしゃい。」
母とお姉ちゃんがお見送りする。
私は、存在が不快だと言われているので、部屋で毛糸を転がしていた。
「さて、お裁縫の時間よ。」
母は一言そう呟くと、黙々と作業し出す。
私達も作業をし出す。
「お母様、少しアイリとお花摘に…。」
暫くすると、お姉ちゃんが唐突にそう切り出した。
「えぇ。」
母は見向きもせずに一言そう呟いた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「ゴホ、ゴホ、…う、うぅ…。」
お姉ちゃんは吐血した。
「お姉ちゃん!」
「静かに!」
お姉ちゃんは私の口を塞ぐ。
「アイリ?わかってるわよね?」
「う、うん…。」
私は手拭いを持ってくる。
お姉ちゃんはそれで血を拭った。
「何でお母様に言わないの?」
「…私にはアイリ、貴女がいないと駄目なの。元々不治の病。それを克服した奇跡の子。もし体調が悪化してるのがバレたら、それこそお父様に殺される…。」
「お姉ちゃんは大丈夫だよ、殺されるとしたら先ずはわた…」
「言ったでしょう!私には貴女がいないと駄目なのよ!…貴女だけが私の…全てなのよ…。」
そう言うと、お姉ちゃんは泣き出してしまう。
「お姉ちゃん…お母様が待ってるよ。涙拭こ!」
私はそう言うのが精一杯だった。
そして私にとっても、お姉ちゃんと二人きりの時間が唯一無二の安楽の時間だった。
外の国の事はよく知らない。
知っているのは、この国が女の輸出で成り立っているということ、鎖国というものをしていて、一部の国としか交易をしていないこと、外の国では、女が普通に魔法を使っているということ。
…全部お姉ちゃんが教えてくれた事だった。
「痛っ!」
「あはは、アイリは相変わらず不器用だねぇ。」
私はいつも指に針を刺してしまい、よくお姉ちゃんに笑われた。
「お姉ちゃんは何でそんなに上手く出来るの?」
「上手に、よ?言葉の使い方は大事、女の子なんだから!」
私は女という性についての固定観念みたいなものが大嫌いだった。
お姉ちゃんは唯一、それを理解していてくれた。
その上で、からかってきたりしてくるのだが。
「でもアイリは糸を切るのだけは上手よね。」
お姉ちゃんは私の切った糸の切り口を撫でて、言った。
「ふん、最悪な女じゃないかい。」
母は父の暴力でストレスが溜まっているらしく、私に対してはかなり毒をはいた。
「女は男に愛される為に産まれてくるのだから、いくらナイフの扱いが上手くても畏怖されるだけで意味が無い!お前は見た目が最悪なのに裁縫も家事も料理も何もかも出来ない穀潰しなんだからさっさと…」
「お母様!」
お姉ちゃんが珍しく怒鳴った。
「…ふん。」
母はそう言うとまた黙々と作業に没頭した。
女は家財だ。
だから家主はその全てを管理し、それらが不祥事を起こした場合、全責任を負わねばならない。
しかし、それらが壊れたところで家主が損をした、としかとられない。
女は財産であり、立派な商品だ。
お姉ちゃんにはとてつもない価値があって、私はゴミ屑。
これがこの国での全てだった。
お姉ちゃんは、痩せた身体にまな板気味の胸、日に焼けた肌に基本無愛想な性格な私とは正反対で、
胸も顔も、全身が程よく膨よかで、人当たりが良く笑顔が眩しい、紅い着物に生える淡く美しい白い肌をもった、この国の理想の女性像そのものだった。
こんなお姉ちゃんだから、この街の大地主から声が掛かるのに時間はかからなかった。
どうでもいい話を前話に投稿しました。




