デッドエンド
あらもあったり設定もころころ変わるような気がしますが、
よろしくお願いします。
暗い夜道に粗い息遣い。
年は中学生と高校生の境目くらいだろうか。
一人の少年が走っていた。
「ハァ…ハァ…き、聞いていないっ!」
思わず口をついて出た不満の言葉に、少年はハッとなって口をふさぐ。
あの得体のしれない「アレ」から逃げている最中だというのに、無駄にしゃべるのはよくないのではないか。
「アレ」は視界に入ってはいないが、少年の直感が告げていた。
注意してしすぎることはない。
アレは化け物だ。
少年はこの日、日課である「狩り」に参加するはずだった。
少年も含め、Y市の子供たちが集められたこの「ゲーム」。
毎夜行われるその争奪戦で、この少年は中級者であった。
いわゆるニュービー、初心者というわけでもなく、かといって通り名で呼ばれるような上級者でもない。
つらい初心者をようやく抜け出し、「狩り」のノウハウもわかって来た中級者。
簡単に狩られはしないが、そこまで上手に狩ることもできない。
彼らのような中級者には、生き抜く知恵が必要だ。
つまり、自分より確実に弱い相手を仕留めるための作戦が…。
昼間、街で仲間と集めた情報で最近になって「バトル」に参加するニュービーたちの情報を集め、初心者たちの集まりがちな、「狩場」を選ぶ。
スキルの使い方もわからないニュービーたちは、知り合い同士で固まり行動するものだが、その実固まったところで連携をとることなどできない。
圧倒的に経験が足りないからだ。
かつては自分もそうだったものだが、いざ自分が中級者になれば話は別だ。
昔の自分を彷彿とさせるニュービーには悪いが、これも「バトル」のさだめ。
今夜このエリアには右も左もわからぬニュービーたちがいる。
ちょろく狩って、最後に教訓でもやろう、そう彼は思っていた。
(なのに、何だよっ!アイツは、いや、アレは何なんだっ!)
人間離れした巨大な体。
黒く揺らめく不浄な煙でできたかのような筋肉。
ライオンのような鬣に、鬼のような形相。
全身の色は真っ黒。星のない闇夜のような、灯りのない部屋で目を閉じて見えるような、黒。
そこそこ経験を積んだ少年は自分の記憶を総動員してアレは何なんのかを考える。
(タイプとしては…見たことがあるのだと「アバター」タイプ…?)
「ゲーム」に参加する少年少女たちがそれぞれもっている固有の「スキル」。
物を動かしたり、火や電気、水や風を作り出す、超能力のようなものが一般的といわれている。
これをアウタータイプと呼ぶ。自分の外にその効力を発するものだ。
他には力が強くなったり、頭の回転が速くなる、直感が鋭くなる、などといった人間本来の能力をブーストさせるもの。
こちらはインナータイプと呼び、自分自身に作用させることで状況を有利にするものだ。
そして、数自体は多くはないが、まるで変身ヒーローのような姿になったり、コスプレ衣装のようなもの、つまり、現実ではあまり見ないようなコスチュームのようなものを身にまとうものがある。
これをアバタータイプと呼ぶ。ヒーローのような活躍もすれば、コスプレに毛が生えたようなものまである。
アウターやインナーはスキルを使う時でも姿かたちは大して変化しないが、アバタータイプは派手に変化する。
しかし、と少年は考える。アバタータイプというものを何度か見たことはある少年だが、それらはみんな「わかりやすい」恰好であった。
変身ヒーロー、魔法少女、アニメやゲームのキャラクター。そんなのばっかりだ。
それもそのはず、「スキル」というのはゲーム参加者の夢や願望をくみ取ってなるものだ。
心の中のヒーローの形に変身するのがアバタータイプだというのなら、大体がわかりやすくかっこよかったりかわいかったりするものだろう。
少年は特撮ヒーローや漫画は子供のころから大好きで、そういうのに出てきそうなキャラクターは大体把握している。
友人達にも…先程アレに胴体を真っ二つにされた親友にも「いい年をして」と笑われたものだ。
そんな少年にはまるで思い当たらないアバター。
(まるで…暗闇の中から出てきた…悪魔…)
物陰に姿を隠し、息を整えながら少年をぶんぶんと強く首を振る。
友人は大変な目にあったとはいえ、明日の朝にはまた目覚める筈だ。
…ただし、ポイントを失った敗者として。
自分は生き残らなくてはいけない。
友人と誓った、二人の大切な夢のためにも。
そのために、少しは卑怯なこともやったし、なりふりかまいもしなかった。
寝泊まりしているマンションの一室に戻ろうと歩いていたはずだった少年は、知らぬ間に全然知らない方向に歩いていたことに気付いた。
多くの曲がり角を経て、なるべく見つかりにくいルートで帰るつもりだった。
(何をやっているんだ、俺は…)
相棒を失った喪失感は、少年に冷静さを失わせていた。
ニヒルを気取る自分の醜態に少年は苦笑する。
ジャリ…
曲がり角の先から聞こえる地面を踏みしめる音。
漆黒の巨体から発せられる怒気にあふれたオーラ。
