事務所の中へ2
悠たちが二階に上がると、長い通路があり、いくつかのドアが見えた。二階には、何部屋かあるようだ。
「……この建物は一体どういう造りになっているのかしら?」
氷点は一つの部屋しかない一階のことを気にしながらつぶやく。
トントン、と階段から一番近い部屋のドアをオギが軽くノックすると、「失礼します」と言って真っ白なドアを開いた。
扉の向こうは作業場のようだ。たくさんの段ボールが積まれ、見たことが無い機械や工具がたくさん置かれている。そしてその一角の作業台の上では、四十代ほどの男性が作業をしていた。
「旦那様、十時にアポイントを取られたお客様、氷田様と風見川様をお連れしました」
オギはその男性に声をかけると、男性はこくりとうなずいた。それを確認し、オギは「こちらへどうぞ」と悠たちを中に招き入れた。
「当社の代表取締役、岩本倫太郎でございます」
「代表……って、偉い人のことか?」
悠のとぼけた質問に、氷点ははぁ、とため息をつく。
「代表取締役、いわゆる社長さんよ」
「社長!? 社長自らがキーホルダー作ってるの!?」
あまりの驚きの表情を見せる悠に、氷点は頭を抱えた。オギはその様子を見て、「ハハハ」と笑ってみせる。
「以前は当社も、何名かの従業員、ならびに職人がいらっしゃったのですが、現在では当社の都合で別の工場で働いております。ですので、現在ここでキーホルダーを製作しているのは、代表取締役の岩本のみとなっております」
「へぇ、社長も大変なんだなぁ。偉くなれば、もっと楽ができると思ってたのに」
悠が周りを見渡しながらつぶやくと、氷点が脇腹に肘鉄を食らわせた。悠は「ぐふぅ」とうめきながらその場でうずくまる。
「それでは、私はここで失礼いたします。何かご用件がありましたら、隣の執務室にいますので、何なりとお申し付けください」
笑いながらそういうと、オギは扉の前で一礼し、部屋を出て静かに扉を閉めた。
「初めまして、岩本社長。私は氷田零。氷田か氷点でいいわ。で、こっちが私の荷物持ちの風見川悠よ」
氷点は作業している、岩本と呼ばれた男性に声をかけた。
「何で俺はお前の荷物持ちになってるんだよ」
悠が突っ込むが、氷点は知らん振りをする。
「……わしに何か用か?」
岩本はこちらを向かず、作業する手を止めずに話しかける。
「ここにあるのは、社長が作られたものなのかしら?」
「ああ、今はわし一人だからな。他の工場では大量生産のものを作っているが、手作りの物はここでわしが作っておる」
「これだけの量を、一人で、ねえ……」
「これも仕事だからな。ところで、お前たちはそんなことを聞きに来たのか?」
岩本に言われ、氷点は「そうそう」とハンドバッグに手を掛けた。
「実はこのキーホルダーなんだけど」
氷点はぶら下がっているキーホルダーのうち、金髪の男の形をしたキーホルダー、サクを手にとってぶら下げた。
『お、おい氷点、一体なにを……』
サクが話しかけた瞬間、岩本の手が止まり、急に振り返った。
「……今の声は?」
「あら、あなたにも聴こえたかしら。さっきの声はこのキーホルダーのものよ」
氷点はそういうと、手に持ったキーホルダーを岩本の前に差し出した。
『お、おい、待て、どうする気だ』
サクがしゃべりだすと、岩本は「ほぅ」と驚いた。
「これは、もしや……お前たち、これをどこで?」
「キーホルダー自体は、お店で買ったものよ。ただ、しゃべっているのはまた別件のことなの。ちなみにこのキーホルダー、ここで作られているようなのだけれど、何か知っていることは無いかしら?」
岩本は氷点がぶら下げるキーホルダーをじっと見ていたが、しばらくすると作業をする手をとめて立ち上がった。
「立ち話も何だ。向こうで話を聞こう」
そういうと、岩本は作業場から出ていった。その後を、氷点が追う。
「ほら、悠、何してるのよ、早く行くわよ」
何故かぼうっとしている悠を見て、氷点は悠に呼びかけた。
「え、あ、おい、ちょっとまてよ」
あわてて悠も、氷点の後を追った。
『マスター、何でぼうっとしてたんだい?』
『きっとタクたんはえっちなことでも考えてたんだよ』
「ちげえよ! 何でここに来てそんなことを考えないといけないんだよ!」
悠が思わず叫び声を上げると、氷点が「静かにしなさ、このフランクビッツ!」とささやいた。




