予知夢と真実
「本当に、そういう夢を見たの?」
タクは息を切らしているヒナに向かって尋ねる。
「本当だよ。多分さらわれたのはジュジュたんで、声を掛けてたのはエミたんだよ」
ヒナは大声で訴えた。ちょうど、吹く風がヒナの髪をなでる。しかしヒナにもタクにも、その風の感触は伝わらない。
ここはキー・フィールド。キーホルダーにされた人間が、唯一イメージの実態として現れ、コミュニケーションが取れる場所だ。
ヒナは起きて早々、タクをキー・フィールドに呼び出した。そして、小さい女の子が車に乗せられる夢をみたということを、タクに説明していたのだ。
「でも、ヒナがそういう夢を見たっていうことは、それが実際に起こるっていうことだよね」
「うん、だから早く悠たんに言わないと!」
「でも、マスターまだ寝てるからなぁ……」
「えぇ、ど、どうしよう」
「とりあえず、マスターが起きるまで待っておこう。今日は日曜日だし、起きるの遅いと思うけど」
「あうぅ、悠たん、早く起きないかなぁ」
ヒナは困り果てた顔をして、空を見上げた。そこには何もなく、ただただ青い空が広がるばかりだ。
「まあまあ、そんなことを気にしていても仕方ないでしょ。とりあえず、トランプでもして時間を潰す?」
そう言うと、タクは左手を前に出し、その手のひらにイメージでできたトランプを出した。
「うーん、そうだねぇ……じゃあ、もう少し寝てみる!」
「え、ちょ、ちょっと、ヒナ?」
タクが止めようとすると、ヒナはキー・フィールドから姿を消した。
「もう少し寝るって、夢の続きでも見る気なのかな……」
うーん、と少しだけ考えたが、特にヒナが何を考えているのか思いつかない。
「とにかく、ヒナの夢はマスターと、それから氷点たちにも教える必要がありそうだね。もしヒナの能力が予知夢だとしたら……」
独り言をつぶやくと、タクもキー・フィールドから姿を消した。
持ち主を失ったトランプが、風に揺られて波打つ草の上に落ちる。そして、さほど時間が経たず、トランプも消滅した。残された草たちだけが、風になびいた。
結局悠が起きたのは午前十時頃だった。起きた後、ヒナはすぐに悠に話しかけたものの、「ちょっと後にしてくれ」と言われ、部屋から出ていった。悠が部屋に戻ってきたのは約一時間後で、そのあと即座に机のパソコンに向かってしまった。
『ねえねえ悠たん、ちゃんと聞いてる?』
ヒナは昨夜見た夢を説明しようとするが、悠はキーボードを叩くのに忙しそうだ。
「ちゃんと聞いてるって。で、それがどうしたっていうんだ?」
『だから、ジュジュたんが連れ去らわれる前に、早く教えてあげないと!』
「教えるって、誰にどうやってさ?」
『え?』
ヒナが驚いていると、悠は回転式の椅子を回してヒナたちキーホルダーがぶら下がっているカバンに体を向けた。
「そもそも、あのガキたちのことは俺にとってどうでもいいの。それに連絡手段知らないし、女体の能力はキーマスター同士の対戦に関するものしか役に立たないんだよ」
そう言うと、悠は再びパソコンに体を向け、カタカタと忙しそうにキーボードを叩いた。
『え、わ、私の能力って、悠たんと氷点たんのバトルの時にしか役にたたないの?』
『多分、それはマスターにとって、だと思うけど』
慌てるヒナをタクがフォローすると、ヒナは『そ、そうなの?』と不安げに返した。
『でもさ、マスター。もしヒナの見た夢が予知夢なら、一応確認しておいた方がいいんじゃないの? もし実際にジュジュちゃんが誘拐されたとなれば、ヒナの力が本物だってわかるし』
タクの言葉を聞き、悠の手が止まる。そして、「なるほど」とつぶやくと、また体をカバンの方に向けた。
「なら、あの幼女が誘拐されたと連絡があれば、女体の能力は本物と証明されるわけだな。よし、俺たちはその時が来るまでこの場所で英気を養うのだ」
