静寂の工場1
「タクたち遅いな、何やってるんだ?」
悠と氷点は、工場の入り口でタクたちが戻るのを待っていた。工場らしく、重々しい鉄の引き戸が、目の前に立ちはだかる。
「何かあったら、すぐに戻ってくるでしょう。まだ交渉に時間がかかっているようね」
「ってことは、もしかしたらあっちのキーホルダーも、俺らと敵対するかもしれないってことか?」
「そうね、むしろそっちの方が、確率が高いかしら」
「やっぱりマズイんじゃね? こっちのことがばれたら、ジュジュちゃんが殺されるんじゃねぇの?」
「あら、なんだかんだ言って、ジュジュちゃんのことが心配なのね。もっとも、こちらも動きが無いから、すぐには手をかけないとは思うけれど……」
そこまで言って、氷点はふう、と息をついた。
「……最悪の事態は、想定しておくべき?」
「ここまで来たからには、そうならないことを祈りましょう。とにもかくにも、タクたちが帰ってくるまで、私たちは動かない方がよさそうね」
「うぅん、なんかもどかしいな、やるならばーっと突っ込んでいきたいんだけどな。それで中にいるゾンビたちを、バシュバシュ倒して……」
「悠、あなたはゲームのやりすぎよ。ここにゾンビがいるわけないじゃない。そのうち野生のクマに出くわして命を落とすわよ」
「何で俺がクマに出会うんだよ!」
悠が大声を出しそうになった時、氷点は「しっ、静かに」と指を口に当てる。中から音がしたような気がしたが、気のせいのようだ。
「とにかく、タクたちが帰ったら状況を確認して……」
『僕たちなら、もう戻ってるよ』
氷点が言いかけた時、悠のカバンからタクの声が聞こえた。
「あらタク、お帰り。で、状況はどうなの?」
『とりあえず、向こうのキーホルダーは味方になってくれるみたい。それで、中には二人、ナカダ組の人間がいるみたい』
「やっぱりナカダ組の仕業なのね。まったく、卑怯ったらありゃしないわ」
氷点は「やれやれ」と言いながら。ため息をついた。
『それから、もう一人、今食料の買い出しに出ている奴がいるらしい。戻ってくる前に何とかしないと、面倒なことになるよ』
タクの話を聞き、悠と氷点に緊張が走る。
「なるほど、氷点、迷っている時間はなさそうだな」
「ええ、そうね。とりあえず、中に入るわよ」
悠と氷点は、ゆっくりと工場の扉を開けた。
重厚な外観とは裏腹に、扉は軽く、大きな音も立たずにゆっくりと開く。氷点がそっと中を覗くと、廊下の右側に事務所のような小さな部屋、奥には作業場と思われる広い部屋が見えた。
『ユキ……向こうのキーホルダーの話によると、ジュジュちゃんは事務所みたいなところにいるらしいよ』
タクの話を聞き、小さな部屋を覗いてみる。中は薄暗く、外の光でかろうじて様子がうかがえる程度だ。窓ごしから見た限り、人影は見当たらない。懐中電灯で照らすと、錆びた事務机と棚があるだけだった。
「どうやらここではなさそうね。もう少しこの辺を調べてみましょう」
そう言って、周りを懐中電灯で照らしていく。すると、工場の見取り図のような物が壁に書かれていた。奥の広い作業室には、いくつか小さな別の作業室や倉庫がつながっているようだ。しかし、事務所のような場所は見つからない。代わりに、入口にあった部屋の反対の通路から、奥の休憩室に行けるようだ。
「きっとここね。他に事務所みたいなところはなさそうだし」
「よし、じゃあさっさと行くか」
「え、ちょ、ちょっと、待ちなさいよ」
走って向かおうとする悠の襟を、氷点がつかんで止める。
「ここにはナカダ組の奴がいるってこと、忘れないでよね」
『ちなみに下っ端だけど、腕っぷしはいいみたいだよ。マスターくらいだとすぐやられるだろうね』
『タクたん、喧嘩弱そうだもんね』
タクに続いて、ヒナも悠に向かって言う。
「なっ、俺だってキーホルダーの力を使えば、喧嘩くらい……」
「相手もキーマスターよ。能力もわからないのに、真っ向勝負するのは得策ではないわ。戦うなら、せめて隙をみて攻撃するくらいはしないと」
「俺はそんな卑怯なことはしねえ! 正々堂々と戦ってやるわ!」
「……そんなかっこつけてると、すぐに死ぬわよ?」
小声ながらも、密閉された空間ではよく響いているような気がする。氷点は「さっきの声で見つかっていなければいいけれど」と、廊下に続く扉を手にした。
「とにかく、ここから先、いつ相手と対面するかわからないから、あんまりはしゃがないことね。誰かいたら、すぐに隠れること。幸い、隠れれそうな部屋は沢山あるし」
氷点はそう言って、扉を開いて先に進んだ。




