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名前を呼ばれて真樹の目に怯えが色濃く表れる。
僕はガラスに両手をついて真樹を励ました。
「真樹、しっかりして! 僕がついてるから!」
「う、うん……、えっと、亜樹の大食い!」
『良いでしょう。次、音泉亜樹さん』
「つ、次亜樹の番だよ……」
「うん、いくよ? ……真樹のでべそ!」
『良いでしょう。次、音泉真樹さん』
「えっと、亜樹は鼾がうるさい!」
「うっ」
『良いでしょう。次、音泉亜樹さん』
「ま、真樹だって寝相が悪い! 一緒に寝ると蹴り落としてくるし」
「ご、ごめん亜樹……」
『良いでしょう。次、音泉真樹さん』
ほら。やっぱり僕らの絆は誰にも壊せない。
さっきから他愛のない悪口しか言ってないし、言われてもちょっとむっとするだけで嫌いになったりはしない。
このまま犯人の言うとおり、くだらない悪口を言い合えばいい。こんなことで、僕らの絆は壊れないんだからな!
「あ、亜樹は! 食わず嫌い! いっつも僕が食べてから食べるんだ。僕の顔色見て美味しいかどうか決めてるんだ!」
え?
「なんだよそれ。そんなことしてない!」
「し、してるよ! 亜樹はいつもしてる!」
『良いでしょう。次、音泉亜樹さん』
ほんの少しの火種だったと思う。少し、少しだけ、真樹に怒りを感じた。
食わず嫌いのところはまだいい。でもその後の言い方が酷い。顔色を見て、ってなんだよ、なんだよそれ。
そんなの、
「真樹だって僕の顔色ばっか伺ってる! ほんとは自分で決めるのが苦手だから僕に合わせてるだけなんでしょ?」
「なっ……なに、なにそれ」
『良いでしょう。次、音泉真樹さん』
「ッ亜樹は! 亜樹は身勝手だ!! 僕の気持ちなんて全然考えないで勝手に問題起こして! 僕も一緒に怒られて! いつだって自分のことしか考えてない、自己中人間じゃないか!!」
……は?
なにそれ、なんだよそれ。
だって真樹が、“お前”がいっつも頷くばっかだから悪いんだろ。
意見出さないから僕が出してやるんだ。お前が頷くだけですむように積極的に意見出してやってるっていうのに……!
『良いでしょう。次、』
「真樹なんて僕がいなきゃ何も出来ない、内気で根暗でどうしようもないクズじゃないか!! ねぇ知ってる?! 僕とお前が受け答えするとき、いつだって、いつだって僕が最初に喋るんだ! 僕がお前を、お前みたいなクズを率いてやってたんだ!!」
「な、あ、亜樹、ずっと僕をそんなふうに……!!」
「だって事実じゃないか! 皐月と仲良くなれたのは誰のおかげ? 僕だ! 僕が最初に皐月に話しかけて、次にお前が便乗して話しかけたんだ! お前はただの、金魚の糞だろ?!」
「違う! 僕は皐月なんか好きじゃなかった!!」
「は、」
「だって、会長が皐月のことを好きだって言ったから……だから僕も仲良くしてただけだ。僕は将来、会長の右腕として働きたいと思ってるから……」
……は? は? は?
なにそれ。双子だと考えていることも丸っきり同じってわけ。こいつも将来有望な会長のもとで働きたがってたわけ。ボロ臭い音泉の家を僕に押し付けて。
で、こいつはそれをいままでずっと、ずうううううっと僕に隠してたワケ!
というかさ、
「お前に右腕とかさ、つとまるはずないじゃん」
「え……」
「似合わないよ。あの完璧な会長の傍にいるのが無能な真樹? はっ、似合わない似合わない似合わない!だっていつもいつもビクビクビクビク僕の後ろに隠れているような臆病者で卑怯者な真樹がさぁ、会長に気に入られるはずないだろ?! 鬱陶しい、仕事が遅いって言われて下っ端にも使ってもらえないよ!」
「な、何だよその言い方! そんなっ……」
「あっれぇ? また泣くの真樹ちゃん? そうだよねぇ、お前は泣く度に僕かママかパパに優しく慰められてたもんねぇ! 泣けば全て解決すると思ってんの?! それとも、あははははっ! それとも会長に泣き落としでも使うつもりだったぁ?! 無能なボクチンをどうか働かせてくださいーって泣きついてみればぁ?」
昔っからこいつは僕よりも臆病者で泣き虫だった。
だから僕がしっかりしなきゃ、お兄ちゃんなんだからしっかりしなきゃってずううううううううっと思ってた。
でもさ、不公平だよ。
何で僕ばっかしっかりしなきゃいけないの。何で僕ばっか真樹を励ましてんの。
慰められるのも励まされるのも、いっつもいっつも泣き虫の真樹!!
父さんや母さんだってそうだ! 僕はしっかりした子だからって、真樹ばっかに構った!
でもさぁ、
「お前に何の価値があんの?! ないよなぁ? だって僕の後ついてくるだけだったもんねぇ?! お前なんか会長の右腕として相応しくないよ! 大人しく音泉の家でお花と遊んでたら?」
「ッお前の方こそ! お前の方こそ相応しくない!! この、性格ブス! 父さんや母さんだって僕のほうが可愛いげがあるって言ってくれた! 素直で子供らしい子供だって!」
「いつまで子供気取る気?! そういうとこほんと、」
「お前だって性悪のくせに可愛い子ぶって、お前なんか、」
「「大ッ嫌い!!」」
* * *
「ナギ様、マイクの電源が入っていませんが」
「もう必要ないみたいだからね。勝手に罵りあい始めちゃったし。いつまで続くんだろこれ」
「……本当に仲の良い双子だったんですか?」
「仲は良かったわよ。一度も喧嘩をしたことがないほどにね。でもそれはお互いがお互いに理性をもって対応していたから。兄は兄らしく、一歩進んで積極的に。弟は弟らしく、一歩引いて消極的に。理性を持ってたからこそ調和してたんだと思う」
「悪口ごときでそのリミッターが外れるものなんですか……」
「ふふっ、ただの悪口だって二人の絆を奪うには十分よ。お互いに不満があったんでしょ? この際だから全部素直にぶちまければいいのよ」
「ですがこの二人、副会長のように自殺はしそうにありませんね」
「まぁ放っておこうよ。面白いことが起きそうだし」
「楽しいですか、ナギ様」
「楽しくはないよ。あの子がいないから」
「……そうですか」
「……ごめんね、要」




