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はち☆みつ!


「入るよー」


「ファイトォー!!」


「いけるよーっ!」


たくさんの声援が飛び交う体育館。


今は、中学校三大行事の一つ、球技大会の真っ最中だ。

この中学校の球技大会は、バレーボールとバスケットボールが、一年交代で行われる。今年は、バレーボールだ。


コートでは、1組Aチーム対3組Aチームの接戦が繰り広げられている。1組の方が、2点少ない。でも、最後の1分で取り返し、紫乃(しの)のアタックが決まった瞬間、終了の笛が鳴った。



では、チーム交代の時間を使って、自己紹介をします。

私は八家(はちや)里衣(りい)。この球技大会では1組のBチームにいる。

身長は背の順で並んだ時に、前から数えたほうがはやいくらい。どの教科でも、テストの点は平均の2、3点下くらい。好きな教科は社会だけど、こんな感じじゃ、得意教科なんてあるのかな?


まあ、どこにでもいるような普通の女子中学生だと思う。

おっと、自己紹介の間に自分のチームの番だ。急がないと。



慌てて礼をして、コートに入る。

リーダー同士がじゃんけんをする。3回ほどあいこが続き、こちらが勝ってサーブ権をもらった。


最初のサーブ。よりによって私が打つことになってしまった。正直、球技は大の苦手だ。


「里衣ー入るよー」


「がんばってー」


チームの人が声をかけてくれる。この声援を力に変えられるといいんだけど……

えいっ!

私の打ったふにゃふにゃのサーブは、ネットにあっさりぽふっと引っかかってしまった。


「ドンマイ」


「大丈夫だよー」


慰めてくれるけど、サーブミスはとてもつらい。結局この後も、いやになるくらいミスだらけだった。目の前に飛んできたボールをよけてしまったり、アンダーで空振りしたり、ようやく打てたと思えばあらぬ方向へ飛んでいき、しまいにはチームの人と衝突——


ほぼ2倍の点を取られて試合は終了した。



敗因は、私だ。役に立とうと思って動くほどミスを連発し、かえって邪魔になる。


これだから球技は嫌なんだ!私さえいなければ、勝っていたかもしれない。下手な奴は上手な人の邪魔にならないように動かないほうがいい。

あ~あ・・・勝っても負けても、もうどっちでもいいか・・・・・・


「あれ、里衣大丈夫?おなか痛いの?先生呼ぼうか?」


と、突然上から心配そうな声が降ってきた。見上げると、玲歩(れいほ)がいた。考えているうちにしゃがんでしまったようだ。


「うん・・・大丈夫。ちょっと考え事しちゃってね。」


あははと笑いながら立ち上がる。

コートではすでに、次の試合が始まっていた。



とりあえず、周りの人に合わせて応援の言葉を叫んでおく。でも、頭の中は、別のことを考えていた。


それは、今試合中の1組Cチームの人。佐藤みかん。なんだか甘そうな名前だけど、本名だ。


私と同じようにずば抜けてすごい特技も教科もない。そして、しょっちゅうドジる。もしかしたら私よりドジかもしれない。

でも、みかんはとにかく粘る。理科の実験も、給食の配膳も、掃除のときも。先生や周囲の人たちが「もういいよ」と何度も言うまで粘り続けている。


そして、なぜかみかんは多少のミスをしても、みんなは温かい目で見てくれる。「みかんなら、いいや」この一言でまとまってしまう。


今も、一生懸命にボールを追いかけて空振りしている。すぐあきらめる私なんかとなにか違う。自分のやった失敗でいつまでも悶々としていて、あげくの果てに無気力になっている私とは何かが。


どうしてこんなに私とみかんは扱いが違うの?


悶々とした思いを抱えたまま、球技大会はいつの間にか終わっていた。勝敗も、私はよく覚えていない。



私とみかん。私とみかん、そしてクラスのみんな。何が違う?

適当に数学の宿題を自分の部屋で解きながら考える。


んー……これは6と3をかかけて、こっちは約分で・・・残した7を足すから・・・


計算しているすみっこで考え続ける。違いは、何?


うんうん、この問題はまずかっこでくくって・・・えーと4か・・・あれ、この8、何?


違いは、何?


8?違い?え、どうなってるのこれ・・・


「あー、もう!数学がこんがらがる!何がやりたいの私!」


思わず考えたことを大声で言ってしまった。

とりあえず、深呼吸をして、落ち着こう。



大きく口を開けて、お腹の奥に空気を送りこむ。


すあぁーふー・・・ すあぁーふー・・・


落ち着いてくると考えがまとまってきてようやくわかった。私とみかんの違い。

「粘る」?いや、「一生懸命さ」だ。


どんなことでも、目の前にある〝何か〟に一生懸命に向かう。たとえそれが、日常のほんの些細なことでも。かったるいような委員会の仕事や、授業の時も。掃除の時だってある。


いつも、「どうせ自分にはできない」とか、「粘るなんて面倒くさい」と思っていた。

でも。毎日をつまらなく、さえなくしているのは、そういう考えの自分なんじゃないか?目の前にあることでいい。どんなことでも一生懸命になれれば、もう少し日常は面白くなるのかもしれない・・・・・・


うん、よし!


