事務所の中へ1
改札を抜け、地上へ続く階段を昇ると、眩しい太陽が出迎えてくれた。
吹き抜ける熱風と太陽からの熱に、今までこらえてきた汗が悠の体から一気に噴出す。だが、氷点はそんなもの関係ないとばかりに、汗一つかかずに先へと進んでいく。
「なんだか、ほとんど民家だよな。こんなところにあるのか?」
「悠、あなたはアパートを民家と言うのかしら?」
背の高い建物がいくつかあるが、ほとんどはマンションや市営アパートである。
もちろん店舗用のビルもいくつかあるのだが、それもほとんど大通り沿いにしかなく、一歩わき道にそれると一軒家が立ち並ぶ。
「こっちよ」
ハンドバッグから取り出した一枚の紙切れを片手に、氷点は大通りからわき道に進んでいく。徐々に人通りが少なくなり、ほとんどが一軒家の住宅街に差し掛かった。
それらの家の比較的大きな屋根が陰になり、太陽光をさえぎる。先ほどまでの熱風がすこし涼しくなったように感じ、噴出した汗を引かせる。
『大きな家がたくさんあるねぇ』
涼しい風を感じながら、二人とキーホルダー三つは、民家に挟まれた道を進んでいく。
細い道を抜けると、再び太陽光が現れた。その先にある十字路の左側には、よく住宅街にある、滑り台と砂場、ブランコだけの公園があり、向かい側に「(有)山串製作所」と書かれた看板が見えた。
「……思ったよりも小さいな」
キーホルダーの有名なメーカーなのだから、工場もかなり大規模なのだろうと悠は想像していた。しかし、山串製作所はそこらにある民家よりも狭い敷地に収められた、およそ三階建ての小さなビルだった。
「工場の事務所だったら、こんなもんよ。とりあえず行ってみましょう」
美しく真っ白に塗られたビルの入口に向かうと、氷点は入口の扉を開き、中に入った。
外装と同じく真っ白な壁と床。玄関には小さな下足箱と、その中にスリッパが置かれている。
氷点と悠は靴を脱いで下足箱に入れると、代わりにスリッパを取り出して履いた。
「……誰もいないのかしら?」
受付らしい場所もなく、目の前には事務所らしき部屋のドアと階段があるのみだ。周りを見渡すが、ほかに部屋らしい場所は見当たらない。
唯一の部屋のドアをノックするが、誰もいる気配がいない。仕方なく、二人は近くにある階段を上ろうとした。その時、
「当社に御用ですか?」
突然、後ろから男性の声がした。
悠と氷点が振り返ると、そこには長髪ながらもきれいに髪が整えられ、建物とは不釣合いな濃い紺色のスーツを着た男性が、笑顔でこちらを見ていた。
『え、あれ、この人、どこから出てきたの?』
『おかしいなぁ、ドアを開けたり、足音が近づいたりするような音は聞こえなかったんだけど……』
『も、もしかして、手品師? この人手品師紳士?』
『ヒナ、それは失礼かと……』
ヒナが暴走するのに構わず、悠はその男性に事情を説明しようとした。
「えっと、俺たちはその、ここにはキーホルダーのことで聞きたいことが……」
「今日の十時ごろにアポイントを取った、氷田と風見川よ」
ぐだぐだになりそうな悠の説明に割って入り、氷点が男性にスラスラと説明した。
「氷田様と風見川様ですね。お待ちしておりました。私は当社で執事を勤めております、オギと申します。では、こちらへどうぞ」
そういうと、オギという執事は二人を二階へと案内した。
「お、氷点、いつの間にアポ取ったんだ?」
階段を上りながら、悠が珍しく氷点をほめる。
「何を言ってるのよ。こういうところに行くときは、あらかじめアポを取るのが普通でしょ。向こうには向こうの都合があるんだし、今日は日曜日だしね。まったく、フランクビッツはそういうのもおろそかにするのかしら」
「そ、それぐらい知ってるさ。まあ、常識だよな」
室内は外とは異なり、空調が効いていて涼しい。しかし、悠からは何故か入った後いったん引いた汗がにじんでいた。
『……よく考えたら、日曜日に会社にアポ取るのも非常識だよね。普通メーカーは休みなわけだし』
タクの突っ込みに氷点の一瞬足が止まったように見えたが、知らないとばかりに先に進んだ。




