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ドン、と。たいして大きな音でもないのに、確かにその音は俺の耳に届いた。
何かが、高いところから落ちた音? 違う、これは、飛び降りた、音?
「ナギ?」
恐々とその名前を呼びながら、俺はある場所へ向かっていた。
要が死んだ。自分のこめかみを銃で撃って。あいつは、死ぬ間際に変なことを言っていた。
ナギ様も私も、地獄へ落ちる?
それに、この方角から、あの音。
警察に捕まることも臆していない、学園への復讐。
なぁ、ナギ。ナギ。
これが、俺への復讐なのか?
「俺の、かけがえのないもの……」
朔夜の遺体があった、そっくりそのままの場所。そこに、ナギはいた。ナギは落ちていた。
まだ温かい、ナギの身体を抱きしめる。頭がつぶれ、顔面も半分は原形を留めていなかった。
それでも、俺にはそれがナギだと分かった。わからないはずがない。わからないはずが、ないんだ。
「俺のかけがえのないもの……そうだよ、ナギだよ」
ナギの制服の懐から、黒い手紙が落ちた。何度も何度も、ナギに指示され俺が復讐対象者に送り付けた手紙。
最後の一通を、ナギ自身が持っていた。これは、俺に宛てられたものなのだろう。
『かけがえのないものを奪います。
かけがえのないものを奪われた代わりに』
これが、俺への復讐。
だからナギは俺と恋人になり、俺に抱かれていたのか。
より俺を溺れさせ、失った時の苦しみを、大きなものにするために。
自分とおんなじ苦しみを、朔夜を失った自分とおんなじ苦しみを、俺に味わせるために。
なぁ、それとも、ナギ。
俺のこと、少しは好きでいてくれたのか?
「なぎ、なぁ、ナギ」
俺のことも、ちゃんと見ててくれたのか?
俺はお前の心を動かすことができたのか?
俺が朔夜を殺さなければ、俺を好きになってくれたのか?
なぁ、ナギ。答えてくれ。
「ナギ、死ぬな、死なないでくれ、ナギ、死ぬな」
ナギの身体を抱きしめたまま、ゆるく揺さぶる。力の一切入っていない白い腕も、潰れた頭も、大量の鮮血も、全部見えていた。
それでも、俺は「死ぬな」とつぶやき続けた。どんどんなくなっていく体温を押しとどめるようにきつく抱きしめる。ナギは、反応しない。
ナギ。
俺への復讐だというのなら、せめて俺を殺してくれ。
俺を殺せよ。俺も殺せ。俺だけ置いていくな。ナギ、ナギ。
「ナギ」
涙の跡がかすかに残る頬に、そっと唇を寄せた。
「あいしてる」
* * *
「411号室の患者さん、またすごい声上げてたけど大丈夫?」
「先輩……もう大変ですよあの患者さん。今日は落ち着いてるなーなんて思ってたら、いきなり私のボールペン奪って自分の手首に刺したんですよ」
「うっわ……また?」
「またって、先輩も?」
「そうなのよー、なんにもないところに『ナギ、ナギ』って話しかけてたと思ったら、いきなり、ね」
「あー。あの事件で飛び降り自殺した女生徒さんでしたっけ」
「そうそう。まぁ可哀想だったけどね。テロで学園の人が50人近く亡くなったし、付き合ってた女の子は飛び降り自殺しちゃうし」
「でも……もう5年ですよ。いつまで精神病院に入院させるんですか」
「さぁ……? でも自殺しようとするうちは出られないわね」
「はーあ。あっ、鎮静剤いれときますねー」
会長、柏原雄介。生き地獄。




