廃工場バトル1
目の前に現れたのは、悠よりも背が高い、身長百八十センチほどの大柄な男だった。見た目は細身で筋肉があまりついていないように見え、そこまで強そうではない。
『マスター、相手は喧嘩慣れしてるらしいから、気を付けてね』
「うっ……まぁ、ヤバい組織なら、喧嘩くらいしていそうだからな」
タクの言葉にひるんだのか、悠は一歩後ずさる。
「なんだ、侵入者って言うから、どこかの組の奴らかと思ったら、ガキ二匹かよ」
男は指を組んでポキポキと言わせ、徐々に近づいて来る。
「なるほど、かなり手馴れているようね」
そう言いながらも、氷点はこっそりとてのひらにエネルギーを溜め始める。それを見て、悠も慌てててのひらにエネルギーを集中させた。
「さてと……どっちからやるかな」
そう言って悠と氷点を交互に見ると、男は目標を定めたかのように悠をめがけて突っ込んでいく。
「まずは男の方からだ!」
男の右こぶしが悠の頭に襲い掛かる。しかし、悠は動く気配がない。
『香辛料を新しく買い替えるだって? なら更新料を払うこったな!』
サクが叫ぶと、部屋の中なのに猛烈な吹雪が吹き荒れ、男を吹き飛ばす。男は横からの風に対応できず、壁へと激突した。
「ぐっ……妙な技を使いやがる」
しかし、対して効いていないのか、男はすぐに立ち上がった。
「あら、あなたもキーマスターでしょ? まあ、どちらにしろ容赦はしないけれど」
氷点は男が起き上るのを見て、右手に溜めたエネルギーを放つ。エネルギーは男に近づくにつれて、氷の塊となっていく。
男はそれに気が付き、左手で氷の塊を防ぐ。はじかれた氷の塊は、地面で砕けて消え去った。すぐさま、男は氷点に向かって走っていく。
「よそ見をしてるとやけどするぜ? 炎の弾丸!」
悠が厨二ネームの技を叫ぶと、男の横から複数の火の弾が、さながらマシンガンのように襲ってきた。男はそれをまともに受けながらも、なお氷点に襲い掛かろうとする。
「げっ、効いてないのかよ!」
「はぁ、まったくこれだから」
男のパンチが氷点の腹めがけて飛んでくる。氷点はすぐさま右てのひらを前に差し出し、溜めていたエネルギーで氷の盾を創り出す。
間一髪、男のパンチは氷点の腹にたどり着く前に、氷の盾に遮られた。しかし、男のパンチの勢いは強く、氷点は氷の盾ごと吹き飛ばされる。何とか両足で踏ん張り、壁にぶつからず済んだ。
「くぅっ、細いのになんて馬鹿力なのよ!」
『接近戦じゃあ、分が悪いねぇ』
「もともと接近戦なんてする気無いわよ!」
氷点はイラつきながら、サクのキーホルダーをバシッと叩く。
『あいたっ! いや痛くないけど、とりあえず悠と協力しなきゃ、倒すのは難しそうだぜ?』
「言われなくてもわかってるわよ」
氷点は再度、右手に集中してエネルギーを溜めていく。悠も、相手の動きを見ながら次の攻撃の機会をうかがっていた。
「ふん、ガキ二匹風情が、ちょっと妙な技使えるからって、調子乗ってるんじゃねぇよ!」
男はそう言うと、氷点の方をにらみながら、突然悠に向かって走っていった。
「え、お、俺かよ!」
驚いた悠は、とっさに右手を出し、溜めていたエネルギーを放とうとする。
「え、えっと、ば、バーニング……ぐはっ」
しかし、悠が厨二必殺技名を叫ぼうとする間に、男の拳は悠の腹をとらえる。そのまま悠は、隣の部屋の扉まで吹き飛ばされた。
『ゆ、悠たん、大丈夫?』
『うん、とても大丈夫そうじゃないけど、マスター、しっかりして!』
ヒナとタクが悠に声を掛けるが、悠はまともに扉にぶつかったのか動かない。
「ったく、油断してるからよ! 食らいなさい! 氷丸弾!」
男の背中めがけ、氷点は右手に溜めたエネルギーを氷の塊に変え、投げつける。しかし、男もそれに気が付き、すぐさま振り向きざまに氷の塊を左腕で振り払った。
「も、もう、何なのよ、この男は! 何で私の攻撃が効かないのよ!」
氷点はエネルギーを溜めることなく、後ずさりをする。
「どうした? もう終わりか?」
男は徐々に氷点の方へ近づいていく。氷点は何とか対抗策を考えるも、なかなかよい考えが思い浮かばない。
『うーん、こりゃマズイねぇ。もう少し隙があれば、エネルギーを溜めて攻撃できるんだが……』
「んなこと言ったって、役立たずの悠があれじゃあどうにもなんないわよ! それに、うまく攻撃したところで、ちまちまやってたんじゃあラチがあかないし」
『おっと、こりゃ打つ手なしってことかい?』
サクと言い争う間にも、男はじりじりと氷点に近づいて行く。氷点はなんとか間を取ろうとするが、ついに旧事務所の扉にぶつかってしまった。扉を開けようとするも、うまく手が回せない。
「……一か八か、殴りかかってみようかしら?」
『やってもいいが、相手が悪いな。体格差が随分あるし』
「やっぱりダメ、か」
氷点は全身から力が抜けていくのを感じた。