「また、二人で一から出直しかぁ…」
スキルを発動させ、少年は絶望に向き合う。
ずるぅ…
血を吹き出し倒れる敵。
黒い影は巨腕についた鮮血を嬉しそうになめるしぐさをする。
私だ。
なんとなくバトル相手に恐怖心をあおるようなしぐさを繰り返しているうちにこんな凶悪犯みたいな行動が癖になってしまった。
今日最後に狩った敵が、光の粒子となって消えていく様を最近この界隈でデッドエンドなどという物騒な名前で呼ばれる少女…つまり私、紫藤恋は見送った。
相棒君が私の腕に貫かれる際、必死で突き飛ばしてかばった、この名も知らぬ男の子。
こいつを追ったせいで少し時間がかかってしまった。
2,3人の食い残しはいるが…もう逃げ切ってしまった後だろう。
「今日はもう、おしまいかな。」
猛々しい巨躯から似合わない声が発せられる。
何とも冗談のような不釣り合いな場面。
これをやって敵になめられても困るので、バトル中に地声を出すような真似を、私はしない。
意識をすれば地獄の底から響くような恐ろしい声を、(このアバターをまとっている時は)出せるので、戦闘中はそっちの声で闘う。
集団戦でリーダー格を一撃のもとに引き裂いた後、嬉しそうに吠えれば効果覿面だ。
180㎝はあろうかという男の子も内またでガクガク震えだす。
でもこの女の子らしい声を聞くようなケダモノは全員ベッドの中だろうから、構いやしない。
何とも涙ぐましい友情劇だったが、彼らは覚えているだろうか。
無人都市で初めてバトルに参加し、スキルの使い方もわからぬ私をだまし討ちしたことを。
初心者の手助けをするふりをしてまんまと私のなけなしのポイントを奪い取っていったことを。
あれから、私は血反吐を吐く思いをしながら獰猛なる彼女のスキル…ヴィクターを飼いならした。
まさか今日の狩りにこいつらが紛れ込んでいたとは知らなかったけど、悪くない気分だ。
「いい気味ね。女の子相手に二人がかりでだまし討ちする屑が、一丁前に友情ごっこなんかしちゃってさ。」
ふふふっ…
期せずして憎たらしい奴を狩った昂りからか、どんなケダモノよりもバケモノらしい姿となった私の口から唸るような笑い声が漏れる。
悪役気分だったからか、思わず出た声は私の声じゃなくてこのアバター「ヴィクター」のおどろおどろしい声。
これは、かわいくない。
これでも中学生の女の子だ。
あんまりかわいくないのも良くないんじゃないか。
もう今晩はバトルもないだろうし、いいだろう。
「お疲れ様、私のヴィクター。」
アバターを解除する。
漆黒の巨体は、黒い粒子となって空気に溶けだしていく。
中から現れるのは私の小柄な体。
ダボダボのダメージジーンズに、これまたダボダボのパーカー。
いかにもガラの悪そうな絵柄と文字が書かれているけど、このクソッタレなバトルに赴くには丁度いい装束だ。
気分が高まり、容赦がなくなる気がする。
とはいってもこんなのを着ているのも、私が女の子だっていうのを隠すようにするため。
せっかくあんな化け物みたいなファイトスタイルを貫いているんだ。
中身がいかにも弱そうな女の子とばれるのはもったいない。
アバター解除を人前でしたことはないけれど、万一誰かに見られちゃった場合、小柄だけど何やら危なそうな…少年、とでも思われれば万々歳なのだ。
ほっそりとした手足はダボダボの服に隠れて、サラサラでまっくろなストレートヘア、ぱっちりとした赤みがかった黒目、そして(運動が嫌いだから)日に焼けたことのなさそうな真っ白な肌をまとめる、自分では結構かわいいのではないかと思う顔立ちはおっきなフードにばっちり隠れている。
不幸にも胸やお尻の発達はイマイチだから…まあ、一見して少女というよりは少年に見えるんじゃないかな。
…一応、昼間はそれなりに女の子らしい服装をしているはずだ。
学校の友達と選んだ可愛らしい服。
とてもじゃないけど、夜このゲームの時に着ようとも思わない服。
パパとママもかわいい、って言ってくれた服。
そうだ。
またパパとママと一緒に暮らすためだ。
頑張らなくっちゃ。
そう思って腕をまっすぐ伸ばし、背中を思いっきりそらして深呼吸する。
夜の冷えた空気がバトルで熱くなった肺に流れ込んでくる。
冷たくて、気持ちいい。
ふぅ、と息を吐き出した瞬間。
かたんっ。
真後ろで、物音がする。
(しまったっ!誰かに見られたっ!?)
初めての事態に思わずそのまま無防備に後ろを振り向く。
(どうするっ!?くそっ、こんな至近距離でばれるなんて想像もしなかったっ!?ヴィクターの時は感覚が研ぎ澄まされているはずっ!なんでっ!?)
(最悪持ち駒にする交渉をするっ!?でもっ!)
動転のあまり、目深にかぶったはずのフードが外れ、顔もあらわになる。
非常にまずい、どうする、どうする、と混乱しながらも、そのまま後ろの敵と向かい合う。
その相手は。
「て、店員さん…。」
「えっ……えーと、今晩は?常連さん。」
人のよさそうな笑みを返してきたのは困ったことに、よく見知った相手だった。
読んでくださりありがとうございました。