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店員さん・前

店員さんを切り裂いた翌朝、私は知らない街を歩いていた。

別に探検をしたくなったわけではなく、敵地偵察のためだ。

この無人都市は基本的に各プレイヤーの日常生活空間をジグソーパズルのようにつなぎ合わせて出来ている。

だから、自分の暮らしていた範囲の外はほぼ未知の世界なのだ。

普段は行かないけど、あの角を曲がったら隣駅への道が続いているはず…と思ったはずのところが電車で10駅は離れているはずの場所につながっていることもある。

バトルの時に自分の知っている場所でしか闘わないことは普段の生活圏を特定される恐れもある。

いつも同じ場所で闘っていればいつも同じ相手達と戦うということもあるだろう。

そうしていればたとえ勝ち続けているにしろ、獲得できるポイントは徐々に減っていく。

初心者狩りをするならばともかく、神隠しにあった人間は母数が一定なのだから、ゲーム未参加の初心者なんてものは徐々に減っていくものだ。

つまり、同じ場所で闘うということは上位プレイヤーにとっては徐々にうまくないことになる。

同じ場所で闘い続けていて、ポイントをそれなりに稼げるくらいに強くて、おまけに自分のスキルには弱い、なんて好都合なプレイヤーがいればバトルの根城を決めるのもありだけど、そんなうまい話はそうそうない。

いくら強力なヴィクターとは言え、対策を立てられれば危ないかもしれないし、逃げられては効率が悪い。

正体不明の恐ろしさを売りにしている私としては場所をころころ変えるのは基本なのだ。

それにバトルは夜開催されるため、ただでさえ見通しが悪い。

だから、バトルを行う予定のある場所を詳しく調べておくことはバトルに有利に働くことにもなる。

遠距離を攻撃してくるタイプの狙撃アウタータイプのスキルなんかは狙撃できそうな場所を調べておくだけでも全然違う。

準ランカーの私にとってはそういった知識は何より大事なのだ。

とはいえ…

(昨日のあれは一体どういうつもりだったのだろうか…)

昨晩の出来事が胸につっかえる感じで地形調査もはかどらない。

バトル中とも思えないほんわかとした態度。

にっこりとしながら肉塊となってしまった店員さん…本名は梼征弥というらしいけど。

まぁ、店員さんは店員さんだろう。

私に危害を加えようとするなら排除するという思いのバトルだったはずなんだけど、店員さんはろくに抵抗もせずに私のヴィクターにやられてしまった。

ちなみに、私のスキル、アバター・ヴィクターは私と一体型になって動く。

だから、私が店員さんを殺してしまったということになるけども。

ついに知人殺しということまでやってしまうなんて。

普段は降参によるバトル敗北を認めない私だけど、昨日の夜は一応降参するための間をとっていたつもりなんだけど…。

店員さんの人を煙に巻くような態度に取り乱したのかもしれない。

私は、冷酷無比の「デッドエンド」を演じ続けなければいけないのに。

「ハァ…」

ため息も出てしまう。

わからないことはまだまだある。

店員さんとのバトルによる獲得ポイントが多すぎたのだ。

1250ポイント。

互いのプレイヤーが獲得ポイントを設定していない場合のフリーバトルによるポイント獲得数は、敗北者の所持している総ポイントの基本10%。

相手との所持ポイント数に差があればあるほどペナルティがついていく。

だけど、今回は恐らくペナルティが存在しない。

私の今の所持ポイントは13025ポイント。

一晩でポイントは5回復するので、昨日の時点での私のポイントは11770ポイント。

そして店員さんは12500ポイントあったわけだ。

この辺のプレイヤーは大体2000~3000ポイントを所持している。

そこそこ手ごわいプレイヤーで5000~7000。

1週間に1度、コンソールのメールに流れるポイントランキングでは、はウェストエリアのコロシアムのチャンピオンらしく、それが30000ポイント超。

メールに掲載される最下位…10位までを「ランカー」というが、これが13000ポイント弱。

ここ最近のバトルでいよいよランク入りも見えてきた私ですら11770ポイントだというのに、ろくな抵抗もしなかった店員さんがランカークラスとは…。

所持ポイントが10000を超えてからというもの、同じクラスのポイントを持っているプレイヤーは相当手ごわいはずだ。

それに今バトルをしているあたりに10000超えの奴がいるなんて聞いたこともない。

ここから少し離れたところにいるノースポートエリアのランカー、ランク8位、通称「リバイバー」の14700ポイントくらいのはず。

ランカークラスの実力者があんなにあっさりやられるだろうか?

