第8話
ふ、と目を覚ました魔女は、手元に冷えた紅茶を見つけて息を吐いた。
――夢を、見ていたらしい。そう思って、少しだけ胸が温かくなる。
(もう、どのくらい昔のことだろう)
数えることさえやめてしまったほど昔の夢だった。
まだ魔女が魔女になる前の頃。前の魔女がいたあの頃の夢は、今も魔女の胸に残っていた。
森に生贄が来なくなって、代わりに迷い子が森を訪れるようになった。
生贄は何年もかけて廃止させた。森は贄を求めていないと、そういい続けた。神子が森から帰ってきたのがその証だとそう叫び続け、ようやく生贄を廃止できた。
そうして約束どおり森に戻ったけれど、やっぱり魔女は居なかった。いたらいいな、と思ったけれど、でも、あの時魔女が言っていたから寂しくはない。
森そのものが魔女なのだと、いないけれど、ずっと一緒にいるのだと言ってくれたから。
だから、彼女は一人ぼっちでも淋しくなんてなかった。
それに今は、時々だけれど人が訪れる。時にそれは人間だったり、猫だったりするけれど、魔女は彼女との約束を守って、楽しく暮らしていた。
だから幸せだと、魔女は笑っていえるだろう。
(ねえ、魔女さま)
窓から見えるのは大きな満月。
魔女は冷えた紅茶を飲み干し、もうひとつのカップをテーブルにおいて新しく注いだ。ふわりと広がる優しいにおいに、魔女はそっと目を細めて笑う。
(わたし、しあわせだよ。あなたが願ってくれた通りに生きてるよ)
そう心で呟いて、暖かい紅茶をゆっくりと飲み干した。
ふと目をやれば、たっぷり注いだはずのもうひとつの紅茶カップが空になっていて、魔女は少し目を見張る。でも、すぐに小さく笑った。
静かな森の中。その奥に、今にも朽ちて崩れてしまいそうな洋館がある。
そこに居るのは一人の魔女。答えを求め、さまよう魂を救う者。
迷い子を導き、契約に縛られる一人の魔女。
彼女の元を、今日も迷える魂が訪れる――
-了-