遭遇と口封じ
(て、店員さん…どうしてここに。)
一日のバトルを終え、帰途に就こうとしたその時出会ったのは、顔見知りも顔見知り、私の行きつけの喫茶店「ゴールドホーン」の店員さんだったのだ。
正体を隠してバトルしてきた私がまさかこんな失態を犯すなんて。
最近はポイントの獲得効率も上がって来たっていうのに。
どうしてこうなったんだ・・・。
私の置かれた状況を把握する傍ら、まず今私が何をしているのかを話しておこう。
ここ、「無人都市」が一体どのようなところであるか、「バトル」と一体何なのか。
まず最初に、私達…この無人都市に集められた中高生位の若者たちは、監禁されている。
いわゆる「神隠し」だ。
2020年代から世界中でニュースになった若者たちの「神隠し」(呼び方は世界各地でまちまちだろうけど、日本ではそう呼ばれている。)、この謎めいた現象は20XX年代となった今でもときたま見受けられる。
特定地域に住む年若い男女が何十人、時には何百人とごっそり失踪するのだ。
その恐らく最新の当事者たちが私達なのだ。
失踪、監禁などといってもそれに参加している私たちに悲壮感とかそういったものはあまりない。
何故なら、これは「ゲーム」だからだ。
「ゲーム」といってもテレビやパソコンでやるゲーム、もしくはトランプや将棋といったゲームではない。
同時に失踪した私達はおそらく同時に見知った場所で目を覚ました(はずだ)。
いつも暮らしている場所によく似た、けれどどこか違う場所で。
私は神隠しにあった次の瞬間、自分の暮らしている鳳女子学園中等部第3学生寮204号室、つまり私の部屋で目を覚ました。
そして、起きてすぐ、近未来感あふれる立体スクリーン(とでもいえばいいのだろうか。SFなんかでよく見るアレ…って言っていいのかどうやら。)で自分が神隠しにあったこと、そして神隠しにあった子供たちが参加する「ゲーム」への招待を受けた。
スクリーンはタッチパネル形式のタブレットのような操作感で、表示されている画面はまるでパソコンのメール画面。
「ナビゲイター」と名乗る送信者からのメールに記されていた内容はこうだ。
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ようこそ、「無人都市」へ、紫藤恋さん。
あなたは第15回エンカウンタープログラムに選出されました。
このプログラムはY市に住む青少年たちのうち、かなえたい強い「願い」のある人たちを選出し行う私、ナビゲイターによるプログラムです。
世間一般で言うところの「神隠し」というものに該当します。
よってこのメールの本文は宛先であるあなた、紫藤恋様を含めた皆様に送らせていただきます。
まずは謝罪の言葉を。
皆様の生活サイクルに介入し、本プログラムに招致した勝手をまずはお詫びさせていただきます。
私も皆様を招待しなければならなかった切実な都合がありましたため、謝罪以上のことはできませんが、せめてこの「無人都市」に皆様が滞在する間は快適な生活を送っていただきたいと思います。
この「無人都市」は皆様の記憶と経験のデータから私が作り出した疑似都市です。
ドアを開ければ皆様の生活圏に似通った光景が広がっているはずです。
実際のY市では無いため、皆様の行ったことのないような場所は省略され、本来つながっていないような場所がつながっている場合もありますが、基本的には今までの生活と変わらない生活サイクルを送ることもできます。
そして、この都市の最大の特徴として、ここには皆様以外の人間は一人もいません。
その名の通り皆様を除いて「無人都市」となっています。
ですので、対人のやり取りとしては今までのような生活を送ることはできないかもしれません。
代わりとして私、ナビゲイターの用意した対人ドローンがその代役を果たさせていただこうと思います。
売店や、美容院、レストランなど各種施設にてドローン達が皆様をお待ちしております。
各種商業施設は存在しますが、原則として無人都市での生活に金銭は必要ありません。
今回のプログラムに参加していただいたせめてものお詫び、ということもありますが、皆様に不自由なくプログラムに参加していただくためのサポートと考えていただければと思います。
