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「要さん……? どうして渚と話してるの……?」



 今まで出したことがないほど弱弱しい声が出た。太ももに刺し傷を負っていることを考えればむしろ冷静な声なのかもしれない。

 要さんは私を一瞥する。下から見上げる黒い瞳はあまりにも冷たい怒りを孕んでいた。

 どうして? 私、要さんに怒られるようなことしたっけ?



「私は貴女のことが一番許せない。まるでゲームのように朔夜様を嵌め、貶め、そして死に追いやった。そのことを後悔するどころか、貴女は朔夜様が勝手に自殺したのが悪いのだといった!」

「え……だって、ゲームでしょう……?」



 要さんの怒る理由がわからず、私は心底不思議そうに聞き返した。

 朔夜様、ってなに。要さん、渚のこともナギ様って呼んでた。要さんは二人とどういう関係なの。

 朔夜も渚も、バグなのかな。



「ここは、乙女ゲームの世界で、私はヒロインで、朔夜は準ヒロインだったけど、うざかったから悪役にして、でも私の世界だから」

「それで? あの子が死んで悲しみに暮れて、でも周りの人間が慰めてくれるから立ち上がって……そういう筋書だった?」



 渚の穏やかな声音が、逆に怖い。いつもの彼女とは別の、違う生き物に見える。

 私は『続編』のストーリーがどうなっているかは、プレイしたことがないからわからないが、少なくとも今まではうまくいっていた。

 なのに、何なのこれ。渚ってどんなキャラなの。こいつが、『続編』の悪役なの?



「自分がヒロインで、あの子は悪役。生徒会は攻略対象。監視カメラで撮った貴女の独り言は、ひどく妄想じみたものだった。でも、そうね。乙女ゲームだと思い込んでいたなら、全部繋がるわ。あの子も生徒会も、単に自分の欲求を満たしてくれる駒だと信じていた」

「も、妄想なんかじゃない! 現に私はみんなから愛されていたのよ!」

「本当に?」

「え……っ……」

「副会長は自分を的確に褒めてくれる人間が必要だった。会計は出世のためのステップに必要だった。書記は自分を守る壁が必要だった。クラスメイトは貴女に悪い噂がついたとたん離れていった。……さて、誰が貴女を愛していたでしょう?」



 な、なにそれ。なによそれ! 副会長が私の言葉に酔いしれてたのも、書記が虐められていたから気が弱いのも知ってたけど! あの双子が、出世のために私を利用していた? そんな“設定”知らない……!

 というか、なんなのこの女。さっきからどうしてそんなこと知ってるの?

 監視カメラってなに。学園のやつ? なんでそんなもの見てるのよ!



「違う……っ、違う違う違う!! 私は愛されてるのっ! ゆ、雄介だって私を抱いたのよ? 婚約者の朔夜なんかキスもまだだったのに、私は雄介とセックスまでした! 私はっ、私はあああ!」


『おっ、裏サイト見てみろよ。あいつついにランクトップ!』

『どれどれー、ぷっ、学校のキモオタトップ3だってよ』

『うげ、顔写真いりじゃん。グロ注意って入れておけよなー』

『あいつがやってるゲーム何か知ってる? 恋愛ゲーム。イケメンを落とすんだって』

『うえーっ、マジかよキモッ』


『……ちゃんってさぁ、まだ処女?』

『うっわあんた残酷~』

『うちのバカ兄貴がさ、処女ヤりたい処女ヤりたいうっるさいんだよね。相手してやってくんない?』

『お兄さんブス専なの? じゃないといくら処女でも無理っしょ』

『あっそっか~、ごめ~ん。あははっ』


 なんで……? なんで、思い出すの?

 ちがう、ちがうよ。私は愛されてるの。嫌われてなんかいないの。愛されてるの。

 可愛くて、優しくって、明るくて、皆に愛されてる……それが、それが私の本当の姿なの!



「かなめ、さん」



 そうだ、私は転生までしてこの世界にきたんだ。私はこの世界のヒロインなんだ。

 ヒロインが愛されないはずがない。ヒロインがハッピーエンドにならないはずがない。


 血まみれの手を、彼のほうに伸ばす。

 どうか、どうか。わたしにあいをください。



「あいして?」



 にこりと笑った要さん。

 私に近づきながら、腕を振りかぶって。



「ひぎゃあああああっ!!」

「少し、昔話をしましょうか。母には複数の男がいました。男と淫蕩にふけり、金をもらい、自堕落に暮らしていた。私がどの種から生まれたかもわかりません。なぜ私を産み落としたのかも」

「ぎぃぃぃぃっっ、めがっ、め゛っ」

「それぐらい母は私に無関心だった。私は母の食べたものの食べかすを食べ、水で腹を紛らわせながら何とか生きていた。私が10ぐらいの年に、母はいなくなりました。家賃も払えずアパートの大家から追い出された私は」

「い゛だい゛いいいいっ!!」

「ふらふらと、街を彷徨いました。爪も髪も伸び放題の浮浪児なんて、関わりたくない。そう全員が思っているかのように、人通りの多いところを歩いても、誰も何も言ってはくれなかった。そのまま死ぬんだと思いました。音楽が流れていました。ショーウインドーの、テレビからでした」

