これが現実?
あっという間に一週間が経っていた。
多くの人が通勤・通学で行きかう中、私はまだ眠っている。
ポストに郵便物が入ると、私はその音で目が覚める。
不合格と分かっていても通知が気になり、毎日郵便物の音で目が覚めるようになっていた。
恐る恐るポストを見に行くと、長方形の封筒が一通入っている。
手に取り、差出人を見ると【CFエンターテインメント】と、書かれてある。
(ついに来た!)
緊張と不安で、手が震えだす。
ひとまず深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
右手にハサミ、左手に封筒を持つ。
封筒を日に当てて透かすと中身がどこに入っているかが分かる。
封筒を切る場所が決まった。
中身を切らないようにハサミで切ると中には一枚の紙が入っていた。
取り出すと綺麗に三つ折りされている。
一瞬で紙を開き書かれている文字をしっかり読んでいた。
【この度、CFエンターテインメントオーディションにおいて合格したことを通知致します】
驚きで固まっていた。
信じられず何度も紙を見ては、【合格】の文字が見えていた。
次第に目には涙が溜まっていた。
この嬉しさを誰かに言いたくて、すぐに優奈の顔が頭に浮かぶ。
携帯を手に取り、電話帳から優奈を探す手は震えていた。
電話をかけると寝ているのだろうか、優奈はすぐに出ない。
やっと出たと思えば、寝起き声をしている。
「もしもし、優奈! う、う、受かったよ!」
私は興奮して、何の詳細も言わずに結果だけ伝えていた。
『え?……え!受かったの? やったー!』
寝起きでも優奈はすぐに理解し電話越しで喜んでいるのがわかる。
『で、で、これからどうなるの?』
いつの間にか優奈も興奮している。
「とりあえず、明日事務所に行かないといけないみたい」
『そっかぁ~! ついに、空の夢が叶うんだねー!』
「まだ、どうなるかわかんないけどね。 でも頑張る!」
優奈は安堵しているようだった。
「空なら大丈夫だよ」と、いつも言ってくれる優奈に感謝の気持ちを伝え、後日二人でお祝いをする事になった。
電話が切れた後も、私は笑顔が絶えなかった。
久々に親にも電話をかけてみる。
三カ月ぶりだろうか。
星野家は仲が良いのだが、連絡は事後報告が普通だ。
兄も私も家を出て一人暮らしをしているから、実家は両親だけになっている。
電話が繋がると陽気な母の声がする。
オーディションを受けて合格したことを話すとすごく喜んでくれた。
後ろで父も喜んでいるようだ。
私がどんなことに挑戦しても何の文句も言わず、「体に気をつけて頑張りなさい」と、いつも応援してくれる。
父が不満そうな時は母がこっそり説得してくれていた。
二人が定年退職をして私が帰省した時「小さい頃から共働きで構ってあげられなくてごめんね」と、母が言ってきたことがある。
でも、そんなことなど気にならないほど、私と兄は愛情をもらっていた。
二人が仕事でいない時は兄とゲームをして遊び、寂しいと思った事は一度もなかった。
父もたまに不満を言う時もあるけれど、結局はいつも味方でいてくれる。
私はこの二人の子供で良かったといつも思っている。
家族と優奈という強い味方のおかげで、私は頑張れそうだ。
翌朝、私は珍しく早起きしていた。
そして昨日からずっとニヤニヤしている。
「いやぁ~気持ちのいい朝だ!」
誰も居ない部屋で一人言を言ってしまう程に。
もちろん返事はない。
合格したことの喜びはもちろんだが【もしかしたら信に会えるかもしれない】とゆうファン心もあった。
余裕を持って準備をし、事務所へと向かう。
外から事務所を見ただけで、心拍が上がっていた。
「今日から、よろしくお願いします!」
そう言って入口で一人、一礼をして中へ入って行く。
受付をすると、更衣室で練習着に着替えてから練習室へ行くように言われる。
事前に練習着を持ってくるよう指示されていた。
練習室へ行くと、既にラフな格好をした人達が居る。
男女合わせて十人ぐらいだろうか。
練習室は一面ガラス張りで、電気も明るく自分のダンスをチェックするには最高の場所だ。
皆が自由に過ごす中、私は端っこでストレッチをしていた。
すると、一人の男の子が近づいてくる。