『え、ちょ、ちょっと、それじゃ手遅れじゃない!? ジュジュたんが連れ去らわれる前に止めないと! あとレディに女体やら幼女やら失礼でしょ!』
「女体は女体で、幼女は幼女だろう。さっきも言ったように、別に俺はあのガキどもには興味がないの。ったく、こんなことで外に出るのは面倒だと何度も……」
悠が言いかけた時、携帯電話から着信音が鳴った。
「ったく何だよ、こんな時に」
悠はいらだちながら、携帯電話を手にし、相手を確認した。
「なんだ、氷点か。こんな朝早く何の用だよ」
ぶつぶつ言いながら、悠は通話ボタンを押す。
「氷点、こんな朝早くから何の用だよ」
『あら、別にそんなに早くないわよ? それとも、そちらはまだ夜が明けてないのかしら?』
「太陽ぐらい昇ってるわ! 俺にとっては早い時間なの!」
『あら、そう。でも、一般の人にとっては……というか、いくら大学生でも、この時間はそんなに早くはないわよ?』
時計を見ると、午前十時を過ぎている。どちらかというと、遅い時間に当たるだろう。
「ふん、まあいいや。で、何の用だ?」
『そうそう、悠の変な戯言になんて付き合っている暇はなかったわ。大変なことが起こったのよ』
「大変なこと?」
悠の言葉に、思わずヒナとタクも耳を向ける。
『さっきオギさんから連絡があって、ジュジュちゃんが誘拐されたらしいの』
「え、誘拐?」
悠の「誘拐」という言葉に、ヒナとタクは『まさか』と声を合わせて叫んだ。
『ええ。ジュジュちゃんは家の目の前の公園で遊んでいたらしいけれど、エミちゃんがおやつの時間だと呼びに行ったら、公園にはいなかったそうなの。それで、近くに止まっていた黒い車を見たら、なんと中にジュジュちゃんがいたそうよ』
「なるほど、犯人はロリコンだったというわけか」
『話をちゃんと聞きなさい、このロリコンビッツが!』
「俺はロリコンじゃねーよ!」
部屋中に悠の怒声が響き渡る。ヒナはそれを聞いて『ひぃっ』とひるんだ。
「で、俺に何をしろと?」
『その車は走り去ったけれど、エミちゃんがナンバーを覚えていて、オギさんに連絡したそうよ。それで、最近会った私たちに、ジュジュちゃんを助ける手伝いをお願いしたってわけ』
「はぁ? 何で俺が、一度しか会ったことない奴の手助けしなきゃなんないんだよ」
悠はイラついてきたのか、左手の人差し指でコツコツと机をたたき続ける。
『何言ってるのよ。小さい女の子が誘拐されたのよ? 放っておけるわけないでしょ?』
「そんなに助けたけりゃ氷点一人で行けばいいじゃないか。俺は今忙しいの」
『忙しいって言っても、どうせゲームかネット三昧でしょ? そんなことやってる暇があるなら、人助けでもした方が有益だと思うけれど?』
「うるさいな。とにかくやるなら一人で行ってくれ」
そう言って電話を切ろうと耳を離すと、
『ふぅん、本当にいいのかしら?』
と、受話器から氷点のいやらしい声が聞こえてきた。
「はぁ? どういう意味だよ?」
『いやね、もしジュジュちゃんを助けることができたら、きっとお礼に沢山お菓子を貰えるわね。そしたら、私一人で食べようかしら』
「別に俺はお菓子じゃ釣られないぜ?」
『あら、忘れたの? あそこはキーホルダーメーカーよ? もしかしたら、珍しいキーホルダーをくれるかもしれないわ。そしたら、私の戦力が一方的に上がるわね。もう悠なんて相手じゃなくなるんじゃないかしら?』
「ぐっ……」
氷点の言葉に、悠は声が詰まる。
「……わかったわかった、俺も行くから。で、駅に集まればいいのか?」
『ええ、そうね。その方がいいでしょ」
その後しばらく集合時間や持ち物などについて話し、悠は電話を切った。




