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 あの子が通っていたという学園は、大企業や財閥の息子娘が通うという全寮制の学園であった。山奥にあった学園はよく言えば世俗から切り離され、悪く言えば閉鎖的である。

 ゆえに一般の常識では考えられないことが起こる。生徒会役員は権力の有無と顔の良し悪しで決められ、アイドルのような彼らに群がるようにしてファンクラブが結成される。

 過激なファンクラブは崇拝する男性に不用意に近づく女性を決して許しはしなかった。“制裁”の名をもって行われるイジメは暴行や強姦教唆など、犯罪めいたものも多い。そのような異常な状態を、学園側は黙認していた。


 私は要が用意した調査資料の一端を思い出しながら、隣を歩く背の低い女生徒を見る。

 本来であれば生徒会役員にべったりとくっついていたこの少女がファンクラブの制裁対象になるはずだった。なのに彼女には傷一つ付いていない。

 生徒会役員が権力を笠に着て彼女を守ったのだという。


 素晴らしい美談だ。

 引立役スケープゴートとして彼女の傍にいたあの子には、なんの保護もしなかったというのに。



「ねぇ、渚は何が食べたい?」



 媚を含んだ声にとろりと甘い瞳。会って数言言葉を交わしただけというのに絡められる腕。

 どうやら今度は私を引立役にすることに決めたらしい。逃さないとでも言うように馴れ馴れしく絡みついてくるその様は、蛇を想起させた。



「私はね、オムライス! えへへ、好きなんだ!」

「……そう。可愛いね?」



 オムライス。あの子が、私に作ってくれたことがあった。

 何度やってもスクランブルエッグになっちゃうんだって頭を抱えていた姿を思い出し、ほのかに笑う。

 その笑顔を自分に向けられたものだと思ったのか、少女は頬を赤く染めて嬉しそうに唇を釣り上げた。



「ねぇ、渚も食べてみなよ。ここのオムライス、美味しいよ?」

「……うん、そうだね」



 私の答えに満足した少女は絡みついた腕に頬を寄せた。まるで恋人同士がやるような仕草に、肌が泡立ち胃の中がさざめく。

 でも、いいの。これぐらい、いくらだって我慢してやる。

 大丈夫、あの子がずっと、私のそばにいるんだ。だから大丈夫。



「あれ、渚。握ってるその小瓶なぁに? 白い粉が入ってるけど、薬?」

「そう、薬指」

「え?」

「うそうそ。ほら、星の砂ってあるでしょ? あれみたいなもの。これ持ってると安心するんだ」

「へぇ……あっ! みんなー! こっちこっち!」



 ああ、ようやくお出ましか。

 さぁ、役者は揃った。


 はじめましょう?




*  *  *




「皐月。ほら、口の周りについてますよ?」



 副会長、小野寺真琴。


 女性めいたその美貌は、時に女子だけでなく男子の心も奪うという。

 常に敬語口調で穏やかな印象を抱かせるが、その実性格は冷酷そのもので、最も狡猾にファンクラブを利用している。

 親は有名なピアニストで、完全な実力主義。彼自身将来はピアニストと決めているらしく、1ヶ月後に大切な公演を控えている。

 少女には「無理して笑わなくていい。笑いたい時だけ笑えばいいんだよ?」と諭され、恋に落ちたらしい。


 ファンクラブを使ってあの子に暴行したり虐めさせたりした。



「「皐月はいつ見ても可愛いね!」」



 会計、音泉亜樹及びその弟、音泉真樹。


 一卵性の双子で、両親ですら混同するほどよく似通っている。

 本人たちもそっくりであることを利用して、はじめて会った人間に「どっちがどっちでしょうクイズ」を仕掛けては遊んでいるらしい。

 一見無邪気なこの二人は、とても仲が良く、髪型や口調など、ありとあらゆるものを同じにしてきた。

 少女は初対面の時、「どっちがどっちでしょうクイズ」に見事正解した。何度も彼らを見分けてみせ、「だって別の人間でしょう? 私ならすぐに見分けられるよ」と言い、双子を夢中にさせた。


 あの子を階段から突き落とした。



「さつ、き……かわ、い……」



 書記、黒田真司。


 吃音症のようで途切れ途切れになる言葉は、女子からはしきりに可愛いともてはやされた。

 それでも生徒会役員の中では最も身長が高く、いわば大型犬のような雰囲気をもっている。スキンシップが多く、定位置は少女の背中。後ろから覆いかぶさるように抱きつき心地よさげに目を閉じている。

 少女は彼が吃音症になってしまった理由を知っていた。知ったうえで「大丈夫。無理して喋らなくていいよ。私なら全部わかるから」と言い、彼を救った。


 あの子を体育館倉庫に丸一日閉じ込めたり自ら暴力を振るったりした。



「ったく、世話のやけるやつ。そういうところも可愛いけどな」



 会長、柏原雄介。


 あの子を   。



「も、もう! 何いってんの皆! は、恥ずかしいよぅ……」



 少女、宮川皐月。


 4月の半ばという微妙な時期にきた転入生で、否応なく生徒の注目を浴びた。庶民という身分でありながら決して周りの圧力に屈しず、明るく振る舞ってきた。

 生徒会役員を筆頭に、ファンクラブの存在する美形を夢中にさせ、彼らと“友達”になった。理事長ですら彼女にはデレデレと甘くなり、学園の自治はある種彼女が握っている状態になった。

 男性からは溺愛されても、女生徒からは蛇蝎のごとく嫌われ、制裁対象になっていた。そんな彼女は、ある女生徒を常に隣に連れた。

 生徒会役員の傍にいるのは少女と女生徒の二人。少女は役員が保護していて手を出せない。対して女生徒は何の保護も与えられていない。ファンクラブのストレスは、ある一点に集中した。


 あの子が消えた原因でもあり理由でもあり元凶でもある。




「あ、そうだ。紹介するね。私の“親友”、藤波渚だよ! 皆、仲良くしてね!」



 少女が私の腕に指を絡めて自分の方へと引き寄せる。

 小柄な身体に似合わない強引さと、それを許す握力。あの子の手首にも、生前に付いたものと思われる痣があった。

 そうか、この手に触れられて、あの子はあんなものを残してしまったんだね。


 副会長、会計、書記、会長の順に顔をざっと眺めていく。

 どれもこれも、美しい形をしているのに内面の醜さが表情に滲み出ていた。

 最後、会長のところで視線が止まる。じっと私を見つめるその瞳には、昔と同じ、抑えきれない欲がギラついていた。


 彼以外は私の存在が気に入らないらしい。私をきつく睨み据えていた。

 独占欲の強い彼らはいつもそうだ。少女に近づく“余計なもの”を排除しようとする。

 だからあの子のことも傷つけた。


 ――私が嫌い?



「よろしくね? 皆さん」



 私も、お前らが嫌いだよ。


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