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 痛みに呻きその場に崩れ落ちる俺を、会長は見たこともないほど冷めた表情でみおろしていた。

 突然の態度の態度に動揺し、パクパクと音もなく口を開閉する。それを見ていた会長が口角をあげて嘲笑した。手に持っていた黒色のスタンガンのスイッチを押したり離したりしながら朗らかな口調で話し出す。



「やっぱりスタンガンごときじゃ気絶しないもんなんだな。まぁ火傷の跡がつかないように調整してるから仕方ないけ、ど!」

「がっ……!」



 言葉尻を強めるとともに会長は俺の腹を狙って蹴り上げる。革靴を履いたままの一撃は重く、一瞬息が止まった。

 暴力を振るわれてようやく、彼の言葉に偽りがあったことに気付く。会長は俺を仲間だなんて思っていない。助けてやろうなんて思っていない、ましてや俺の身の心配なんて考えていない。

 彼から逃げようと、生徒会室の絨毯を両手でつかんで動かない体を引きずろうとする。かなりの力を込めたつもりだったが、ほんの数センチ会長から離れただけだった。



「な、んで……?」

「今の話を聞いてわかんなかったのか? ナギの復讐はもう始まってる。あとは皐月とお前だけなんだよ」



 ナギ、と会長が呼んだ人間が誰であるのか、なんとなく思いついた。藤波の姓をもつ女――藤波渚だ。

 どうしてそんなに親しげに呼んでいるのだろう。二人が話している場面なんて、初対面の時以外なかったはずだ。

 ……初対面、だったのか? 関係が冷え込んでいるようだったから忘れていたが、会長は自殺した二階堂朔夜の婚約者だ。だとしたら藤波は会長の義妹になる予定の人間だ。知らないほうが不自然だろう。


 恐怖に支配された脳がかつてないほどに高速に回り、ある結論を導き出した。

 初対面のはずがない。……騙していた、のか?

 会長は、藤波側の人間。藤波の復讐に加担している協力者。



「まさかっ、副会長も、会計も……!」



 副会長に放課後生徒会室に行けと言った会長を、そして放課後自分自身も皐月から離れふらりとどこかへ消えた会長を思い出す。

 会計に資料室に行けと言った会長を、そして渡し忘れがあったとかで会計の後を追った会長を思い出す。

 皆、こうやって一人きりの時間を作られて、そして――姿を消した。



「ご明察。――人間を気絶させるのはお前で四人目だよ」

「ひっ……!」

「おい、逃げんな」

「ぁがっ」



 腹ばいになった俺の首に固い靴底が押し付けられる。そのまま体重を乗せられて気道がふさがれた。

 殺される……! このままじゃ副会長や会計のように殺されてしまう!

 無我夢中に会長の足首をひっかくが、会長の笑みは崩れることなく一層深まる。



「あとはお前と皐月だけだ。お前らを殺したら、ようやく俺たちは幸せになれる。長かったよ。俺にとっては地獄のようなものだった」

「はぁっ、はぁ……! こ、こんなこと、許されない……!」

「許されるだろ? この閉鎖的ながくえんなら。実際に朔夜の自殺は綺麗にもみ消してくれたしな。この学園で起こった不祥事はすべてもみ消される。余計な埃が出ないように警察組織すら踏み込ませない。お前らが死んでもろくに捜査はされないな?」



 会長の言葉に思い出したのは、副会長や会計の自信満々な笑み。自殺の原因を探られるんじゃないかと戦々恐々としていた俺に彼らは、「この学園が隠してくれるから大丈夫」と言って笑っていた。

 そうだ。この学園は世間からすべてを隠してきた。だけど今回は、俺が隠される番になったんだ。

 二階堂朔夜が自殺しても俺たちが平気な顔で笑っていたように、俺を殺しても会長と藤波渚は幸せそうに笑っているのだ。


 絶望に浸る間もなく顔面を強く蹴り飛ばされる。口の中に鉄さびの味が広がった。

 俺は頭と顔、腹を守るように床にうずくまった。地面に額を擦り付ける感触。覚えている、この感じ。



『ハハッ! 見――こい―、これっぽっちで――てんぜ』

『なっさけ―――ウゼ―――メ――。―――る価値―んのか?』



 いやだ、いやだいやだいやだ!!

