帰り道とキーホルダー1
日差しが強い夏空は、しかしその染め上げられた薄い青色と雲の白のおかげで、幾分さわやかに思える。
午後四時、学校では授業が終わり、生徒たちは思い思いの時間を過ごす。部活動に励む生徒や勉強のために学校に残る生徒、特に用事なく帰宅する生徒、あるいはどこかに寄り道する生徒もいるだろう。
ここ苺ヶ丘高等学校でも、八割以上の生徒が部活動のためにそれぞれの場所に向かい、残りの生徒は家路へとついた。
「ヒナ、またね」
「うん、バイバイ」
二年生の浅見比奈は玄関で友達と別れると、帰宅する生徒でにぎわう校門に向かった。部活動にはどこにも所属していないため、まっすぐ家に帰ろうと思っていたところだったのだ。いわゆる、「帰宅部」というものだ。
校門を出て、しばらく住宅街を歩く。強い日光が栗色の髪の色を引き立たせ、肌をじりじりと焼いていく。それを受け、額から一粒の汗が頬を伝い、白い制服の襟に吸収される。
「今日も暑いなぁ」
汗ばむ顔をハンカチで拭いてみるが、この日差しで一向に汗が引く様子が無い。しばらく歩くとコンビニが見えるので、とりあえずそこに避難し、少し涼むことにした。
コンビニに着くと、入口の前になにやら見覚えがある顔があった。
「あ、バルたん、ナチたん」
ヒナはその男子生徒に手をふると、彼らもそれに気がついたのか、手を振り返す。
「やあヒナちゃん、今帰り?」
「うん、暑いから、コンビニでちょっと涼もうかなぁって」
「そう、ちょうど俺らもコンビニ寄ろうと思ってたところなんだ」
バルたんと呼ばれた、高校生男子としては少し身長が低いながらもがっちりとした体つきの柏原流多は、ついさっき買ってきたと思われるジュースを飲みながら言う。
「ルタ、何言ってるんだよ。さっきまでコンビニいたのに」
隣にいる、ルタより背が高く細い男子生徒、ナチこと瀬川那智がルタに突っ込む。
「はっはっは、ナチ君、そんな態度では、ヒナちゃんの裸エプロンを拝むなんぞ、百年早いぞ?」
「いやいや、ヒナちゃんの裸エプロンって!」
ルタとナチのやり取りを見て、ヒナはクスリと笑う。
「もう、バルたんとナチたんは相変わらず仲がいいねぇ」
さすがに炎天下の中ずっと日なたにいるのは暑かったか、ヒナはコンビニの入口に向かう。日なたから日陰に入ると、一気に別空間に入ったように一瞬ひんやりとする。
「ちょっとジュース買って来るね」
そういうと、ヒナはコンビニの中にゆっくり入っていった。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると、とたんに冷たい空気が体に流れ込み、噴き出した汗が一気に引いたような感覚がする。節電が叫ばれる最近だが、依然としてコンビニの中の温度設定と言うのは、それとは無縁と言いたくなるほど快適である。
ヒナはドリンクコーナーからペットボトルのジュースを一本取り出すと、すぐさまレジに向かった。本当は雑誌を読んで時間を潰したいところだったが、今日はそうもいかない。ヒナは会計を済ませると、すぐにコンビニを出た。
コンビニの扉前では、相変わらずルタとナチがなにやら言い合いをしている。扉をゆっくりと開けると、入るときとは対照的に、外の熱気がヒナの体を襲う。
「お待たせ~」
「待ってないよ。もう少し涼んでいけばよかったのに」
ルタは飲み干したペットボトルをゴミ箱に捨てに行く。
「いや、でも、二人が待ってるし……」
「いやいや、ルタは待たせて干からびさせるくらいでいいんだよ」
ナチがルタの肩を叩いて言った。ルタは「何でだよ」と返す。
それを見て、ヒナは再びクスリと笑う。ルタとナチもそれに気がついたのか、二人して笑い出した。
「そうだ。ねえねえ、これからそこの雑貨屋にキーホルダー見に行かない?」
そう言うと、ヒナは先ほど買ったジュースの蓋を開け、クピリと一口飲む。
「相変わらず、ヒナちゃんはキーホルダーが好きだねぇ」
ルタがヒナのかばんを見ながら言う。ヒナのショルダーバックには、十個ほどのキーホルダーがぶら下がっている。
「かわいいのがあると欲しくなっちゃうのよ。家にもまだあるし」
ヒナはバッグにぶら下がったキーホルダーを、いくつか手に取る。猫やイルカといった、動物のものが多いようだ。
「私は今から行くけど、バルたんとナチたんはどうするの?」
半分も飲み終わらないところで、ヒナは残ったジュースをバッグにしまった。
「いや、俺らはいいや。今からナチとゲーセン行くし」
「そうそう、ルタが僕に返り討ちしてほしいらしいから」
「はっはっは、それはこちらの台詞だ。ナチをフルボッコして裸エプロンを着せるのだ」
「あの、僕を裸エプロンにしてどうするのさ。この布フェチ!」
ナチの裸エプロン姿を想像して、ヒナは「それもありかなぁ」と漏らした。ナチはルタやヒナの前でこそ少し言葉遣いが荒くなるが、普段は少し高めのハスキーボイスでおとなしめに話す。それに女装が似合いそうな、女の子のような顔をしているため、女子からはかなり人気が高い。
「ヒナちゃん、変な妄想はやめてね。僕、女装とか興味ないから」
「えぇ、ナチたん、きれいな顔してるのに、もったいないなぁ」
「いやいや、そういう問題じゃないんだけど……」
じっとナチの顔を見ながら言うヒナに、ナチは肩を落としながらため息をついた。
「大丈夫だ、今日俺が勝てば、ナチの裸エプロンが見れるから、ヒナちゃんには写真送るよ」
「や、やめてよね、そういうの。まあ、ゲームだったら負けないけど」
「お、言ったな。じゃあナチが負けたら裸エプロンして、ゲーセンで撮影会な」
「何で罰ゲームが増えてるのさ!」
「別にいいじゃん、減るもんじゃないんだし」
「一体何を減らそうとしてるのさ……」
ナチはあきれながらも「まあ負けないけど」と言い返す。
「じゃあ、そろそろ行くね。バルたん、ナチたんの裸エプロンの写真、待ってるからね」
二人に手を振りながら、ヒナはコンビニを後にした。後ろから「任せろ」「だからやらないって」という声を聞きながら、ヒナは車通りの多い国道へと向かっていった。