はじまり 前篇
私は、いま古都に住んでいる。大学生三年生だ。
大学は政治科に入るが、どこかつまらなかった。
みんな通説通りのセオリーで、今までだれかが言っている範囲内の事を塗りなおしているにすぎなかったからだ。
院に進学すればもっと高度な議論ができるのだろうか。そんな期待を背負って、日々頑張っていった。
友達はいない。一人でいるのが好きなタイプではないが、友達を作る対人関係というやつが苦手なのだ。
ある時、一人旅行で南西の島に行くことにした。
海で泳いでいたら、洞窟を見つけた。中に入ると結構奥深い。
少し進むと階段のように上に進んでいく足場があって、地上に抜けることができそうだった。
そこをずんずん進んでいく。
すると、とたんに足を滑らせ、落ちて行った。
かなり高い位置から落ちた。
(ああ、こんなところで死ぬんだな。)
そう思うと、意識が消えて、海に投げ出された。
目が覚めた。
(あれ・・・自分は死んだのではなかったのか?)
そう思いつつ体を起こして、周りを見た。きっと海に落ちて助かったに違いない。
と思ったが、そこは草原だった。
海が草原に変わるわけもない。とすると、ここは頭の中での出来事か?幻想か?はたまた死後の世界なのか?
ともかく立ち上がらねければならない。それに、海にいたのだから海水パンツ以外は裸だろう。
・・・と思ったが、上下ともに服は着ていた。
簡素ではあるが、上下ともに動きやすい服に着替えていた。こんな服を持っていた覚えはないが。
すると、むこうから車のようなものがやってきた。とっさに隠れようとした。しかし、そもそもここはどこかすら自分はわかっていない。ここはおそらく海の近くにある草地で、誰かが助けてくれたのだろう。
「すみませーん。」と声をかけた。
やってきたのは、馬車だった。なぜ、21世紀の日本で馬車が使われているのだろうか、と不思議には思ったが声をかけてみるしかない。
だが、馬車は通り過ぎた。
なぜ、車ではないのか。
いや、厳密には車だが。なぜ馬車がやってくるのか。
途方に暮れていると、つぎに同じ方向からやってきたのは、人だった。
鍬を担ぎ、腰には巾着を付けている。農夫のような出で立ちだ。
「すみませーん。」
また声をかけると、こんどは反応してくれた。
「どうしましたか。」
男が聞いてくる。
「ここはどこですか。」
すると、男は不思議そうな顔をして、こう答えた。
「ここは、シュルツ公領の街道ですよ。このあたり一番の幹線道路なので、周辺の住民は大体知っている道ですが。」
シュルツ公領?なんだそれ?どこかの国の一部だろうか。
「シュルツ公領とは、なんですか。」
「ここら一体の名前ですよ。帝国の一部ですけどね。ここは、公領の真ん中ですよ。あなたも旅人なら、関を通る時に領地の名前ぐらい確認するでしょう。」
男は、ますます怪訝そうな顔になった。
「あー。いや、旅をしたのは初めてなので。ちなみに、この近くに町はありますか。」
「町?私が行こうとしているルニビという町が一番近いですけどね。しかし、あなたはむこう側からやってきたのではないのですか?それなら、ルニビの町を知っているはずですが。」
男がまたしても不審者を見る目つきで見る。ルニビという名も聞いたことが無い。
「えーっと。私は旅人で、違う道から迂回して、この街道に来たものですから。」
男が合点の言った表情をした。
「なるほど、それなら私と一緒に行きましょう。私は、商人のマイツ。こうして、複数の都市を往ったり来たりして利益を得ているのですよ。ルニビまでは馬車で10分もすれば着きます。さあ、乗ってください。」
わたしはマイツの言葉に甘えて、町まで乗せてもらうことにした。
「着きましたよ。ここがルニビです。」
男が馬車を止めて、地上に降りた。
ルニビの町は、丸い城壁で囲われているみたいだ。中世ヨーロッパのような雰囲気を持つ。
「町に入るには、身分証が必要です。身分証はお持ちですか?」
身分証がいるのか。もちろん、そんなものはない。
「いや。」
「ならば、城門で衛兵に民生局まで案内してもらいましょう。民生局では、自由民・奴隷の登録や税金の納入を行う場所です。」
民生局。さしずめ、市役所みたいなところか。奴隷がいることや知らない名称の町があることからしても、ここは地球とは違う異世界みたいだ。
マイツが衛兵に声をかけた。
「すみません。」
「どうした。」衛兵が答える。
「こちらの旅人が身分証を持っていないそうです。」
衛兵が応えた。
「身分証を持っていないだと?」