これは何かおかしい。

店員さんは何か企んでいる。

そう、笑顔の裏にはとんでもない欲望が…。

余裕ぶった態度で私に接してきて、正体をばらされたくなければ私のものに…。

ははは、少女マンガの読みすぎだな…。

あのほんわかした癒し系お兄さんである店員さんが腹黒ドSとかあるわけが…ない。多分。

殺しておいてなんだけど、あの店員さんが腹黒とかちょっと嫌だし…。

大体バトルで疑似的とはいえ自分を殺そうとした相手を招待するだろうか。

そもそも無人都市ではレストランとかはドローンが店員をするのであって、店員さん(梼征弥)は何を言っていたんだろうか。

もはや適地調査どころではない。

むむむ、と唸りながら知らない道を歩く私。

しかし、足は偶然にも私を思い出の場所に連れてきた。

喫茶店・ゴールドホーン。

ママと一緒にパパを待ち、休日の幸せなひと時を思い出させる、あの、場所。

パパとママがいなくなってからは無意識に避けていた道は、今私が無作為に歩いていた道の反対側につながっていたらしい。

向こう側から幸せだったころの私が、パパとママと一緒に歩いてくる。

そんな光景を思わず思い浮かべて私は、苦笑する。

普段あったものが急になくなる。

そんなことは今までさんざん実感してきたはずなのに、それでも何度でも味わう。

何度体験しても、つらい。

私はしばらく感傷に浸っていた。

でも、もうないものは、ない。

今の私にできることは、奪うこと。

そう、奪い返すこと。

喫茶店に向き直る。

思い出の喫茶店は昔と寸分違わずその姿を見せていた。

綺麗に手入れされた店の前の草木。

少しレトロな感じのする木の扉。

店員さんが何を考えているのかはわからない。

でも、不安の種を抱えたまま今後のバトルに赴くわけにはいかない。

彼が何を考えているのかは知らないけど、私にとって害になることを考えているのならば、それがどのような結果につながるか、教えてやらなければならない。

「夜になるたびボコボコにして、ポイントを奪いきってやる。」

(ん…思わず声に出てしまった。)

脅迫、及び粘着プレイも辞さない所存である。

全く、乙女らしくない限りだ。

これでも15の乙女なのにね。


カランカラン…

ベルを鳴らして喫茶店に入る。

「イラッシャイマセー」

例のドローンが静かな駆動音をさせながらやってくる。

(まぁ、そりゃあいないよね。)

そう思う私。

しかしこのドローン…、メイド服を着ているのか。

女の子?なのか、そんなことをぼんやり考えて立ち尽くす私にかかる嬉しそうな声。

「やぁ、来てくれたんですね、常連さん。ケーキ、出来てますよ。」

そこには、いつもの給仕服を着た店員さんがいた。

昨日の夜、死ぬ…もとい部屋送りにされる最前の笑顔で、彼は私を出迎えた。

喫茶店の奥、こじんまりとした席に案内される。

店主の趣味らしい温かみのあるインテリア、アンティークの机と椅子。

「少し待っててくださいね、紅茶はいつもダージリンでしたよね?ケーキはどういたしますか?」

にこにことしながら聞いてくる店員さん。

「…ショートケーキで。」

私はそうぶっきらぼうに答える他になかった。

少し待つと、ケーキと紅茶の乗ったお盆がやってくる。

薄く湯気を立てるティーカップを手に取る。

久しぶりの紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

その豊かな香りと湯気をたっぷりと吸いこみ、ふうふうと息を吹きながら一口。

…落ち着く。

紅茶の銘柄には詳しくないけれど、陶器のカップに注がれた温かい紅茶は、コンビニで買うような缶やペットボトルの飲み物よりはるかに人間味にあふれ、おいしかった。

のんびりとお茶を楽しんだ後はショートケーキにフォークを差し込む。

いつもの味だ。

丁寧にホイップされた生クリームはきめ細やかな舌触り、まるでとろけるような触感。

甘すぎない砂糖の味と一緒に新鮮なミルクの味、香り。

遠足で牧場に行った時味わう新鮮な牛乳の味だ。

スライスされた苺が、生クリームの上品な甘さに新鮮な果物の瑞々しさを与えてくれる。

生クリームに負けない甘みと香りはふんわりとしたスポンジと相まって絶妙なバランスだ。

無人都市に来て最初のうちはおっかなびっくりスーパーで買った(もといもらった)材料で自炊をしていたものだけど、次第にバトルにのめり込むにつれ、ロボットが作っているであろう弁当屋やスーパーマーケットの利用ばかりになっていた。

