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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

衛星ビアラスの磁気嵐の中で

作者: 風連

星は数々あれど、中々住める物ではないのだ。

惑星の改良は、時間がかかる。

ひとつの太陽系に住める星が、ゼロ、なんてのは常識。

薔薇色の銀河の中に、双子の恒星を持つ、良さそうな惑星と衛星群を見つけた。

そこからが、大変だった。

惑星は重力が大きく、全体を覆う液体がうねり、混沌の中に陸らしき物が無い。

そばの複数のうちのひとつの衛星に、火山と平地が存在していた。

大気中の水素と酸素が多いようだが、かなり有望な衛星だった。

3台飛ばした偵察用の無人機が、磁気嵐で狂って、データが取りづらい上に、偵察機自体が故障してしまうのだ。

器の彼女が、志願した。

衛星は、便宜上、ビアラスと名付けられた。

セラミックと絶縁材でコーテングされた、特別機の真ん中に器ごと彼女が、据え付けられた。

器の中では、一時的に外界との接触の全てを切られた彼女が、眠っている。

パニックを起こさないための処置だったが、器を入れる作業をした、須田智洋すだともひろは、複雑な気分だった。

分析官の肩書きだが、なんでもやるのは、当たり前だった。

そうで無ければ、この船に乗ってる意味はないのだから。

適性検査に受かっている器の彼女だったが、わざわざ志願させる上官のやり方も、あまり好きではなかった。

器に入れられて、こんな宇宙の果てまで連れてこられて、その存在意義を試されるのだ。

生まれつき身体の無い器の彼女にとっては、なんでもないことなのだろうけど。

淡白な感情のまま、作業は終了したが、モヤモヤが残った。

これから、300時間の衛星ビアラスの探査が始まるのだ。

智洋達もバックアップ体制に入る。

ビアラスの衛星軌道から、器の彼女を乗せた偵察機が、自然落下して行く。

オレンジの光の尾を引き、オーロラの輝くビアラスに落ちていった。

モニター越しだったが、この薔薇色の銀河は、なんとも美しい光景を目の前に広げてくれる。

先人達がここに惹かれ、住める星を探した気持ちがわかるのだった。

器の彼女からのメッセージが、母船に届いたのは、5時間後だった。

磁気に阻まれ、連絡が滞ってただけなのだが、再起動の不備があったらと、智洋ともひろは一時もモニターから眼を離せなかったので、第一報が届くと嬉しかった。

飛行は順調で、ビアラスの写真を送ってきていた。

不思議な火山が噴火している。

千から二千メートルの単独峰が多かった。

したがって、火山は円錐形で占められていた。

隆起した山脈が、見当たらない。

地震や地殻変動が無いかの様だった。

これだけの火山が活動していて、マントルの動きが、無いはずがない。

だが、器の彼女からのデータは、ビアラスが、一枚板の上に火山を乗せている様な写真ばかりが届いてくるのだった。

大陸の隆起が見られないので、前回の無人偵察機からのデータの裏付けがとれた。

火山と平地の星なのだ。

大気の分析は、時間がかかった。

酸素も窒素も水素もあるが、量的に不安定要素がある。

智洋は20時間、器の彼女からのデータ分析をしてから6回目の休憩に入った。

兎に角、寝た。

器の彼女は、300時間ぶっ続けで、活動出来るが、身体のある智洋には、休息が義務付けられていた。

器に入るという事は、そういうことなのだ。

目覚めると、智洋は脚を呼んだ。

この偵察母船の中で、身体を全て持ってる者はいない。

四肢の欠損を補い活動するのに、重力からの解放は、不思議な自由を与えてくれる。

自室では、手を使い好き勝手に動く事が出来る。

データ室の人工重力と規律が無ければ、智洋は手長猿の様に腕だけで、そこらを移動したかったぐらいだ。

こうした辺境の太陽系まで惑星探査に出る船の中では、母星では考えられない無重力が作り出す恩恵を、得る事が出来た。

宇宙では、身体の存在の有る無しなどと言う事は、もはや障害にならないのだ。

適性検査は厳しいし、訓練は想像を絶するし、身体も所属も連邦政府の物になるのだ。

だが宇宙は、全てを超える。

テクノロジーの進歩は、ただ欠けた四肢や臓器を補うだけではない。

星の重力に縛られていたならば、智洋の行動半径は、機械の脚で歩くか、自走式の車椅子に限定されてただろう。

だがここでは、空間全てが自分のものだった。

究極が器だった。

器の彼女は、ビアラスの空を鳥より速く飛び回っているのだ。

脳自体が、大事なのだ。

上官の竹村真琴たけむらまことは、肩から下の両腕が無かったが、なんの問題もない。

司令室からこの船全体に眼を光らせている。

船内では、邪魔な髪を伸びない様に処理してるのが一般的だが、竹村真琴は、美しい頭の形が映える様に、剃り上げていた。

機械化され有機質でコーテングされた両手の義手は、彼女好みのマネキュアが、されている。

智洋は、腰から下が無く、呼んだ脚を慣れた手で装着すると、スムーズに立ち上がった。

持ち場に戻りたかったが、まずは食事をしなければならないのだ。

人の身体を持たない彼女の自由さを、感じた。

身体の管理自体、いらないからこそ、ああして飛んでいられるのだ。

