ヒナの能力
吹雪から解放された空気は、再び太陽に照らされて徐々に熱くなっていく。それにつれ、悠の身体からまた汗がにじみ始めた。
「ふぅ、危なかったぜ……」
氷点が去っていったのを見届けると、悠は急に力が抜けたように座り込んだ。
『いやぁ、悠たん危ないところだったねぇ。氷点たんにボコボコにされるところだったよ?』
「ふ、フンッ、あんなやつ、俺が本気を出せば、どうってこと、無いって、はぁ、はぁ」
悠は強がって言うが、完全に息が切れている。
『まあ、マスターが氷点にいいようにやられるのはいつものことだしね。それにしても、さっきの攻撃が来るってよくわかったね。マスターはぜんぜんかわせなかったのに』
先ほどの氷点の攻撃を振り返り、タクが言った。
『あ、うん、さっきの場面ね、夢で見たんだ。なんか悠たんと誰かが戦ってて、最後に大きな光の弾を悠たんが受けるっていう』
「はぁ? 夢?」
ヒナは昨日の夢のことを、タクと悠に話した。それを聞いてタクと悠は驚いた。
『夢で? まさか』
『本当だよ。誰だかはっきりわからなかったけど、なんかスレンダーな感じだったから』
ヒナの話を聞きタクは『もしかすると』とつぶやいた。
『それがヒナの能力なのかもね』
『私の能力?』
『うん。キーホルダーになると、人間の時には使えないような、いろんな能力が使えるようになるみたいなんだ。例えばサクは、「秘話の寒冷前線」っていう能力を持っているみたいにね。さっきの話を聞く限り、ヒナのは予知能力系の能力なんだろうね。さしずめ、悪夢予知ってところかな』
『ナイトメア……って、タクたん中二病?』
『え、いやそれを言われると、バトル漫画の必殺技は全部中二病になっちゃうんだけど……』
『えー、でも今時そんな名前、流行らないと思うけどなぁ』
『ま、まあ、名前はともかくとして、ヒナにはそういう能力があるみたいってことさ』
『そうかなぁ、たまたまな気がするけど……』
『もしもそういう能力だとすれば、例えばマスターにこれから起きる危険を感知したり、他のしゃべるキーホルダーの存在を予知したり、いろいろ便利かもしれないね』
『おー、私ってすごい? ねえ私、すごい?』
ヒナが騒いでいると、何故か悠がふるふると震え始めた。
「す、すげえ、予知夢か! すばらしい、これぞ俺が求めていた女体だ!」
『だから女体はもういいって!』
ヒナがぷんすかと怒るが、その表情は誰にも読み取れない。
『とにかく、さっきの攻撃予測は予知夢かどうかわからないけど、一応そういう可能性があるってことさ。もしかしたら、寝るたびに何か有用な夢を見るかもしれないから、ヒナは見た夢をしっかり覚えていてね』
『うーん、大丈夫かなぁ。大体、夢ってすぐに忘れちゃうしなぁ』
ヒナは自信なさげに、トーンを落としながら話す。
「何だよタク、もう確定でいいじゃないか。コイツの能力は、俺の未来を教えてくれる、重要な役割となるのだ」
『いや、その、まだマスターに関する予知夢かどうかわからないし、そもそもこれがヒナの能力とは……』
「いいや、これはきっと俺のピンチを救う大きな力になる。ってことで、これからもよろしくな、ヒナ」
悠のいやらしい笑顔が、太陽と重なり眩しく輝く。
『お、おお、わ、私、悠たんに頼られてる? ねえ、私頼られてる?』
「おう、だから今日から一日十回は寝て夢を見ることだ」
『……頼られるっていうか、これって奴隷?』
ヒナがあきれているそばで、悠は上機嫌に笑った。
「さてと、帰るか。昼からバイトだし」
悠はかばんを持つと、それを自転車のかごに置いてゆっくりと元来た道を戻った。
『……ところで悠たんは、何で氷点たんと戦っていたの?』
ヒナがつぶやいたところで悠は目的を思い出し、再び氷点を追いかけ始めた。しかし、氷点の姿はもう見当たらなかった。