 あの頃には戻りたくない俺はあの頃の俺じゃないあの頃とは違う!! 違う違う、違うんだぁ……っ、れは、おれは!


 みっともなく涙を流して逃げようとする俺の背中を踏みつけながら、会長は笑う。どうしてひどいことができるんだ。会長も、“あいつら”も。

 俺を甚振って楽しいのか? 人間じゃない。外道だ。畜生だ。人をいじめて楽しむやつらなんか全員、生きる価値もない人でなしだ。



「楽しかっただろ。人をいじめるのは」

「……は……?」

「バアアアカ、お前のことだよ黒田真司。朔夜をいじめて楽しかっただろ? お前すげーイキイキしてたもんな」



 一瞬、世界から音が消えた。すぐに音はさざ波のように舞い戻り、会長の哄笑を連れてくる。

 のろのろとした頭で考える。“生きる価値もない人でなし”は、誰だ。

 俺は、知っていたんだ。



「――雄介、やり過ぎよ」



 どれぐらい会長に暴行を加えられた後だっただろう。目元も蹴り飛ばされ視界が暗くなっていた中、女の声が聞こえた。

 藤波渚だ。逃げなければ、殺される。そう思うのに体はピクリとも動かなかった。



「悪い。だってこいつ、ナギの腕にケガさせただろ。殴んなきゃ気がすまねぇよ」

「ケガって……引っかかれただけなんだけど」

「お前に俺がつけたもの以外の跡が残るのは嫌なんだよ」

「はぁ……もうなんでもいいよ。手伝うの、邪魔するの」

「手伝うって。拗ねんなよ」



 会長の声は聞いたことがないほどに甘さを含んでいた。言葉一つ一つに幸福を滲ませているようなこの声は、本当に彼のものだろうか。

 会長は、藤波渚が大事……? いや、きっとそんなもんじゃない。それ以上、それ以上の感情――例えば、恋慕。

 だとしたらアイツは会長の何だったんだ? 会長の婚約者で恋人だった二階堂朔夜に対して、会長はどんな感情を向けていたんだ?



「さっさと運ぼう。要、雄介。お願い」

「はい」

「おう」



 抵抗する力をも失った身体を、藤波渚のそばにいた黒服の男と会長とが協力して持ち上げる。殴られ蹴られた場所が痛むのに、どこか他人事のように感じた。

 身体が詰め込まれたのは、食事を運ぶ時用の銀色のボックス。食器を置くための鉄板はすべて外されていて、中は空洞になっていた。

 どこへ連れていかれるのだろう。俺はそこで、殺されるのか。


 麻痺した心でもう一度、「どうして?」と心の中で呟き、ボックスが閉じられる瞬間まで会長を見上げていた。

 異常な状況の中、いやに頭が冴えバラバラだったピースが嵌っていく。

 婚約者だった二階堂朔夜。恋慕の相手は藤波渚。藤波渚は、二階堂朔夜の義妹で、後妻の連れ子。二階堂朔夜へのいじめ。自殺。藤波渚は二階堂朔夜の復讐をしにきた。会長は復讐の協力者。

 二階堂朔夜の暗所恐怖症。



『あいつ、暗いところすごく苦手なんだよな。暗い場所に閉じ込められてパニックになるぐらいだから、結構重傷だぜ』

『書記。旧体育館倉庫、ちょっとの間管理しといてくれ。まぁ管理っつってもほとんど人が寄り付かないところだけどな。ほら、カギだ』



 会長、あんた。

 どこから仕組んでいたんだ?



「じゃあな、書記」



 最後に聞いた会長の声は、あまりにも普段の声色と同じで、何の感情も含んでいなかった。

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