偵察機は、順調にデータを、送ってきていたし、両極を、巡ることも出来ていた。

両極には、氷が見られ、海が存在していた。

海から頭を出してるのも、円錐形の火山だった。

司令官が、母星とのやりとりを頻繁にしている。

時間の存在しない1次元空間を使っての、通信機の発明がこれを可能にしていた。

3次元、4次元と、次元を足せば良いものでは無いのだ。

かの天才奇才数学者、森忠明もりただあきの計算式は、この通信空間を、見つけ出し、実用化してしまったのだ。

彼もまた、器の中の人だった。

同期の通信士、和久井裕美わくいひろみと、食事しながら、この通信装置の話題で、盛り上がった。

裕美は、左半身の一部と左脚欠損をしていたが、外見からは、それがわからないほど、整っていた。

俺もそうだが、無機、有機にかかわらず改良化されてても、生身の部分を捨てる事は中々出来ない。

指1本残ってれば、残したいと、まず親が望む。

それを汲み取れる年齢になってから、全身機械化するのは、難しい。

器の彼女は、モニターの中に顔も身体も持っていたのだが、偵察機に積み込んだ、器の外皮が、思い起こされた。

俺が席に戻ると、母星からの指令は、人工地震を、ビアラス上で起こす事を示唆してきた。

地震での隆起とマントルの動きとそれによる衛星内のデータを取りたいのだ。

器の彼女は、モニター越しに、微笑んで、指令通りに、震度20の地震を、衛星の三箇所で、起こした。

高度を上げ、避難しているので、磁気嵐のオーロラに包まれ、通信が途絶える。

ジッと待つしか無いのだ。

手足は生身だが、人工骨格で、肋骨や骨盤を補助してる重本加奈しげもとかなが、ため息をつく。

彼女は、人工骨で胴体を支えるため、重力のあるところでは、歩行補助装置をつけていた。

モニター室を出て、無重力になると、補助装置から抜け出して、よく踊ってる明るい子だったが、通信が途絶えてると、やはり心配になるのだ。

器の彼女は、みんなの関心の的だったし、みんな彼女が、好きだった。

いくら安全な空間での待機だとしても、通信が切れてるのは、不安だ。

重本加奈が、器の彼女を名前で呼びたいと、1度司令官の竹村真琴に、提言したが、器の彼女自身が望んでいないと、却下されていた。

加奈は、名前が無い器の彼女に、あのとか、貴女とか呼びかけることに、疑問をもっていた。

俺にも、名前を呼びたいと、詰め寄ってきた事があったぐらいだ。

休息時間帯のデータの処理を再考しながら、そんな事を考えていた。

見えないへその緒でつながっている、器の彼女との通信は、中々繋がらず、加奈のため息が、増えていった。

オーロラの瞬く星の中の偵察機を捉える事が出来ない。

出力を上げたが、雑音と砂嵐のモニターが、無情にも見えるだけだった。

加奈がチャンネルの変更を申し出た。

器の彼女が、通信可能なチャンネルを探している場合もある。

裕美も席に着き、チャンネルを探る事になった。

稼働している全員で、通信可能なチャンネルを探していると、器の彼女をとら得る事が出来た。

思わず、拍手が起きる。

地震のデータが、送られてきたので、忙しくなった。

やはり、人工地震で磁気嵐がかなりの高度まで吹き荒れたのだ。

200時間が、過ぎる頃、衛星ビアラスの質量計算が出た。

軽いのだ。

星の中が、虫食い状態で、一枚板の様な外側に亀裂が入った事で、水が中に落ち込み、海が地表から消えていた。

まるで、スポンジが、水を吸った様になってしまったのだ。

想定外の出来事に、器の彼女も興奮していた。

その上、内部に流れ込んだ大量の水が衛星のバランスを崩し、惑星に引っ張られ出しているデータが、来た。

重力のある惑星に引かれれば、衛星自体が、落ちる。

300時間を、待たずに器の彼女の撤退命令が出た。

総合分析官の中里慎吾なかざとしんごからの提案だったので、司令は迅速だった。

器の彼女も、荒れ狂う磁気に通信を遮断されながらも、どうにか指令に応えた。

270時間後、偵察機が、母船に帰ってくる事になったのだ。

だが、磁気嵐は、益々荒れ狂い、重力の歪んだ衛星は、器の彼女を、離さなかった。

母星は撤退命令を伝えて来た。

選択肢はなく、影響のないラインまで、退がざるおえなかった。

やがて、惑星の荒れ狂う海が、その大気圏ギリギリまで、その触手を伸ばし、ビアラスの火山の噴火を活発化させ、誘発地震が頻繁に起きだした。

衛星自体が、割れだし、星が歪む。

加奈が、悲鳴の様な声で、器の彼女に呼びかけを続けていた時、ビアラスは、砕けて、燃えだした。

薔薇色の炎に包まれ、引き剥がされた部分から、惑星の海に落ちていく。

1度、落ちだすと、次々とビアラスは、グツグツと煮え立つ惑星の海に溶けていった。

みんなの呼びかけが通信機を通して、船の外側に広がるが、受け止める偵察機は、存在していなかった。

俺は、悔しかった。

こんな風な結末はみたくなかった。

予定の300時間が無情に過ぎていった。

警告音が鳴り響く中、フリーズしたモニターの中の器の彼女が、微笑んでいる。

呼びかける名前を誰も知らない、器の中の彼女がいた。


今は、ここまで。

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