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まだ導入部分です。
また、転入生が来るらしい。こんな季節外れに? これで二回目だ。次もあんなのだったらどうしよう。
山奥の、鎖された学園の中で蛙たちが囁き合う。
次にくる転入生のことを根拠のない噂とともに広めていく声には、嫌悪と不安が含まれていた。
負の感情の理由は全て、今年の5月に転入してきた少女にある。
彼女は庶民でありながら明るい態度と可愛らしい笑顔を隠さない、ある種稀な存在だった。御曹司ばかりが集まるこの学園に入ってきた庶民は、権力になるべく逆らわないよう日陰で生きていこうとする存在だったからだ。
学園の中でも最大の権力を誇るという生徒会の人間にも、少女は遠慮することなく近づいていった。「友達になりたい」ただそれだけの言葉で。
権力のせいでどこか遠巻きにされていた生徒会の人間は、少女の言葉に驚き、感動した。そうして全員が全員、彼女に夢中になった。彼女の言う「正しいこと」をそのまま鵜呑みにした。
彼女が「正しい」と言ったから、彼らは自分の婚約者を棄てた。
彼女が「正しい」と言ったから、彼女の邪魔になる人間を排除した。
彼女が「正しい」と言ったから、彼女の傍にいたある女生徒を――。
だが、傍観していた大半の生徒は知っていたのだ。
少女のいう「正しいこと」がいかに歪んでいたのか。見目麗しい生徒会の人間に愛されれば愛されるほど、少女が歪んでいったことを。
それでもすでにその時、少女とその取り巻きの暴走を止められる人間はいなかった。少女は学園の長である理事長すらも篭絡していた。
学園は既に、彼女を悦ばせるだけの舞台になっていた。
そんな中で、少女の歪んだ正義はどす黒く膨らんでいく。
自分は誰からも愛される存在なのだ。何故なら自分は正しいから。
自分を愛さない人間はおかしい。人間は皆、自分を一番に愛す人間か自分の可愛さをより一層引き立てる存在か。その二つに分けられる。
……と、恐ろしいことにほぼ無意識に、少女は盲信していた。
そんな少女は、新たな転入生の存在に心を踊らせていた。
悲しいことに、少女の“親友”がつい最近死んでしまったのだ。
(残念なことに、引き立て役がいなくなってしまったのだ)
なんでも、生徒会役員のファンクラブにいじめられ、それを苦に自殺したらしい。
(自分は知らぬ存ぜぬワルクナイ)
この三日、いっぱい悲しんだ。
(皆が慰めてくれたし、悪いのは勝手に死んだあの女だって言ってくれた)
だからこそ、二度目の転入生の存在は少女の心に新しい風を運んだのだ。
(新しい引き立て役が手に入る)
転校したばかりで大変なはず。自分が友達になってあげよう。
(美形でも醜女でもいい。自分に優越感をくれるなら)
「君が転入生だねっ!」
だって、この世界は私のためのものなんだから。