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左手の中指 ――罪人。副会長

 副会長、小野寺真琴。

 両親共、世界に誇るピアニストだった。

 その芸術性とプライドは子供にも引き継がれ、僕と兄は小さな頃からピアノを習わされてきた。週5日という過酷な練習に、“小野寺”の名前を公然と使っていいとされたのは一人だけ。

 僕と兄は血反吐を吐きそうなぐらいの努力と競争を強いられていた。

 だが、同じだけの努力をしても才能というのは大きく幅を利かせるもの。


 兄は転落し、僕だけが頂上に昇りつめた。

 “小野寺の天才児”としてただ一人パーティーに招かれた時は、ああ、優越感に浸ったさ。

 誰もが兄を無視し、僕だけをひたすら褒めた。両親は不良となった兄を勘当し、僕に厳しくも甘く接した。


 兄の行方? そんなの知るはずがない。

 出来損ないなんてどうでもいいし。


 高校に上がっても僕の栄光は続いた。

 顔の造形がいい僕は周りからもてはやされ、高校の最高権力である生徒会に推薦された。

 最も、この僕が副会長という第二位の位置というのが少し不満だが。それでも生徒会長である柏原雄介は、僕が認めるほど優秀な人材だったから文句は言うまい。兄以上に優良な競争相手ができた、そう思うことにした。



「やっぱり真琴のピアノはいつ聞いても綺麗だね!」



 そんな僕が、恋をしている。

 1ヶ月前に転入してきた宮川皐月。社交辞令の笑顔ばかり浮かべて本当の意味で笑うということを忘れそうになっていた僕に、真実の笑顔をくれた。

 彼女の傍は心地よく、彼女が笑ってくれるだけで僕の顔にも微笑みが浮かぶ。



「これは、皐月のために作った曲なんです。気に入ってくれましたか?」

「えっ! 真琴が作ったの? すごい!」



 こんな気持ちははじめてなんだ。なんとしてもこの子を手に入れなければ。

 邪魔なものはファンクラブを動かして全部潰せばいい。皐月にまとわりついていた、あの根暗な女子のように。


 ―― 左手の中指 が鍵盤を叩いた。




*  *  *




『あなたのかけがえのないものを奪います』



「なんですか、これは」



 靴箱にはいっていた一通の黒いメッセージカード。赤い文字で書かれているその内容は、およそ恋文とは思えない。

 僕は不快を全面に出し顔を歪めながら、そのカードを裏返した。裏には何も書いていない。差出人も不明のままだった。

 かけがえのないものを奪う、だなんて不吉な。どうせ僕の才能を羨む連中からの嫌がらせだろう。こういうことは珍しいとはいえ、しばしばあった。

 近くにいたファンクラブの一人を手招きで呼び寄せる。



「これの犯人を突き止めなさい。その後は……分かりますね?」

「ふ、副会長様……ですがッ」

「僕の不興を買えば君のご両親が困るのでは? そもそもこういう嫌がらせから僕を守るための組織でしょう。まったく、役に立たない」



 怯えた様子のファンクラブ員に思わず舌打ちが漏れそうになる。

 この前、さんざん制裁を行なってきた女生徒が自殺したことがファンクラブを尻込みさせているようだ。

 何を今更。その女生徒を不良男子に強姦させ、その写真を校内にばらまくようなことまでしておいて、今更怖気づくなんて馬鹿馬鹿しい。

 どうせあんな根暗女の家なんて大した権力もない。死んだって何の支障もないというのに。




*  *  *




「小野寺。今日の放課後、生徒会室に残れ」



 会長からそう言われ、僕は渋々ながら生徒会に居残ることにした。

 本当は一刻も早く皐月に会いたい。だが、僕は正直会長にだけは苦手意識を感じているのだ。

 僕よりも成績上位という理由だけでは決してない。この人の考えが理解できないからだ。


 死んだ根暗女と婚約を結んでおきながら、皐月に近づいた。その実、皐月に対してもどこか乾いた目を向けている。

 時々誰かを偲び口端を上げているが、その想いの先にいるのは誰だったのだろうか。なんとなくだが、皐月や根暗女ではないような気がした。

 何を考えているのかわからない人間は怒らせない方がいい。その暗雲に何が潜んでいるのか予測できないのだから。



「まったく……なんなんですか。僕も暇じゃないというのに」



 誰もいない生徒会室で苛ついた声を出しながら、皐月のことを思う。こうしている間に他の生徒会役員ライバルたちに皐月を取られてしまうかもしれないのだ。

 一刻も早く皐月のもとへ駆けつけたいのに、何時まで経っても誰も来ない。会長は、こんなところで僕に何をしろと言うんだ。



 部屋に充満する甘い香りに気づいた。

 その時にはもう遅く、僕の意識は急速に遠のいていった。


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