右手の薬指 ――罪人。会長
朔夜の死から始まった一連の復讐劇は、宮川皐月の死を以って幕を閉じた。
俺の計画でも、生徒会の人間や宮川皐月が殺されることは織り込み済みだった。最初から捨て駒として見られていたことにも気づかず、彼らは本当によく働いてくれた。
自分でもよくもまぁこんなに冷徹な仕掛けができると感心する。きっと俺も、ナギと同様、人間としてあるべき心を失ってしまったのだろう。
俺は、ナギを手に入れるためならどんなことでもする。地獄に落ちても構わない。
「……なぁ、ナギ」
「なに、雄介」
「俺とお前の婚約の話、出てるの知ってるか」
ソファーに座り、俺の肩に頭を預けるナギに、そっと囁く。復讐が終わり、張っていた気が緩んだのだろう。ナギはずいぶん疲れた様子で俺に凭れかかっていた。
さらさらの髪を頭頂から梳く。虐待をしていた母親がいなくなってから、ナギは人並みの生活を送れるようになったらしく、初めて会ったころから様変わりした。
美しく、美しくなっていく外見。しかし中身は出会った時から変わっていない。初めて優しくしてくれた朔夜に異常なほど依存している。
「……聞かされてないけど、分かってた。義父の考えそうなことだ」
「そうだな。俺と婚約していた朔夜が死んだから、その後釜にナギを据えて約束を果たそうとしている。俺の父もそれに賛成している」
「子供の事情に大人が介入すると、ろくなことにならないことぐらい、昔っからわかっているのにね」
「まったくだ」
だけど今はそれがありがたい。ナギの義父は、一度はナギと要を一緒に他国へ放ったが、これからは逆のことをしようとするだろう。
もう藤波の名を継げるのはナギ一人だけになったのだから。どこの馬の骨ともわからない要をそばに置いておくはずがない。
四人のうち、一人が死に、一人がいなくなる。
そして残る二人は結婚し、めでたしめでたし。……そこに幾多もの死体が積み上げられていようと。
「……ナギ。俺は、お前のことを幸せにする。だから、俺と婚約をしてほしい」
「雄介……」
ナギの反応は予想通り、思わしくなかった。俺の肩から頭を上げ、長いまつげを伏せて押し黙る。
朔夜のことが頭をよぎっているんだろう。復讐が終わったとしてもしばらくはナギは朔夜に囚われたままだ。そんなことは最初から覚悟している。
時間が必要だ。ずっと俺がそばにいて、朔夜のことを忘れさせるほどの、長い時間が。
「お前のそばにいさせてくれ、ナギ。俺に……お前を幸せにさせてくれ」
「……幸せになれると思う?」
「ナギ。俺は、」
「――――私なんかが?」
一瞬、ぞっとするほど冷たい声がした気がする。
俺は瞬きをしてナギの顔を見る。ナギはどこか不安げな顔で瞳を揺らしていた。
なんだ、今の……。聞き間違え、か?
「ナギは幸せになるべきだ。朔夜もきっと、それを望んでいる」
「……そうかもね」
「ああ。朔夜はいい奴だったろ?」
にこりと笑って、心にもないことを言う。朔夜は確かに、誰がどう見ても“いい子”に見える人間だった。
だけど本性は違う。どんなに取り繕っても、ナギや要を見下している目だけは隠し通すことはできない。
ここに朔夜がいたら、なんていうだろうか。健気ぶって「渚と雄介さんが想いあってるなら、仕方ないよね」とでもいうのか?
「……いいよ。婚約しようか、雄介」
「ほっ、ほんとか!」
「うん。でもまだ仮だから……指輪は、 右手の薬指 にするね?」
「ああ、それでいい。すぐに発注する!」
もっと朔夜のことが引っかかると思っていたので、ナギが悲しそうに笑いながらもそう快諾したことに俺は飛び上がらんばかりに喜んだ。
しかも指輪をさりげなくねだられた。欲を言えば左手の薬指にしてほしかったが、右手の薬指でも十分婚約の意味はある。
俺はナギの華奢な体を強く抱きしめた。彼女の体温をじかに感じながら、俺は思わず泣きそうになる。
ずっとずっと、こうしたかったんだ。
俺のそばにいてほしい。俺のことを見てほしい。
「ナギっ、ナギ、なぎさ……! 愛してる、愛してるナギ……っ」
「雄介……うん、私も、愛してる」
温かい、彼女の手のひらを、背中に感じた。




