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 少女とのママゴトが終わり、私は寮室へと帰った。

 生徒寮は通常であれば二人部屋だが、端数だった私は一人で部屋を使える。偶然ではない、要にそうさせるよう指示した。


 見知らぬ部屋に見知らぬ空気。

 料理をしようとしては焦がしているあの子の、泣きそうな声が聞こえない。

 手に持った小瓶に額を押し付け、深く息をついた。



「……大丈夫」



 息を数秒止め心臓を落ち着かせてから、制服を脱ごうとした。

 その時、寮室のチャイムが鳴る。


 誰だろう、と思ったのも一瞬。少女には部屋の番号を教えていない。友人もいない。

 ならば、今この状況で私に会いたがる人間はただ一人。

 うっすらと笑みを浮かべ、私はその人間を招いた。



「っナギ!」



 ドアを開いた瞬間に無断で部屋に入り、私の身体を抱き込んだ男。

 懐かしい香りが鼻孔を擽る。この男は、私がずっと昔にあげた安っぽい香水を今でも愛用していた。

 首筋に押し付けられる額。そこから、男――生徒会会長、柏原雄介の懺悔は始まった。



「すまない……っ! すまないナギ! あいつを、俺は、あいつを救えなかった……!」

「……雄介。貴方は、宮川皐月のことが好きになったんじゃないの?」

「そんなはずないだろ?! あんなぶりっ子、誰が好きになるものか! あいつの側にいたのは、あいつとその取り巻きを抑えるためだ」

「……そうだったんだ」



 声を濡らしてみる。残念ながら、涙はでなかった。

 あの子が消えた時だって、私は泣くことが出来なかった。

 私のココロは欠落している。喜びも悲しみも憎しみも怒りも何もなかった。

 それらをくれたのは、全てあの子だったのだ。あの子がいなくなった今、私が涙を流すことはない。



「俺は……っ、あいつの婚約者でありながら何も気づけなかった……! あいつが俺のことで苦しんでいたなんて……! 俺のファンクラブのやっかみがあいつを傷つけるからって、あいつと距離を取って、っでも俺は……!」

「……雄介は、あの子を守ろうとしてくれたんでしょ……? なら、……あの子は、許してくれるよ」

「ナギ……! いい、のか……? 俺は、許されていい、のか……?」

「……いいよ。あの子は、君を許すと思う」

「あ……ありがとう……! 俺を許してくれるんだな、ナギ……!」



 ああ、許すと思うよ。

 あの子は。


 抱き付いたまま離れない雄介を引きずるようにして部屋に通す。

 1年と2か月ぶりに会う幼馴染の顔は相変わらず野性味にあふれた美貌を持っていたが、その表情はどことなく暗い。

 それもそうか。彼の婚約者であったあの子が、屋上から飛び降り自殺をしたのだから。



「ナギは、どうしてこの学園に……?」

「……言わなきゃわかんない?」



 雄介にコーヒーを差し出し、ソファーの隣に腰掛けた。

 彼との距離は30センチ。手を伸ばせば簡単に触れられる距離だ。

 あの子が恋慕していた彼の隣に座るなんて、以前の私なら罪悪感に苛まれとてもできなかっただろう。今なら“必要”という理由でどんなことでもできる。罪悪感すら、もうない。


 雄介は質問を口にしてから後悔したらしく、少し悲しげに視線を下へずらした。



「やっぱり、あいつらに復讐するのか」

「私を止める? ……生徒会の仲間を庇う?」



 眉を垂らしながら答えの分かっているその先を待つ。

 彼から見れば、私は泣きそうに微笑んでいるように見えるのだろう。

 でもね、雄介。私はあの子が消えてから、泣くことも笑うこともできなくなったんだよ。



「ッあんなクズどもを仲間と思ったことなどない! ……俺は、お前が復讐をするというのならそれを全力で支えよう」

「雄介……私は、あの子のためなら鬼にもなるよ。……それでも、いいの?」

「ああ。……悲しかったんだな、ナギ」



 大きな手が私の頬に触れ、数回巡った後に今度は髪をかき分けて後頭部を押さえる。

 次にされることが分かっていながら、私は目を閉じて彼を受け入れた。

 すぐに唇に柔らかい感触が乗り、滑った熱い塊が咥内に侵入してきた。

 無遠慮に口の中の壁を這いずりまわった後、唾液の糸を引きながら唇は離れていった。



「……すまない、ナギ」



 あれだけ積極的にキスをしときながら、離れた瞬間に殊勝な顔をする彼が滑稽で仕方ない。

 謝るなら、どうしてまだ私の腰に腕を回しているの?

 期待しているくせに今更不貞を詫びるなんて、白々しい。



「ナギは……悲しいんだよな……? 俺じゃ、ダメか? 俺が、ナギの悲しみを癒す。全部忘れさせてやる」

「……雄介」

「俺もあいつが死んで苦しんだ。でも、いつまでもくよくよしてたら、死んだあいつも浮かばれないと思うんだ。だから、傷の舐め合いと言われても仕方ないが……、俺とナギなら、あいつも許してくれると思う」



 そうだろうね。あの子は誰よりも優しい子だったから。

 私が復讐なんてことを企むことなく幸せに暮らすことを望むだろう。

 貴方が悲しみにくれることなく新たな恋を掴むことを望むだろう。

 たとえあの子が死んだ三日後に、私と雄介が恋人になっても優しく微笑んで祝福するのだろう。


 全ては憶測。



「……いいよ。雄介、……忘れさせて」

「っ、ナギ……!」



 いいよ。飢えているんでしょう?


 私を食べて。


 これで導入部分は終わりです。

 次回から復讐対象の視点に切り替わります。

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