右手の小指 ――罪人。会計
会計、音泉亜紀および真樹。
「「副会長が死んだのってさ」」
「きっと」
「たぶん」
「「地味女の祟りだよなー!」」
放課後の生徒会室。悲しむふうでもなく、怯えるふうでもなく、僕らは顔を見合わせて笑った。
同じ生徒会役員だったとしても友達というわけではない。むしろ副会長は何かと鼻にかけてこちらを馬鹿にしてくるから、もともとそんなに好きではなかった。
きっとあの性格じゃろくに人付き合いできなかったんだろう。副会長とまともに話す人間と言えば会長と皐月、ファンクラブの女の子だけ。
最近じゃファンクラブの子にも遠巻きにされてたって話だし、自殺したって悲しんでくれる人間があんまりいないね? かわいそかわいそ。
「でも副会長の指、折れてたんだってね」
「誰かが折ったのかな?」
「だとしたら副会長、そいつに殺されたのかも!」
「あの地味女の幽霊かな? それともあいつを大切にしてた人間?」
「いるのかな、そんな人間」
「いるかもね、そんな人間」
「なら僕たちもきっと殺されちゃうな!」
「次に狙われるのは僕たちかもよ?」
「「楽しそー!」」
自分たちが殺されるかもって話で楽しそうなんて異常かもしれない。
でも、僕らにはお互いがいるから。だからなーんも怖くない!
皐月も大好きだけど、やっぱり僕らはお互いが一番大事。
当たり前だよね。双子だもの。ずっと一緒にいたんだから、絆も一番強いはず。
「そんなヤツが出たら、一緒に倒しちゃおうな、真樹!」
「うん。一緒に倒そう! 約束!」
この絆は誰にも壊せない。
絶対に。
僕らは互いの 右手の小指 をそっと絡めた。
* * *
『あなたのかけがえのないものを奪います』
「「なにこれー?」」
黒いメッセージカードに赤い文字。文面もさることながら一目で不吉なものとわかる代物が僕と真樹、両方の下駄箱に入れられていた。
僕と真樹は顔を見合わせて首をひねる。もしかして、と真樹が声を上げた。
「副会長を殺したかもーって犯人じゃない?」
「え、うそ。ほんとにいたんだそんなヤツ」
「これ、次は僕ら、ってことだよな」
真樹の口調に僅かな怯えが含まれていたことに僕は驚いた。つい先日は犯人を馬鹿にして笑い飛ばしていたというのに、実際自分が標的になると弱気になったようだ。
励ますようにその肩を両手で掴み、僕と同じ色の瞳を覗き込む。
「大丈夫だよ真樹。僕ら二人一緒なら絶対に大丈夫! 何不安になってんだよ」
「そ……うだよね。そうだよな、亜樹!」
僕らは大丈夫。
だって、こんなに強い絆で結ばれているんだから。
僕はメッセージカードを真樹の手から取り上げると、自分のものと一緒にぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に捨てた。
どうせ他愛もない悪戯だ。セキュリティーが厳しいこの学園で、僕らに何ができるっていうんだ。
* * *
「双子。この書類、資料室に片付けてこい」
副会長が自殺してから生徒会の仕事は増えた。学園が突然の事件に混乱したのもあるが、今まで生真面目に書類の整理整頓などをしていた副会長がいなくなったというのが一番大きい。
慣れない書類分けをしながら、せめて仕事の引継ぎしてから自殺してよ、と頭の中で文句を言っていると、会長から声がかかった。
渡された資料は結構な量がある。きちんと分類はされているみたいだが、資料室でさらに指定の場所を探さなければならないのかと思うと面倒だった。
「まったくー、仕方ないなー」
だけど会長の指示であれば僕は基本的になんでも従う。
少しでも会長に“従順で有能な部下”という印象をもってもらうためだ。
まだ真樹にも話していないことだけど、僕は将来会長の右腕として働きたいと思っていた。
だって柏原って言ったら世界でも通用する名門中の名門だ。規模、資金、歴史、どれをとっても超一流。彼の家に比べたら華道をやっている音泉の家なんて無駄に古臭いだけで没落の一途を辿っている。
会長だって言ってたんだ。「この学園には有能な部下を見つけるために入学した。よく気の利く人間を探している」って。
僕は間違いなく会長の部下候補には上がっている。音泉の家は真樹に譲って、僕は柏原の会社でその手腕を発揮するんだ。
乗り換えっていうと言い方が酷いけど、僕は僕の人生を考えた結果会長にすり寄ることに決めたんだ。
もちろん真樹にも稼いだお金は分けてあげるけどね。双子だもの。
本当に惚れている真樹には悪いけど、僕は皐月に惚れてなんかいない。恋愛なんてしている暇はないのだ。皐月は可愛いし隣にいると安心するけど、僕の目的は最初から皐月自身じゃなかった。
ただ少しでも会長に僕のことを印象付けたかった。会長が皐月に近づいたから、嫉妬されない程度に僕も取り巻きに加わった。話題作りのためにTV番組を見るのと同じ。
やり方は間違ってなかったと思う。
事実会長がずっと邪魔に思っていたはずのあの地味女を排除できた。僕の功績だって、思ってくれたよね?
だって僕らが、地味女を階段から突き落としたんだし。