「とにかく、この数学の宿題を終わりにするぞ!」


声に出して宣言してみる。心なしか晴れやかな気持ちになっていた。



その翌日から、私は頑張ってみた。


たった1問の一次方程式でも、一生懸命解けるように気合を入れた。掃除も、担当の場所が終わったら、目についたところを拭いてみたりした。授業のとき、積極的に手を挙げてみたり、もっと時間を守れるように努力した。


自分なりには、とっても努力した。一生懸命に日常を生きてみた。


・・・・・・結果?何も変わらなかった。短い期間やったところで、たかが知れている。みんなが気づくほど変われるわけがない。テストの点が上がったわけでもないし、きっと誰も気づいていないよね。


でも、以前よりはいろいろなものが色鮮やかに見えてきた気がする。一生懸命にやった数学が実は楽しいと知った。小さな発見が喜びにつながって、また明日も頑張ってみようと思えた。


誰も気づかなくても、私の中でこれだけ変わったんだ。それだけでいいのかもしれない。



一生懸命やることで、私の中が少し変わり始めてから、しばらくたった。もう学年の末だ。次の学年への準備もある。そんな中で、先生方がある計画(プロジェクト)を始動させた。それは、「いいところの樹」というものだ。


一人一人がクラス全員のいいところを葉の形をしたメモにどれも匿名で書く。そしてそれをフェルトペンで描いた木の上に貼っていく。


このプロジェクトを聞いたとき、正直不安だった。私がみんなのいいところを書けるか不安だし、書いてもらえるかも不安だった。

変わろうと努力したことも気づいていないような人達だ。きっと私のことなんて、全然見ていないはずだ。葉も、あまり集まらないかもしれない。


落ち込んだままだったけど、書き始めてみると意外と思いつく。

自分が頑張っていれば、人の頑張っているところも見つけやすくなるのかもしれない。


期限ぎりぎりだったが、全員分の葉を書き上げた。



数日後。全員の「いいところの樹」が完成したので、本人に渡されることになった。


にこにこした顔の先生から手渡される。

自分の席について、まとめられた冊子本の表紙を見る。


〝いいところの樹〟


表題の下には青々と葉を茂らせた大樹のイラストが描かれている。

見たくない。どうせ、みんな薄っぺらい適当なことしか書いてないんだ。しかも数枚しか貼ってないんだ。


それでも、私は表紙に手をかけた。自分が悲しくなるかもしれない。そんな思いも端に寄せて、勇気をかき集めて、その表紙を開けた。そこには・・・・・・



「里衣ちゃん、いつも頑張っているよね。」


え・・・?


「どんなことも一生懸命やっていて、すごいと思いました。」


「最後まで掃除をしてくれてありがとう。」


「よく授業中に手を挙げて、発言とかしていて、すごいと思いました。」


何で?何で、こんなにあるの?


不思議になって数えた葉の数は、クラスのみんなと先生を合わせた数。

みんな、私のことを見てくれていたんだ。誰も気づいていないって思っていたけど、そうじゃなかったんだ。


思わず目頭が熱くなって、流れ落ちそうになる涙を必死でおさえる。はたから見たら、変だったかもしれない。でも、そんなことはどうでもいい。


「なんだか前と変わった八家さんを見て、自分も頑張らないと、と思いました。」


「委員会の仕事をいつもきっちりやってくれてありがとう。」


私の思いは伝わっていたんだ。気づいていないのは私の方だったかもしれない。


ふー・・・と深くため息をつく。


やっぱり、一生懸命何かをすることは、誰かをを動かせるのかもしれない。もし、できなかったとしても、自分が楽しければとりあえずそれでいい。



たぶん、私はみかんみたいにはなれない。それは、よくわかっている。人には生まれつきのものがあるから。

でも、一生懸命なにかに取り組むことに才能は必要ない。だから、誰にでもできる。本気で立ち向かえば、たとえつらくても、「楽しい」と感じられるところが必ずあるはず。それは、大人になって、社会に出た時にも役に立つはずだ。


うん、これからも毎日を一生懸命に生きていこう!きっと、誰かが見てくれているはずだから。



Fin


こんにちは。伊野尾ちもずです。


この作品の主人公、八家里衣について少し説明をさせていただきます。

たいしてとりえのない、女子中学生。

テストも平均点にほぼ届かない。そしてドジっ子。

球技大会の自分のミスでとことんまで無気力になった彼女を思い直させたのは、誰かの言葉ではなく、同じクラスの、自分と同じようなドジっ子を見ていた時だった。


「なにそれ?!」と思う方もいらっしゃると思いますが、実際よくあることだと思います。自分は意識していないのに、だれかが自分の姿を見て変わろうと思う。人を動かすときに必要なのは、言葉だけでなく、行動も大事だと伝えたくて、この作品を書きました。

伝わったらいいな、と思います。


ここまで読んでくださって、ありがとうございました。

またどこかでお会いできたら、光栄です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと励まされます。 [一言]  みかんのようにはしてもらえなかったです。
2015/10/13 19:31 退会済み
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