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「私が、呪われている……?」
書記の黒田真司の事故死から2週間。久しぶりに真面目に登校してきたそばから、他クラスの男友達が変なことを言ってきた。
その男友達も私の取り巻きの一人だった。生徒会役員に比べれば遠く及ばないけど、皆イケメンだ。
彼は端正な顔立ちを険しく歪めて、おかしな言い分を続ける。
「噂になってんだよ……! お前に関わった人間が次々に死んでいってる」
「なっ……、だってそれは、」
「あの女の自殺はただの始まり。お前の呪いの最初の犠牲者なんじゃないかって……! でも、考えてみればお前が来てからなんか学園おかしいよ! 昔はこんなに変じゃなかった!」
「そんなの……そんなの私知らないわよ! 私が何をしたっていうの。私はただ皆と仲良くしたかっただけ! 私は何も悪くない! なのに私を責めるなんて、最低よ!」
この学園の何が変だっていうの?
ヒロインの私が愛されるのは当然だし、逆ハールートに進んだんだから、全員をキープしていくのも当たり前だ。
確かにあの子が追い詰められるのは見ていて楽しかったけど、まさか自殺するなんて思わないし! こんなことで自殺するほうが悪いんじゃない!
「っ……皐月はいつもそうだよな」
「え、」
「前は純粋で正直で自分の意見を真っ直ぐ言うやつだって思ってた。そんな皐月が好きだった。でもお前は! っ……皐月は、いつも自分は悪くないってそればっかだ」
「だ、だって、そんな、」
「お前が全部悪いとは言わない。でも……いや、やめとく。とにかく、俺はもうお前に巻き込まれたくも振り回されたくもない。……悪いな」
「えっ、ちょ、ちょっと!」
縋る私の手を振りほどくと、彼はそのまま逃げるように自分の教室へと走った。
追いかけるほど彼に執着していたわけではないが、言いたいだけ言って逃げるなんてあまりにひどい。
私は茫然とした後、教室の真ん中でボロボロと泣いてみせた。
「ひっ、ひどいよ……! 私、何も悪くないのに……!」
もうあんな奴いらない。私を裏切るやつなんていなくたっていい!
だって、ねぇ! 私にはいっぱい味方がいるんだから。
あんな奴、捨ててやる。私を裏切ったらすぐ後悔するはず。でももう許してやらない。
だって私、傷ついた。私が呪われているなんてそんな噂、この私に限ってありえるはずないのに!
「…………」
「うっ、うああああん! ひっく……」
……………………あれ?
「…………」
「うえっ、ひどい……ひどいよぅ……!」
…………
………………
…………………………
あれ?
「みんな……?」
私は涙でぬれた瞳を友達のほうにむける。私を好きなはずの彼らは気まずそうに眼をそらした。
どうして……どうして誰も慰めてくれないの? 私が泣いているときはすぐに駆けつけてきて優しく慰めてくれるのが普通でしょ。酷いことを言ったアイツに対して怒ってよ。
私の目を見てもくれない友達に、私は少しいらだった声で言った。
「ねぇ! 聞いてよっ、私何も悪いことしてないのに、彼が……」
「聞いてたさ!!」
すごい剣幕で怒鳴りつけてきた友達に、私は言葉を失った。友達のもとへ行きかけていた足が止まる。
な、なんで……? なんで怒鳴るの? 可哀想なのは私でしょ。どうして私にそんな目をむけるの?
怒鳴った友達だけでなく、その周りにいた私の取り巻きたちが口を開く。
「その噂もあいつと皐月のやり取りも、全部聞いてた! 俺だってお前が好きだったのに……もうわかんねぇ」
「俺も……なんであんな入れ込んでたのか、いまじゃ全然わかんねぇんだ」
「僕も……っ、勝手でごめん」
え……? なに、これ? こんなイベント知らない。ど、どうすればいいの?
そもそも私は逆ハールートでコンプリートしたはずなのに、どうしてまだこんな変なイベントが発生するんだろう。
誰かに助けを求めようとしても、次々に逸らされる視線、視線、視線。私の“友達”は誰も私を助けようとしてくれなかった。
「生徒会みたいに死にたくねぇもんな……」
「ッ私は呪われてなんかいない!! みんな勝手に死んだんでしょ?! 私は関係ない!!」
クラスメイトの誰かが漏らした一言に私は躍起になって反論した。
その変な噂がこんな事態を招いているというのなら許せない。私が呪われているはずないじゃない。だって、ヒロインなのよ? みんなに愛される存在なのに、どうしてこんな目に合わなきゃいけないの!
