女体オークション
悠がダイニングのカーテンを開けると、薄暗かった部屋にまぶしい朝日が差し込んでくる。そのまま冷蔵庫に向かい牛乳を取り出すと、手に持っていたグラスに牛乳を注ぎながらダイニングのテーブル席に着いた。
「悠、今日バイトは?」
キッチンから大人の女性の声がする。おそらく悠の母親だろう。
「昼から。午前中は何もないよ」
悠は運ばれてきたトーストを口にしながら、返事を返す。
「そう? 母さん、今日は少し遅くなるから、昼と夜は適当に食べておいてね」
そういうと、悠の母親はキッチンに戻った。
さくっ、というトーストを口にする音と、食事の支度が終わったのか、キッチンから食器を洗う音が聞こえる。トーストの香ばしさ香りと目玉焼きの焦げた匂いがしそうなものだが、キーホルダーにされてしまったヒナ達には残念ながらそれが感じられない。
『あうぅ……私もごはん……』
悠の朝食風景を、ヒナはうらやましそうに見ながら言う。今にもよだれが見えてきそうだ。
『別にお腹なんてすかないでしょ?』
『でもぉ……』
『でもぉも何も、僕たちは食事なんて摂れないんだから』
『うぅ……』
ヒナはじっと悠の食事姿を見続ける。ヒナとタクのやりとりを気にせず、悠は黙々と朝食を摂り続けている。
『でもさ、悠たんって、私たちの声、聞こえてるんだよね。よく平気で食べていられるよねぇ』
『まあ、悠も長いことこの生活をしているからね。キーホルダー相手に話してたら不審に思われるでしょ』
しゃべらない物に対して独り言のように何か話しかけていたら、事情を知らない者には当然おかしいように思われるだろう。
『まあ、今の会話もマスターにはきちんと聞こえているはずだよ』
『そういう風に見えないけどなぁ』
『試してみる?』
テーブルでは、悠が目玉焼きを食べ終え、トーストの最後の一切れを口にしようとしているところだった。そこを狙ったかのように、タクはぼそりと呟く。
『爆乳戦士』
その瞬間、悠はげほげほとせき込み出した。トーストが喉につまりかけたのか、慌てて牛乳で流し込もうとする。そこに追い討ちをかけるように、タクはもう一言呟く。
『乳魔道士』
悠は飲みかけた牛乳を吹き出しそうになった。しかし、すんでのところでなんとか止まった。
口に入ったものを何とか飲み込み、悠ははぁはぁと息を整える。
「悠、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもないよ」
悠の異変に気が付いたのか、悠の母親が顔を覗かせた。特に何もないことを確認すると、不思議な顔をしながら再びキッチンに戻った。
『タクたん、さっきの何?』
謎の発言に驚いたヒナは、タクに尋ねる。
『特に意味はないよ。まあ、これで一応、マスターには僕たちの声が聞こえているってわかったかな』
『う、うん。悠たん、こっちにらんでるし』
ふとタクが上を見ると、悠がタクをにらみつけていた。
「タク、後で覚えていろよ」
悠はそう呟いていたように見えたが、タクは
『ははは、僕は忘れっぽいからねぇ』
と呟き返した。
朝食を終えると、悠はかばんを持って再び自分の部屋に戻った。途中、『なんでわざわざ荷物持って降りたの?』とヒナからつっこみが入ったが、『きっと何か事情があるのさ』とタクに流された。
かばんを机の近くに放り投げると、悠はベッドに腰掛ける。
「おい、人の食事中に変なことをいうな」
ムスッとした顔で、悠はトーンの低い声でタクに言う。
『ヒナがなんか疑問を持ってたみたいだからね。それよりもマスター、もうすぐオークションの終了時間じゃない?』
タクがオークションのことをいうと、急に悠の顔つきが変わった。
「おお、そうだ、女体オークション!」
慌てて悠はパソコンを開き、電源を入れた。
『女体オークションって、なんだかいやだなぁ』
ヒナが呟く間にも、ジジッというパソコンの起動音が鳴り響く。起動する時間が惜しいのか、悠に落ち着きがない。
『あぁ、私はとうとう売られてしまうのね』
ヒナが不安そうな声で呟く。
『それはどうかな。まあ、結果を見ればわかるさ』
パソコンの起動が完了すると、すばやいマウス操作と、カタカタというキーボードの音が鳴り響く。そして、オークションのページを開いたのか、マウスの操作が止まった。しばらくすると、悠の叫び声が部屋中に響いた。
「よし、落札者一人!」
オークションの結果を見て、思わず悠はガッツポーズをする。同時に、部屋内に謎のうめき声が聞こえ始めた。
『終わった……私の人生終わった……』
なにやらヒナがぶつぶつと呟いているようだが、悠の耳には届いていない。
「え、な、まさか……」
ヒナがぶつぶつ言っている先で、悠の先ほどまでルンルン顔がガクガクと震え始める。
「くそっ、行くぞ、タク、女体!」
『だから女体って何よ!』
ヒナの声が届いていないのか、悠はそれを無視して簡単に着替えを済ませると、カバンを持って部屋を出た。