「ひっ、ひっ、ひっ」

「きよし、この夜。クリスマスだったんです。雪も降っていました。その中を、薄手の長袖一枚で、ふらふらと。途中で、気絶したんじゃないでしょうか。目が覚めたら」

「あがっ……ぎぎぎっ」

「幼いナギ様が私をじっと見ていました。こんな私を拾ってくれたのです。私は、朔夜様とナギ様の世話係として二人にお仕えすることになりました。こんな私に、名前をくれた。こんな私に、言葉を教えてくれた。こんな私に、生きる意味を与えてくれた!」



 冷たいものが、顔の中をはいずっていく感触。熱い液体が、どろどろと流れ落ちていく感触。

 片目が何も見えない。熱い。燃えるようだ。私の目。

 要さんがまくしたてるように何かを言っているようだったが、私の耳はそれを拾うことはできなかった。どくどくと、こめかみのあたりに小さな心臓があるかのように血管が鼓動を刻む。


 な、で、なんで、私がこんな! これはゲームじゃないの? これはゲームじゃないの?!

 痛い痛い痛い痛い痛い死死しししっ死ぬしぬシぬ!!



「なのに貴様は朔夜様を殺した! 貴様はナギ様の心を壊した! 貴様のせいで……っ、貴様に奪う権利があったか? 貴様にっ、二人の未来を奪う権利があったのか?!」

「がぎゃっ」



 目の痛みにのたうち回っていると、今度は脇腹に、熱いような冷たいようなものが差し込まれた。

 衝撃だけで、痛みはない。きっと脳のキャパシティをオーバーしてしまったんだ。痛くない熱い痛い痛い。



「そこまでよ、要」

「……ナギ様」

「もういい。それ以上刺したら、死んじゃうわ」

「ですが……っ」

「最後の確証を得たいの。そのために、この女は必要よ」

「…………分かりました」



 ドクドクと、命の水が目から、腹から溢れ出していく音がした。要さんと渚が、何かを話している。

 やがて二人が出ていく足音がした。痛覚が、視覚が、意識がぼんやりと霞がかる中、聴覚だけが異常な発達を遂げたかのようにいやにはっきりしている。


 前世ですら、こんなふうに死を感じたことはなかった。なんて冷たいんだろう。凍えるほど身体が寒い。

 ゲームなのに? ゲームなの?

 わたし、しぬの?



「はっ、あ゛っ、あ゛っ」



 吐血まじりの息を吐きながら、私は必死で教室のドアに向かって這いずっていた。

 死への恐怖が頭を埋める。誰か。だれかたすけてください。きゅうきゅうしゃ。



「だず、げ」



 だれか。

 だれか。


 だれ?



「チッ……なんでこいつだけ中途半端に生かされてんだよ」



 この、声……雄介? じゃあ目の前のこの靴は、雄介なの?

 やっ……た! やったやったやったやっっったぁ!! これでたすかる!

 さぁ早く救急車を呼んで! 私を助けて!


 雄介が、身をかがめた。てっきり私の傷を調べるものだと思い、私は愛しい彼にしがみつく。

 要さんじゃなかった。私を本当に愛してくれたのは雄介だったんだ。私は愛されてるんだ。


 後ろから抱えられる体制になり、死にそうなほどの傷を負っているというのにうっとりと夢見心地になる。抱きしめられるのは好き。愛されていると実感できる。

 けれど、片手で私の口をふさぎ、もう片方の手で腹部に刺さっていたナイフを握った雄介に、弛緩しかけた口元がこわばる。


 え……? 何しようとしているの? ゆうすけ、

 なんでわらってるの?



「お前には感謝してるよ」

「ん゛ぅぅぅぅう!!」



 ナイフを勢いよく引き抜かれ、血が噴水のように噴き出た。とっさに押しとどめようと両手でお腹を押さえる。指が柔らかく温かい、内臓のようなものに触れた。

 血にまみれて鈍く光るナイフは、私の首にピタリと添えられる。私は信じられないというように雄介を恐怖の目で見上げた。



「お前は一番よく働いてくれた。おかげで、俺はあいつを手に入れることができた」

「ん゛、んんっ、ぅんん!!」

「お前が死ねば、復讐が終わる。俺たちはようやく幸せになれる」

「……ん、んぐ……が」



 ぶちぶちぶちと、繊維がちぎれる。こぽこぽこぽと、血が泡立つ。

 ざんねんながら、こうかんどがたりません。




*  *  *




「やはり殺しましたね」

「ええ。いらなくなった駒はちゃんと処分しなきゃいけないと思ったんでしょ」

「あの女は、最後まで自分が駒であることに気が付かなかった」

「気が付かないからこそ駒に選ばれたのよ。彼女からは、大切な大切な“愛”を奪ったつもりだったけど、最初からそんなものはなかったのかもね」

「…………ナギ様」

「ん? どうしたの、要」

「まだ続けますか?」

「……うん。まだ、続けるよ」

「楽しいですか、ナギ様」

「楽しくはないよ。あの子がいないから」

「この復讐が終われば、あなたは笑えるようになりますか」

「…………。続けよう。最後まで」




 少女。宮川皐月。失血死。


 終わりが見えてきました、今回はヒロイン回です。

 物語が終始暗いせいであんまりヒロインヒロインしてなかったのですが……ちゃんとゲーム脳にかけているでしょうか(汗)

 個人的には書記と同じぐらいかわいそうな立ち位置かなとも思います。過剰な愛への渇望は、過去の劣等意識の裏返し……のようなところがありますから。


 さて、そろそろクライマックス! 黒幕!

 あと10話以内に終わらせる予定です。


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