「合格者だよね? 初めまして! 成本圭です。 よろしく!」
気さくに話しかけてくれた男の子は、ショートカットが似合う爽やかな子だった。女の子のような可愛い顔をしている。
「あ、星野空です!」
「空って呼んでもいい? 俺は圭でいいから」
「うん! いいよ! 圭、よろしくね!」
何歳なのだろうか? さっそく友達が出来てとても嬉しかった。
「空ってさ、オーディションで信の話してたよね?」
「え! どうして知ってるの?」
「あの時、俺も一緒に受けてたんだ」
「そうだったんだ! なんか、恥ずかしい所を見せちゃったね」
あの時の事を思い出すと、今では笑えてくる。
「あの時すごく緊張してたんだけど、空のおかげで緊張がほぐれたんだ」
圭の笑顔はすごく優しい顔をしている。
その後も、二人の話は弾んでいた。
そこへ、スーツを着た男が入ってくる。
その人は、あの時の面接官だった。
「皆さん、お疲れ様です。 そして合格おめでとう! 申しおくれました、私はCFエンターテインメントの社長をしております、新井龍と申します。 面接官としても参加していたので、覚えている人もいるかな? 皆さんのダンスはしっかり見させていただきました。 正直、バックダンサーとしては、まだまだかなと思いましたが、磨けば光る事を信じて採用しました。 これからがスタートなのでぜひ頑張ってください」
二十代後半に見える新井龍が社長だったとは考えてもいなかった。
「まず簡単な手続きをしますので名前を呼ばれたらこちらへ来て下さい。 終わり次第、練習開始します」
新井龍がそう言うと、一人一人名前が呼ばれていく。
「若いのに社長って、すごいよなー」
圭は尊敬の眼差しで社長を見ている。
圭から聞いた話では、新井龍はこの業界では有名な人らしい。
二十七歳という若さで社長として活躍し、信を始め多くのスターを生み出している。
そんな事務所に入れた事は奇跡に近いと圭は興奮気味に話していた。
先に圭が呼ばれ新井龍の所へ行くとすぐに戻ってくる。
「社長に頑張って!って言われたよ! やっぱ格好いいなー」
圭はすごく喜んでいた。
そして、私の名前が呼ばれる。
新井龍の所へ行くと微笑みかけてきた。自然と私も笑顔になっていた。
「星野空、名前間違ってない?」
「はい、大丈夫です!」
名前の確認をすると契約書内容を渡される。
「とりあえずこれに目を通しておいて」と、言われ次の人の名前が呼ばれる。
私は契約書に集中したまま振りかえると誰かの足につまづき転びそうになる。
「大丈夫?」
新井龍は咄嗟に私の腕を掴み支えていた。
自然と顔が近くなっていた。
「は、はい、ありがとうございます」
私はすぐに下を向くと、あの転んだ日が蘇る。
(そういえばあの時……)
私は思い出し、助けてくれた人の顔を思い出した。
「あ、あの時の……!」
そう言うと、新井龍は「やっと思い出したか」と言わんばかりの顔をして微笑んでいた。
「もう転ばないように気をつけてね」
新井龍が微笑むと私も微笑んでいた。
全員の手続きが終わり、新井龍が今後の話をしだす。
「これから練習してもらうのは、中村信の新曲です」
いきなりの発表に私は驚愕する。
最初の練習が信の新曲だなんて、こんなに幸せなことがあって良いのだろうかと。
「練習した中から、選ばれた三人が信のバックダンサーとして頑張ってもらいます」
浮かれているのも束の間。
全員合格ではなく十人中三人が合格になるという衝撃の報告だった。
世の中甘くない事が改めてわかってしまう。
そんな酷な事があっていいのだろうか。
やっと仲良くなった圭とこれから先ライバルになり、一緒に仕事が出来なくなるかもしれないのだ。
「ひとまず本日練習をして、続けられるのであれば契約をします。 自己判断してください」
手続きを簡単に済ませた理由がわかってしまった。
「では、今回ダンスを教えてくれる先生を紹介します」
そう言って、新井龍は部屋から顔を出し先生を呼んでいる。
そして新井龍の後に続き一人の男が入って来る。
背が高くて、逆三角形の体型をした、まるで芸能人のような――。
私は自分の目を疑ってしまう。
「中村信です。 よろしく」
男が自己紹介をすると練習生全員は驚きで硬直していた。
そう。その人物はあの【信】本人だった――。




