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IF①-1 聞かぬが花

※要ルート。要ヤンデレ化

※ハッピーエンドにはなりません


「……そ、だ。うそだ、嘘だ嘘だ嘘だ!! ナギは、ナギは俺のことを、愛してると、愛してるといったんだ!!」

「本気でそう言っていたと思うのか?」

「ナギは、ナギは俺と幸せになると、俺を愛してると、何度もっ!」



 この男の、こういうところが嫌いだ。

 自分で肯定する言葉を吐いておきながら、泣きそうな表情がそれを否定する。

 自分はナギ様に愛されていると主張しながら、心の中でそれを全く信じていない。

 ナギ様を信じ、ナギ様を追いかけることがどうしてできなかったのか。ナギ様の気持ちを、どうして分かってあげられなかったのか。


 ああ、その通りだ。柏原雄介。

 ナギ様はお前のことを、愛しているよ。

 そのことに気付いていないのは、お前だけだったんだ。


 ……なぜ、この男だったのだろう。

 ナギ様のそばに一番長くいたのは私だったはずなのに。ナギ様と同じような境遇にたち、ナギ様の心を一番よく知っているのは私だったはずなのに。

 イタリアまで追いかけたのも私だったじゃないですか。どうして私を見てくれなかったんですか。ひたむきに、ひたむきに、ただ貴女だけを愛していたのに。



「お前はナギ様を裏切った」



 懐から拳銃を取り出しながら安全装置を外し、柏原雄介が身じろぐより先にその額めがけて撃つ。

 鳴り響いた銃声が沈黙の部屋に木霊した。衝撃に耐えられなかった男の体が後ろに倒れる。その額に赤黒い穴が開いているのを確認した私は、彼の死体に近寄り、残りの5発を続けざまにその顔めがけて撃ちはなった。

 6発分の穴が開き、見るも無惨な姿になった柏原雄介を見て、ほんの少しだけ胸がすく。



「それなのにお前はいまだにナギ様に愛されている。私はそれが許せない」



 ナギ様がお前を殺さなかったのが何よりの証拠だ。

 生かしておくのがこいつへの罰? いいえ、ナギ様。それは事実を虚飾しているに過ぎない。

 貴女はこの男を殺せなかった。憎んでも憎んでも、完全に憎むことはできなかった。だからこの男の殺害に躊躇した。



「許せない……許すものか」



 どす黒い感情が沸々とわき上がり、コールタールのように胸中にへばりついていく。

 どうしてですか。この男は最低の形で貴女を裏切ったのに。私は最後まで貴女に従順な忠臣であったというのに。

 私だけが貴女のすべてを理解していたのに。……いや? 理解していたのか? 私は貴女が自分自身すら殺めようとしていることを知らなかった。貴女も私に話してはくれなかった。

 わたしは、しんらいされていなかった?



「わた、しは」



 だとしたら私の存在は何だというのだ。

 どんな時でもナギ様の味方をした。あまり我が儘を言わないナギ様の、些細な表情の変化を読み取ってお仕えしてきた。地獄の果てまでついて行こうと誓った。

 私は、一番信頼できる従者ではなかったのですか? それですらないなら、私は、私は何者なんですか?

 朔夜様のようにこの男のように、愛されもしない。信頼すらされていない。

 私は、何者ですか?



「ナギ様、あなたを」



 がらがらと、自分の中で何かが崩壊していく。それは理性という感情のダムだったのかもしれないし、虚飾に満ちた忠誠心だったのかもしれない。

 私はずっと、自分自身を騙し続けてきた。そばでお仕えできるだけで満足だと、無欲を装い自分の感情を抑えつけた。魔が刺して・・・・・ナギ様の手紙をすり替えたこともあったが、それ以外はナギ様のことを常に優先して考え、自分のことは後回しにしてきた。

 その結果、得たものは何だ? 何もない!! 私には何の見返りもなかった。愛情はおろか、信頼すらされなかった!!


 裏切られてもなお愛される柏原雄介と、忠誠心を捧げてもなお愛されない私。

 自殺することさえ教えられなかった、信頼すらされていない私。

 見返りを期待しない忠誠心など、あるはずがない。私は、ナギ様の“かけがえのないもの”になりたかった。恋人でも忠臣でもよかった。



「あなたを許さない」



 何もくれないなら壊しちゃいましょう。




*  *  *




 ナギ様の行き先なんてすぐに見当が付いた。私は誰よりもナギ様を理解しているのだ。柏原雄介よりもはるかに。

 屋上のフェンスに、足音を殺して近づく。今にも飛び降りてしまいそうなほど体を傾けて下を見下ろしているナギ様の腕を引っ張った。

 バランスはなんとか崩さなかったものも、突然のことにびっくりしたらしいナギ様は、目を少しだけ大きくして私を見上げた。

 ああ。これは非難の眼差しだ。私には分かる。



「要……逃げてって言ったよね」

「はい、言いましたね」

「それにさっきの銃声は何。あとはもうほぼ無関係の人間だから、殺す必要ないのに」

「何だと思います?」

「……誰を殺した」



 これは、苛立ち。はぐらかされたことを怒っているのだろうか。それとも、自殺を止めたことを?

 ……どうやら前者のことらしい。ほら。私はもう、貴女の瞳をみるだけでこんなに貴女のことが分かる。

 なのに貴女は最後まで私の気持ちに気付かなかった。貴女を純粋に慕う、このどろどろとした想いを。



「私が殺したのは一人です。一人に、6発撃ちました」

「一人……?」

「貴女が殺せなかった人間を、私が代わりに殺しました」

「は――――」

「ナギ様、褒めてください」



 さぁ、最後のチャンスです。ナギ様。

 私の理想の主人になってください。私の望むようにしてください。私にほんのささやかな見返りをください。

 それすらできないなら。



「ふざ、けんな」



 数瞬の沈黙の後、つぅ、と両目から涙を流したナギ様。――――ああ、泣くんですか。そうですか。

 もう心を喪ったと思っていたナギ様の瞳が、みるみるうちに濃厚な感情を宿す。それは私に対する憎悪だった。柏原雄介を喪ったことへの悲しみも浮かぶ。

 そうですか。私を、憎むんですか。褒めてくれないんですか。



「雄介をっ、雄介を殺したの? 私は、そんなこと、……っ!」



 ナギ様は言葉を断ち切って、非常階段につながるドアに駆け出した。

 ああ、ああ、わかる。わかってしまう。

 ナギ様は私と会話をすることよりも、柏原雄介の安否を確認することを優先させた。柏原雄介のことで頭がいっぱいだった。


 乾いた笑いが出る。

 ナギ様。見返りをください。



「なっ……はなして要! かな……かはっ」



 それすらできないなら、“ナギ様”はいらない。


 ヤ ン デ レ 開 眼 (<●>ω<●>)

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