金銭の関係ないサービス、また、本来の用途以外の施設の利用については各ドローンまでお問い合わせください。
可能な限り対処させていただきます。
次にプログラムの要、ゲームについて説明させていただきます。
本プログラムにおけるゲームとは皆様をプレイヤーとしたポイント獲得競争です。
皆様プレイヤーにはこの無人都市での生活で様々な方法で獲得できるポイントの点数を競っていただくことになります。
優勝者の方には「どんな望みでもかなう」という特典がつきます。
惜しくも優勝を逃した方でもゲーム終了時点で所持しているポイント次第ではある程度までの願いがかないますし、様々な賞品をご用意しております。
また、ゲームに参加していただいた方への参加賞として「スキル」がプレゼントされます。
制限時間は一年間となっております。
ポイントを得る方法は様々にあります。
それを探していただくのがゲームの趣旨でもあるのですが、基本的なものを紹介させていただきます。
一つが略奪。
生物のもっとも原始的な生存方法の一つです。
皆様にはバトルの参加の是非にはかかわらず私から「スキル」をプレゼントさせていただきます。
他のプレイヤーの方を撃退するまたは敗北を認めさせることでそのプレイヤーの所持しているポイントのいくらかを奪うことができます。
この行為をバトルと呼びます。
ただしバトルを行うことができるのは一日のうち21時から5時となっております。
ただし、睡眠など意識のないプレイヤーの方へのバトルの挑戦は不可能です。
一つが譲渡。
他のプレイヤーに自身のポイントを任意で譲渡するシステムです。
他にもさまざまな手段がございますので皆さんで是非探してみてください。
また、プレイヤー間ではある種の契約関係を結ぶことができます。
ポイント獲得のための共同戦線を張る「同盟」、バトルの敗者が勝者へ申し込むことのできる「配下」などのシステムです。
バトル等、ポイント獲得に有利に働く場合があるので是非ご活用ください。
最後になりますが、諸注意です。
本プログラムでは皆様のご意志を最大限尊重するため、度を過ぎた対人間の問題、またバトル外、バトルと関係のない敵対行為は認められておりません。また、バトル外でも明らかに悪質と思われる行動は防止させていただく場合がございますのでご注意ください。
それでは紫藤恋様、願わくはあなたが本プログラムでその思いを遂げられますよう。
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以上が私に、おそらくゲーム参加者全員に送られたであろうメールの内容だ。
ゲームの優勝商品である「願いをかなえる」ということが重要なのだ。
バトルのない昼間に街で聞いた話ではこのゲームの参加者達はみんな大なり小なりかなえ難い「願い」というのを持っているそうで。
かくいう私もその一人だけど、とにかく、拉致されても特に不満を言わずにここで生活していっているのは、皆その商品に魅かれているからじゃないだろうか。
とはいってもまぁ、この町に来た初日は戸惑ったものだ。
メールに色々書いてあるけど、送られた時は正直困り果てたよ。
話の内容が現実離れしていて、正直なんなの!って感じだったし。
恐る恐る自分の部屋(?)から出てみれば、そこにはメールの内容そのままの光景が広がっているし。
一見するといつも通学している光景が広がっていた。
普段行かない道やエリアなんて行ったことがないからそもそもメールの内容が本当かわからない。
思いつくままコンビニで地図を購入して、通学しているエリアから外れてみれば、本来10㎞くらい離れているはずの行ったことのないショッピングモールがあったり、駅があったり。
そもそもコンビニにいたのは人間じゃなかった。
ホーソンというコンビニに入ってみれば某有名企業の作った二律歩行ロボットのようなのが徘徊していて、「いらっしゃいませ!」ときたものだ。
そうしたことが重なって、何かのドッキリじゃないということはようやく理解できた。
