静寂の工場2
通路からはいくつかの部屋が見える。扉が壊れて動かなかったり、逆に外れて部屋の中が丸見えになっていたりしており、まともに機能するところはなさそうだ。
部屋はほとんど物置か作業場で、古い機械が放置されている部屋もある。何を作っていた工場なのかは、よく分からない。
「これだけ部屋があれば、隠れる場所に困ることはなさそうね」
『逆に言うと、どこに誰が隠れているか、わからないけどね』
氷点がつぶやくと、タクが小声で返す。
「それもそうね。悠、出来るだけ音は出さないようにしなさいよ」
「わ、わかってるよ!」
そう言いつつ、悠はさっそくガンッ、と目の前の柱にぶつかった。通路に大きな音が響く。氷点は慌てて近くの部屋に悠を引き連れて隠れた。
「……言ってるそばからこれじゃぁねぇ」
「すまん、油断していた」
「これだからフランクビッツは……」
ため息をつきながら、氷点は周囲をうかがう。誰もいないことを確認すると、そっと通路を歩いて進んだ。
工場内は、不気味なまでにしんと静まり返っている。できるだけ足音を立てないように、慎重に進んでいくと、通路を曲がったところの突き当りに部屋の扉が見えた。
「えっと、確かあの案内図ではあそこが事務所になるわね」
扉を指さし、氷点が小さくつぶやく。
「そのようだな。しかし、ここまで誰とも会わなかった、ってことは、あそこに相手が二人ともいるってことか?」
「他の部屋にいる……ってことも考えられるわよ。タク、事務所の中に誰かいるか、聞いてないの?」
『あ……聞いておけばよかったね。そこまで気が回らなかったなぁ』
「……何のためにあっちとコンタクトを取りに行ったんだか」
氷点がやれやれ、とあきれていると、タクが突然「あれ?」と声を上げた。
『そういえば、ここに来る前にはユキの声が聞こえていたのに、今全然聞こえないよね』
『あ、そういえば。ユキたん、おしゃべりやめちゃったのかな?』
タクの言葉に、氷点も「そういえば」と首を傾げた。
「私たちがいることを知って、小声でしゃべり始めたのかしら? むしろ大声で話してくれた方が、居場所がわかりやすくて良いのだけれど」
『うーん、どうしてかな。戻ってから何も話さないんじゃあ、ジュジュちゃんに不審がられると思うんだけど……』
「何か理由があるのかしら……」
タクと氷点が考える中、ヒナが「じゃあさ」と声を出した。
『ユキたんに、今どこにいるか教えてもらおうよ。おーい、ユキたーん』
ヒナが大声で叫び始めると、慌てて悠がヒナのキーホルダーを押さえつける。しかし、キーホルダー状態ではまったく意味が無い。
『ちょ、ヒナちゃん、何で大声で叫ぶのさ! 向こうにばれちゃうよ!』
『え、だって私たちの声って、ユキちゃんにしか聞こえないんじゃなかったっけ?』
『だから、俺らの声は、向こうのキーマスターにも聞こえるんだって!』
『あ、そうだった』
ヒナは悪びれた様子もなく『てへっ』と小声でつぶやく。同時に、突き当りの部屋からバン、と音がした。
「やばい、見つかっちゃう。早く逃げないと」
氷点は悠の手をつかみ、来た道を戻る。
『マスター、さっきの声は侵入者のキーホルダーです。声のした方を追ってください』
逃げる途中、誰かの声が氷点たちの耳に届いた。
「え、い、今の声って、もしかして、向こうのキーホルダー!?」
「おいタク、どうなってるんだ! 向こうのキーホルダーは、こっちの味方じゃないのかよ!」
『どうって、おかしいなぁ、ユキはこっちのことについては黙っていてくれるはずなんだけど……』
「やっぱり、相手のキーホルダーなんて信用するんじゃなかったぜ、ちくしょう」
悠はタクのキーホルダーをバシバシ叩きながら、走り続ける。
『マスター、多分侵入者は向こうの出入口しか知らないと思うから、そっちに向かって』
向こうのキーホルダー、ユキの声は、こちらの動きを的確に追うように、誰かに指示を送り続ける。
「何でこっちの動きが分かってるんだよ! こうなったら一旦建物の外に出て……」
『あ、出入口の鍵は、こっちで掛けてもらったから、もう逃げられないよ』
ユキの声を聞き、入ってきた出入口の前で悠と氷点は立ち止まる。念のため、きっちり閉ざされている扉を開けてみようとするが、やはり鍵が掛かっている。
「ちょ、裏切るどころか、閉じ込められるとか聞いてないぞ!」
「裏切るなら、普通教えないんじゃないかしら?」
無理やり扉を開けようとする悠と、立ち止まって様子をうかがう氷点。その後ろを、ついに足音が近くまでやってきた。
「……来たわね。仕方ない、戦うしかないようね」
「うへぇ、マジかよ……」
悠は扉を開けるのを諦め、足音の主に向かった。