「おいしい…店員さんがケーキを作っていたんですね。」

「そうです。でもすごいのはここのシステムでしてね。材料を使っても気づいたら補充されてるんですよ。さすがにそれを見たら、ここがいつものお店じゃないんだなと実感しましたね。」

「へぇー…すごいんですねぇ。って、そうじゃなくって!」

つい店員さんのペースに乗せられて会話してしまったけど、今日はお客としてきたのではない。

「店員さん、何を企んでいるの?」

「…はい?企むって何をですか。」

「とぼけないでよ、あなたはデッドエンドのことを知っていた。ならば、デッドエンドのバトルのやり方も知っているはず。」

私の問いかけに店員さんは思案顔になる。

「デッドエンドのやり方、ですか。僕の知っている限りではデッドエンドは神出鬼没。バトルするエリアを定めずにどこにでも現れ、狩場で縦横無尽に暴れる謎のアバタータイプ…といわれているということですかね。合っていますか?」

にっこりとほほ笑みながらも眉毛は逆ハの字で得意げだ。

「そういうことじゃなくてっ!」

私はいらだたしげに問い詰める。

「それにあのポイント。店員さんはランキングに食い込むレベルの実力者なんでしょう?あんなにあっさりやられるわけがない!昨日のはわざと負けたとしか考えられないわ。そんな状況に疑問を持たないっていう方がおかしいのよ!」

「なるほど、僕の所持ポイントが高かったせいで余計な心配をさせてしまったわけですか。でも安心してください常連さん、それは買い被りなんですから。僕のスキルは小銭稼ぎ(・・・・)にもってこいなんです。ちょっとずるい感じでね。僕のスキルは…そう、感知(パーシーブ)。パーシーブはインナータイプなんです。いわゆるレーダーのようなものなんですよ。スキルの感知エリア内のハンターの様子を感じ取り、手ごわい、弱っているなどを知ることができるんですよ。弱っている相手にこっそり近づいて、不意打ち。かっこ悪い戦い方なんですよね。説明しただけではわかりにくいと思いますから、後で夜になったら実演できると思うのですけれど。」

「じゃあ、私の背後に回っていたのも…」

「感知は常連さんのヴィクター(征服者)に比べればか弱いスキルですからね。昨日の夜は、ものすごい勢いで暴れまわっているハンターはどんな人なのか見てみたくてつい…ばれちゃいましたけどね。」

そういうと店員さんはイタズラっぽく微笑んだ。

「あのヴィクターが常連さんみたいな女の子なんて、びっくりしました。屈強なハンター達をばったばったと薙ぎ払っていく様、かっこよかったです!」

かっこいいって…普通あんな凄惨な戦い方を見たら怖いって思いませんかね…。

どうやら店員さんは若干天然なのかもしれない。

「もちろん、企んでなんかいませんよ。常連さんみたいなかわいい女の子に脅迫じみた取引なんて、男のすることではないですからね。」

眉毛が逆ハの字でまた得意げだ。

これが店員さんのドヤ顔なのだろう。

さらっとかわいい女の子、とか言っちゃってるけど、店員さん、気障なのだろうか。

しかし…。

「…脅迫じみた取引なんて言ってないです。店員さん、そんなことしようって考えていたの?」

やはり腹黒なのだろうか…!

「そ、そんなことないですよ!」

店員さんは慌てふためく。

なんだか毒気が抜かれてしまった。

そのまま世間話のような流れになる。

いつここへ来たのか。

最初のうちはやっぱりとまだったよね、とか。

二人で神隠しとはなんなのか考えてみたり、無人都市のおかしなシステムに笑ったり。

それは、心に傷を抱えて、神隠しなんて言うおかしな状況で一人闘い続けていた私にとって、久しぶりの「会話」だった。

やがて店員さんはやおら真剣な顔になって私に問いかける。

「それで、常連さんはなんで、バトルに参加したんですか?」


読んでいただき、ありがとうございます。

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