だけど反論の仕方を間違ったらしい。
先ほど私を怒鳴りつけた友達は茫然とした後、怒りに顔をゆがめて吐き捨てるように言った。
「お前、あんだけ好意を向けてくれていた生徒会連中に向かってよくそんなことが言えるな」
「え……だ、だってそんなっ……」
「書記がクラスまで来たことあったよな。あの時からおかしいなって思ってたんだよ。お前、怯えている書記を突き飛ばしたんだよな。自分には関係ないからか?」
「あれは俺も酷いと思う。友達だったんだろ? 助けるのが普通だろ。もしかして書記は自殺したのかもな。お前の酷い言葉が原因で」
「ち、違うよ! みんな誤解してる! だってあれは、真司くんがいきなり抱き着いてこようとするから驚いて……」
「さ、さっちゃんは、いつでも味方だよとか、なんでも相談してねとか、耳当たりのいいことを言ってくれるけど……本当にそうしてくれるの?」
「あ、当たり前だよ! どうしてそんなこと言うの? 私たち友達でしょ?」
「――――じゃあなんで、二階堂を助けてやらなかったの?」
取り巻きの中では気弱な、私に反抗したことなんて一度もない男の子が発した言葉に私は固まった。
どうしてあの子の名前がここで出てくるの? どうして――どうして、私が睨まれてるの?
だってあの子は、確かに準ヒロインだったけど、ちゃんと悪役に仕立て上げたじゃない。みんなあの子の悪口を言っていた。目の前にいる彼らだって「うざい」「目障り」って言ってたのに。
「二階堂はさっちゃんが来るまで、地味だけど普通のクラスメイトだったんだ。こんな言い方は酷いと思うけど……二階堂は、さっちゃんが来なければいじめられなかったんじゃないかな」
「ああそうだよ! お前のせいで少なくとも一人は死んでるんだ!! お前が来なければ二階堂がいじめられることもなかったし、自殺することもなかった!」
「いじめたのは確かに生徒会だ。……でもあいつらは皐月のためにそうしたんだ。……なぁ。ほんとに知らなかったのか? あれだけあからさまに二階堂は……君の“親友”は傷つけられてたのに」
「……っかじゃないの」
手のひらを返したようにあの子を庇い私を非難する彼らを見ていたら、波が引いていくように頭から熱が冷めた。
私を睨みつける彼らの顔を順々に見ていく。イケメンだけど、どれも華のない顔立ち。所詮、モブどもだ。
何を狼狽えていたんだろう、私は。こんなモブたち相手に。こんな、ただの背景相手に!
「ばっかじゃないの!」
「さ、っちゃん……?」
「あっはははは! ほーんとバカ。モブの分際で私を貶すなんてマジありえない。私が関係ないって言ってんだから関係ないんだよ! あーあ、ちょっとイケメンだから傍に置いただけなのに、まさかそのせいでバグるなんてねー。もーいいや、あんたらいらない。バグなんだからさっさと消えて」
「何言ってるんだ、お前……?」
「何言ってるも何も、そのまんまよ。私はヒロインで、あんたらはモブ……っていうか背景? もう“続編”は始まってるみたいなの。“前作”ではまぁ、クラスメイトのモブとして仲良くしてたけど、もう必要ないんだよね。だから消えなさいよ。……ああ、いっそ死ねば? あんたらが哀れに思ってる朔夜みたいにさ、自殺して」
「正気かよコイツ」
「マジかよ……信じらんねぇ」
「こんな人を好きだったなんて……」
モブが顔をゆがめて何か言うが、私の耳にはもう一切入ってこなかった。こんな奴らのことを考えるのも煩わしい。
そっちが私を嫌うのなら、私だってあんたたちなんか捨ててやる。私には私を愛してくれる人だけでいい。それ以外の人間なんてこの世界にいらない。
何もかもがばからしくなり、私は机に置いたばかりのかばんをひったくるように取ると、たくさんの視線のもと教室から飛び出した。
そうだ、きっと大丈夫。“続編”はもう始まっているんだ。あんなやつらになんて言われようと、へっちゃらだ。
新しい攻略対象が、私を愛してくれる。だから大丈夫。
胸の内から湧いてくる不安を、箱の中に無理やり押し戻すように何度も何度もそうつぶやいた。