途方に暮れた私をよそに、この無人都市での生活が始まった。
こちらに一方的にメールを送りつけておいて、ナビゲイターとやらは姿を一向に現さないし、バトルと譲渡以外のポイント獲得の方法とやらも、ゲーム開始から一か月がたとうとしている今でもわからないまま。
このゲームが何かの冗談じゃないというのは理解できていたし、ならばこそ、優勝商品も現実味を帯びている。
私が望んで望んでやまなかったパパとママとの生活を、また、手に入れることができるかもしれない。
バトルという野蛮な響きに少し恐れおののいて初日からは参加しなかったせいで当初は難航したバトルも、ようやく勝手がわかって来た。
私の相棒たるスキル「ヴィクター」は恐らくこの上なく有能だから、経過は上々だ。
で、話を店員さんのことについて戻そうと思う。
「神隠し」が不特定多数の若者の失踪、だとはいっても、それは全国有数の人口を誇るY市の若者の総人口に比べれば微々たるものだ。
普段の知り合いに出会う確率はかなり低い。
私だって、この一か月昼は街をぶらぶら、夜は狩りに勤しんでいたわけだけど、そんな中で知り合いに出会ったことは一度もない。
だから、こんな場面でこんな形で知人と出会うのはとても驚くべき事態だったのだ。
私は無人都市に来る三か月前まではどこにでもいる幸せな女子中学生だった。
企業勤めのパパと専業主婦のママ、三人家族の一人娘として大事に育てられてきた。
趣味はお菓子作りで、身長の伸びが悪いことを気にしている、普通の少女。
そんな私の週末の楽しみは喫茶「ゴールドホーン」に行くこと。
土曜日の昼に会社から帰ってくるパパを、ママと一緒に待ち合わせして、「ゴールドホーン」でお茶をする。
「ゴールドホーン」はケーキ屋さんに併設された喫茶店で、おいしいケーキとおいしい紅茶を楽しめる素敵なお店だ。
お菓子作りが趣味の私の目標は、ここのケーキ、特にショートケーキが好きだった。
店員さん、はその名の通り「ゴールドホーン」で働いている店員のお兄さんで、近くの高校の生徒さんで、店長さんの甥っ子という話だった。
物腰は柔らかく、いつも微笑みを絶やさない人で、感じのいい人だった。
私にとっての幸せな時間の時の知り合い、大切だった日常の一部であった人なので、できれば穏便に済ませたいけど…。
パーカーのフードをめくり、店員さんに向き直る。
店員さんはジーパンにシャツという普段着の格好で、すこしおどおどとした感じだ。
「…こんばんわ、店員さん。」
「こんばんわ、常連さん。…やっぱりウチによく来ていた子ですよね。」
眉毛を八の字にして困った感じの店員さん。
「いきなりだけど、店員さん、今のを見たの?」
きつく睨み付ける。
返答しだいによっては…。
「今の…君が黒いアバターに変身して、ハンターを倒したということなら。君が、最近この界隈で有名な「デッドエンド」だったんですね。」
「…!」
やっぱり、見られている。
正体不明のアバタータイプ。
臆病なハンター達を脅すにはうってつけだったんだけど、しょうがない。
「やっぱりね。ね、店員さん…私、実はこの正体がばれるのを望んでなかったんだよ。だから、口封じ、させて。」
口封じなんかにならない。
バトルで始末しても、次の日には自室のベッドで目覚めるというルール。
せめて、見た者すべてに襲い掛かる、という残虐性だけは見せつけておいた方がいいんじゃないか。
どうせ自分一人のためのバトル。
ならば少しでもこの悪名を広めてやろう。
関わりたくないような、悪名を。
「行こう、ヴィクター。」
どこからともなく表れた黒い煙が私を覆う。
異形と化したこの手を店員さんに向ける。
「それじゃあ、おやすみなさい。」
黒い巨椀を振りかぶり…
「梼征弥。」
ぴたりと手が止まる。
「梼征弥僕の名前。よろしくね、常連さん。明日はショートケーキを用意して、お店で待ってるね。」
まるで動じていないのは正体を知った余裕だろうか。
でも私がいますることはこれしかない。
にっこりとさわやかに笑う店員さん…梼征弥を見下ろしながら、私は腕を振り下ろした。
ぐちゃり。
流石に拳についた血をなめとる仕草はできない。
ため息をついて、私は踵を返した。