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キーホルダー戦記タクヒナ!  作者: フィーカス
山串製作所の秘密
27/45

キーホルダーと喫茶店

 来た時とは別の階段を降りると、同じく来た時とは別の入り口に案内された。

「靴は、こちらに準備しておりますので」

 狭い入口には、悠と氷点の靴がきれいに並べられている。オギが向こうの玄関から持ってきたようだ。

「入った時とは違うところのようだけれど?」

「はい。こちらは緊急用の勝手口となっております。お客様同士で鉢合わせしたくない場合もございましょうから」

「は、はぁ……そんなにお客さんが来るほど忙しいのかしら」

「お客様、と言っても大半が先ほど来られたナカダ組の方がほとんどですが」

「ふぅん、そうなの。しかし一体何なのよ、ナカダ組って」

 不機嫌そうに氷点がオギに尋ねる。しかしオギは首を振って答える様子が無い。

「それはまた、お時間がある時にでも。この埋め合わせはまた後日いたしますので、今日のところは、どうか」

 そう言ってオギは一礼すると、そのまま何事もなかったように階段を上っていった。


「一体何なのかしらねぇ、悠?」

「さあな。とりあえず、飯でも行くか」

「……すこしは何か気になるとかないのかしら?」

「別に、気にしたってどうしようもないだろ。帰れって言われたら帰るしかないし」

「まあ、それもそうだけど……」

 氷点は何か腑に落ちないといった表情で、自分の靴に履きかえる。

「どうせ、今俺らにできることなんて何もないだろ。さっさと飯でも食って帰ろうぜ」

「あら、悠がおごってくれるなんて珍しいわね。二人きりっていうのが癪だけど、我慢してあげるわ」

「誰がおごりと言ったか!」

 氷点が入り口のドアを開くと、やけに涼しい風が二人を出迎えた。続いて太陽の光、そして目の前には、見覚えのある住宅街が広がる。

「へぇ、こんなところに出るのね」

 氷点が出るのを見て、悠も慌てて靴を履き替えた。玄関の先は、来た時とは別の住宅街が広がる。

 建物沿いに歩いて行くと、来る時に見た公園が見えた。

「さっきの公園ね。ここら辺の地理は良く分からないから、とりあえず大通りに出ましょうか」

 そう言うと、氷点は来た道を戻っていった。


 悠と氷点が大通りの方へ向かっていると、少し外れたところにある、一軒の喫茶店が目に留まった。メニューの書かれたブラックボードと、おしゃれな木造の階段のある入り口が印象的な店だ。

「ここでいいんじゃないかしら。大通りに行けばいっぱいお店あるだろうけど、探すの面倒でしょ」

「そうだな。俺らには似合いそうにないけどな」

 周囲に様々な花が植えられている木造の建物は、おしゃれな喫茶店といった雰囲気を醸し出す。

「こういうところには、もっと私にふさわしい殿方と行きたいところなんだけど、今日はあんたのおごりだし、あんたで我慢してあげるわ」

「だから何で俺のおごりなんだよ。俺だって別に氷点となんか入りたくねーよ!」

「はいはい、どうでもいいから行くわよ」

 そういうと、氷点は店の入り口に向かった。悠もその後を追って店に向かう。


 入り口のドアを開けると、チリンという呼び鈴が鳴り響く。同時に、店内の冷たい風が、火照った肌を優しくなでた。

「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」

 エプロン姿の女性店員が、悠に人数を尋ねた。

『えっと、悠たんと氷点たん、私にタクたんにサクたんだから五人だね』

「五人で」

 ヒナにつられて悠が店員に告げると、女性店員は後ろを見ながら困った顔をした。

「あ、ごめんなさい、二人よ。この人、見えないものが見えるみたいなんで、気にしないで」

「は、はぁ。では二名様ですね。こちらへどうぞ」

 氷点が訂正すると、女性店員は苦笑いしながら二人席へ案内した。


「まったく、お店の中で不思議ちゃんアピールしてどうするのよ」

 木で作られた椅子に悠の向かい側に座った氷点は、メニューを眺めながらぼやいた。

「ヒナが勝手に変なこと言うからだろ」

 テーブルに置かれた水を飲みながら、悠は氷点に言い返す。

『ねえ、キーホルダーに人権はないの? ねえ、人権はないの?』

『ヒナ、キーホルダーを人数に入れる喫茶店なんてないよ』

 一方で、何故か人数に入れられなかったことに腹を立てるヒナを、タクが必至でなだめる。

『まあまあ、ヒナちゃんも悪気があって言ったんだから許してやれって』

『あのねサク、悪気があって言ってたら悪趣味だよ』

『ん、ああ、間違えた。色気がなくて、か』

『サク、そろそろ女性を敵に回すのはやめようか』

 キーホルダー人権問題にサクまで参戦して口論が発展しているのを聞きながら、「にぎやかねぇ」と氷点はつぶやいた。

「で、悠は決まったの?」

 メニューをぱたりと閉じ、氷点は椅子にもたれかかる。

「ああ」

 悠が返すと、氷点はすぐさま店員を呼んだ。間もなく、先ほど入り口にいた女性店員がメモを持ってやってくる。

「ご注文をお伺いします」

 注文票を持ち、店員はペンを構える。

「えっとですね……」

 悠は決まっていたはずの

『私、ナポリタンとコーヒー!』

『じゃあ、僕はナスのペスカトーレと紅茶ね』

「えっと、ナポリタンと、ナスのペスカトーレと……」

 ヒナとタクした注文を、悠が店員に告げる。その向かいで、氷点ははぁ、とため息をついた。

「悠、あんたはいつまでそのボケを続けるのかしら?」

「え、あ、いや……」

 悠は思わず恥ずかしくなって赤くなった。

「ごめんなさい、さっきの注文はなしで、パスタセットのベーコンのカルボナーラとアサリのペペロンチーノ、飲み物はブレンドコーヒーと紅茶のホットをお願い」

「あ、はい。えっと、カルボナーラとペペロンチーノ、お飲物はコーヒーと紅茶ですね」

 注文票の注文を復唱すると、店員はキッチンに下がった。

『えー、私の分は? キーホルダーは食事権無し? ねえ、食事権無しなの?』

『マスターは冷たいなぁ、自分の分しか頼まないなんて』

 好き勝手いうヒナとタクに、悠は拳を震えさせる。

「喰えないくせに何言ってるんだよ」

 悠の声が店内に響く。それを聞いて、店内にいる客と店員が一斉に悠に注目した。

「やっぱりあんた、女の子と二人きりで食事行くのはやめた方がいいわね」

 運ばれてきたペペロンチーノをくるくるとフォークで巻きながら、氷点はあきれ顔で行った。

「別に、飯くらい一人で行けるし」

 悠はとりあえず出されたカルボナーラに音を立ててがっつく。

『悠たん、そんなこと言っちゃだめだよ。万が一彼女ができた時困るでしょ?』

『ヒナ、万が一っていうのはひどいんじゃないかな』

 かばんにぶら下がったキーホルダーは、悠のことを好き放題言い放つ。

「そうね、こんなのについていく女がいたら見てみたいわね。こうやって一緒に食事する女ですら珍しいというのに」

『おっと零ちゃん、自分が珍しい女だって、自覚してるのかい?』

「零ちゃん言うな、このすっとこどっこいがっ!」

 ぼそっとつぶやくと、氷点はばんっ、とサクを叩きつけた。

『い、痛いっ! いや痛くないけど心が痛いっ!』

「次は舌でも引っこ抜いてあげようかしら?」

 ふん、と鼻を鳴らして氷点はスパゲッティを口にする。

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