エミとジュジュ
店から出ると、昼前の日差しに温められた生ぬるい風が吹き込んできた。
住宅街の中なので日陰が多いものの、日が高くなると徐々に太陽のまぶしさが本領を発揮してくる。
熱せられたコンクリートの匂いに包まれ、ぬるい風を受ける。路地裏特有のものなのか、湿った空気が、肌にまとわりつくのが気持ち悪い。
「それにしても、ナカダ組って、一体何なのかしらね」
氷点は交差点に差し掛かったあたりで立ち止まり、腕を組んで考え始める。
「まあ、俺らには関係ないことだし、考えててもしょうがないんじゃね?」
「たしかにそうだけれど、気になるじゃない?」
「俺は別にそうでもないけど」
「はぁ、そう……」
氷点は駅の方へ向かって歩いて行く。しかし、「ナカダ組」のことが気になり立ち止まった。
「やっぱり気になるわね。一度戻ってみましょう」
悠が歩いて駅に向かうのも構わず、氷点は振り返って山串製作所へと向かった。
「え、ちょ、ちょっと待てよ」
「悠は付いてこなくてもいいわよ。私だけで」
「いや、え、あーくそっ!」
結局悠も、氷点の後を追った。
喫茶店から山串製作所はさほど離れていない。少し歩くと、すぐに最初に入った山串製作所の入り口が見えた。二人とも入口の前で立ち止まると、そこから建物上部を見渡す。
「……静かね。まだ中で何か話し合いでもしてるのかしら」
「大方、借金の返済のことで揉めてるんじゃないのか?」
「悠、ナカダ組って言っても、ヤクザや暴力団とは限らないわよ。建築会社の人かもしれないし、他の会社の人かもしれないじゃない」
「だったら何で俺らと顔を合わせたがらないのさ? やっぱりヤバい連中なんじゃね?」
「そんなこと言われてもねぇ……」
二人で言い合っていると、悠は何かが当たるのを感じた。足元を見ると、一つのボールが転がっている。
「……?」
悠はそれを手に取ると、何だろうと回しながら見た。どうやら、ゴムボールにサッカーボールの柄が描かれているもののようだ。
「あ、お兄ちゃん、それ私の」
声がした方を振り向くと、フリルのスカートを穿いた、肩にかかるほどのストレートヘアをした背の小さい子の方がこちらにやってきた。
「ん、君の?」
悠の目の前までやってきたところで、悠はボールをその子に返した。
「あ、ありがとうー!」
少女はボールを受け取ると、ニコニコしたまま悠の方を見続けた。
「あれ、あなたたち、さっきうちに来てた人たちですよね? ナカダ組の人じゃなかったんですか?」
先ほどの少女とは別の声が、公園から聞こえてくる。今度は、ロングヘアが美しい、薄青色のワンピースを着た少女がこちらに来ながら尋ねた。
「うち? ナカダ組? ってことは、君たちはイワリンさんの娘さん?」
「ええ」
背の高い方の少女が答えた。
「私は岩本映見。十二歳で小学六年生。こっちの小さいほうが岩本樹里。九歳で小学三年生よ」
「ジュジュって呼んでね!」
小学生に見えるのは体格くらいで、見た目も話し方も大人っぽいエミはそういうと、悠と氷点のもとに近寄ってきた。
「それにしても、うちにお客さんっていったら、ナカダ組の人か取引先の会社の人くらいしかいないのだけれど、あなたたちは違うみたいね。うちの会社で作ったキーホルダーに不良品でもあったのかしら」
『えっとねエミたん、私たちは、私みたいなキーホルダーになった人がもとに戻る方法を探してるの!』
悠や氷点が言い始める前に、間髪入れずにヒナが話し始めた。思わず悠と氷点は、ヒナのキーホルダーを見てしまう。
その様子を見てエミは特に何も思わなかったようだが、ジュジュが悠のかばんに駆け寄り、ヒナを手に取った。
「わー、このキーホルダー、しゃべるんだー!」
『え、ちょ、ちょっと、ジュジュたん、やめて、酔う! 酔っちゃう!』
ヒナが言うのも構わず、ジュジュはヒナを手のひらで遊ぶ。その様子を見て、エミは目を丸くして驚いた。
「え、あ、あなたたち、喋るキーホルダー持ってるの?」
目の前の公園から吹き込む風が、エミの髪を揺らした。
「ええ、私たちは、喋るキーホルダーの特性についてイワリンさん、あなたのお父さんに聞きにきたの。あ、私は氷田零。氷点って呼んでくれればいいわ。で、こっちの間抜けな男が風見川悠。ゴールデン変態おっさんとでも呼んであげて」
「誰がゴールデン変態だ、この露出狂スペシャルが!」
「ちょっと、ちっちゃい子の前であんたの性癖晒すのはやめてくれないかしら」
言い争う大人二人を目にして、エミは戸惑いながらもなんとか話す隙を伺う。
「えっと、とりあえず、その喋るキーホルダーの話、聞かせてもらえないかしら。本来は父に話すべきなのでしょうけど、ちょっと今はごたごたでなかなか話ができないと思うから」
「えー、ジュジュ、ヒナちゃんとこのお兄ちゃんとあそぶー!」
エミが案内しようとしたとき、ジュジュがヒナと、ついでにタクを握ってひっぱりまわしながら言った。
「ダメよ、ジュジュ。お兄さんたちは、今から私とお話があるんだから」
「えー、やだー、遊ぶー!」
ジュジュが悠のキーホルダーを引っ張りながら駄々をこねていると、氷点が「よしよし」とジュジュの頭をなでながら言った。
「……悠、あんたはジュジュちゃんと遊んでらっしゃい」
「え、でもキーホルダーの話なら俺も」
「どうせ同じこと話すんだから、二人いてもしょうがないでしょ。それに、悠が話すとややこしくなるから」
「何だよそれ、俺だって説明くらいは……」
悠と氷点が話していると、ジュジュが悠の手を引っ張った。
「わーい、お兄ちゃん、こっちであそぼうよ!」
「え、ちょ、ちょっと!」
意外とある幼女の腕力に引っ張られながら、悠は公園の砂場へと吸い込まれた。




