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誘拐されていた時間は実質ほんの半日だったんだろう。気付けば僕は寮室のベッドの中で寝ていた。
一瞬昨日の出来事は夢かとも思ったが、真樹が目を合わせてこないあたり現実のようだ。結局、身体には傷一つ残っていなかった。誘拐犯の要望通りにしたからだろうか。
真樹との関係は決定的に変わった。僕らは寮室で一度顔を合わせたが、お互いを睨み付け自分の部屋に閉じこもった。
ベッドにもぐり、自分の髪をいらいらと弄る。この髪も。この顔も。何もかも嫌だ。だってあの愚図な真樹と同じものじゃないか。
僕にはふさわしくない。僕と真樹は違う。僕はあんな根暗じゃない。僕はあいつじゃない。
こんな髪。
こんな顔。
* * *
結局僕は三週間の間休みを取ることにした。もっと早くに学校に行きたかったけど、これが限界なんだって。無能な医者。
ようやく人前に出れる顔になってから、意気揚々と生徒会室のドアを開けた。
「おっはよー会長! 皐月! とついでに書記くん!」
「あ、亜樹! 久しぶりだけど今まで何してたのぉー……って、ええっ?!」
あ、驚いた驚いた。皐月は反応が素直だから面白い。
書記も、それから会長も僕を見て驚いているみたい。そんなに見られると恥ずかしいなぁ。
「あ、亜樹……、だよね?」
「そ! 思い切って整形と髪染めしちゃいましたー! どう? 決まってる?」
僕の好きな俳優さんのパーツを色々真似して、この顔を注文してみた。ちょっとジャニーズ系の可愛い顔。
元の顔も可愛い系だったけど、あれはダメだ。
――真樹のクズと一緒の顔なんて、耐えられない。
しきりに驚く皐月と一緒に、僕は窓ガラスに自分の顔を映して楽しんだ。
生徒会の窓ガラスって、会社の窓みたいに壁一面がガラスなんだよね。結構高いから、すごく景色が綺麗。そんでもって僕も決まってる!
これは中々に会心の出来だ。仕事は随分遅めだったけど、整形の医者も結構丁寧な仕事をしてくれる。
会長にもよく見せてあげようととびきりの笑顔で振り向いた。そのとき。
「おっはよー! ねぇ会長! どう、この顔! すごくない?」
同じ声。同じ髪色。
――――同じ顔。
「ま゛ぁぁぁぁきぃぃぃぃいいい゛っ!!」
会長に近づいたクズを力いっぱい引き剥がし、窓ガラスに押し付けた。
クズは僕の顔を見て驚いたように目を見開いた。なんてこと、目の色まで同じだ。付けているカラコンも同じってことかよ。
双子だから? 双子だから全部同じになっちゃうの? こんな、こんなクズなんかと僕が同じ??
ふざけんなふざけんなふざけんなッ!!
おまえなんか、おまえなんかおまえなんか!!
「死ねえええ゛えええ!!」
真樹の頭を両手で掴み、渾身の力でガラスに叩きつけた。
豚みたいな悲鳴を上げる真樹に、容赦なく次の拳をめり込ませる。
死ねばいい。邪魔だ。いらない。同じ声同じ髪同じ顔! いらないいらないいらない!
同じ人間なんてこの世に二人もいらないんだよ!!
「死ねっ、しねっ」
何度も何度もガラスに真樹の頭を叩きつける。真樹も腕を振り上げて反抗してきた、クズのくせに。
僕が真樹を殴るのはいいけど真樹が僕を殴るなんて許せるはずがない。僕は夢中で近くにあった椅子を持ち上げると、それを真樹に向かって振り下ろした。
ガシャン、とガラスが割れる音。皐月の悲鳴。
真樹の身体が傾いだ。ぐちゃぐちゃになった顔で僕を睨む。
僕は止めとばかりに真樹の身体をガラスの外へ突き飛ばした。
「ふはっ、死…………?」
僕の身体もどうしてか一緒に傾いていた。呆然と真樹を見る。
真樹の手は、僕の 右手の小指 を千切れるほど強く、握りしめていた。
にやりと真樹が笑った気がした。「お前も死ね」。そう口だけで囁く。
そのまま僕らの身体は宙に放り出された。
そういえば、ゆびきりしたよね。
ね、ぼくのかたわれ。
* * *
「うわあああああああ!!」
「何だ、どうした?」
「いっ、今! 誰か飛び降りた!! 二人!!」
「は……?」
「ホントだって、俺いま窓見てたら黒いのがサッって落ちてきたんだって!!」
「え、だってお前、この上って……生徒会室だぞ?」
会計、音泉亜樹及び真樹。転落死。
割とサクサク進んでいくので、急展開に感じるかもしれません。まぁ副会長や会計は物語上そんなに重要じゃないので……。
まだまだ主人公がどんな人間かという部分はわかりにくいかもしれませんが、後半から徐々に明らかにしていくつもりです。
そういえば、指切りしたよね。
ずっと一緒。