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私の王子様  作者: 美鈴
3/21

後悔したくない

目覚ましが鳴り手探りで音を止める。

朝が苦手な私は、起き上がるのにも一苦労だ。

時計を見ると朝の八時半だった。

今日のバイトは九時から。家からは歩いて十五分の場所にある。

準備にいつも一時間かかる私は、一瞬で目が覚める。

急いで準備をするしかない。

いつもならマスカラをするけれど、今日は時間がないからファンデーションと眉毛を書くのが限界だった。

財布を鞄に放り込むと全速力でバイト先へ向かった。


(ま、間に合った!)

一人だけ息が上がったまま、タイムカードを押していた。

「空、セーフ!」

笑顔で声をかけてきたのは、バイト仲間の優奈ゆなだ。

二人のバイトは倉庫業。

それぞれチームになり、荷物を配送エリアへ仕分ける仕事をしている。

結構、力仕事ということもあり男性が多い場所だ。

私がなぜこんな仕事に就いたかと言うと、運動不足を補うためだった。

毎日ダンスをしているけれど、賃貸アパートの二階に住む私は常に一階の人に迷惑が掛からないように気をつけている。

音が響かないように気をつけているため、ダンスをするにも体を動かせているとは言えなかった。


初出勤の日、私と優奈は偶然同じチームに入っていた。

同じ歳で性格も似ている事から、すぐに仲良くなっていた。

出勤日が一緒の日は、仕事をしながら常にしゃべっている。

二人は仕事が早くミスも少ないため、この二人がどんなに話しても誰も文句を言わない。

それに、みんなと仲が良いため、文句を言う人が居ないのだ。


この日もいつものように談笑していた。

「空って、いつも時間ギリギリだよね」

優奈は面白いのか笑っている。

「間に合ってるからいいの!」

結果良ければ全て良しの私。

これでも遅刻は一度もしてないのが自慢だ。当たり前だけど。


「ところでさ、昨日の信どうだった?」

優奈はいつも信の話しを聞いてくれる。

そして私の顔は【信】という言葉を聴くだけですぐにニヤけていた。

「よくぞ聞いてくれた! もぉ~最高だったよ! きっと、私に会いに来てくれたんだろうな~」

「はいはい、わかったから」

いつも調子に乗る私を、軽くあしらう優奈。

話していてすごく楽だ。

「あーあ。信と一緒に、仕事がしたいなー」

私は本気で思っていた。

そんな仕事に就ければ、毎日が幸せに違いないと。

「空、ダンス好きなんだから、バックダンサーとか応募してみればいいのに」

優奈の発言に私は思わず驚いてしまう。

優奈は何を言っているのだろうか。

「バックダンサーなんて今さら無理だよー。 もう二十五だよ?」

いつも信の事になると妄想が膨らみ夢を語っているけれど、実は現実的な私。

きっと優奈の方が非現実的かもしれない。

「〝まだ〟二十五でしょ! やってみないとわからないじゃん」

優奈の言葉は時に私の心を動かしてしまう。

「そ、そうかな? まぁ確かにやってみないとわからないけど……」

「人生一度きりなんだから、後悔したくないじゃん?」

優奈はどこまで前向きなのだろうか。いつも背中を押してくれる。

「よし決めた! 優奈、私やってみるよ! 帰ったら検索だー!」

単純な私はすぐ調子に乗っていた。

まだ何も始まっていないのに既に楽しんでいる。

「さすが空! 行動力だけはある!」

「ちょっと、それ褒めてんの?」

二人の掛け合いは漫才のようだ。

一緒にいると、本当に良いコンビになっている。


バイトを終え、家でくつろいで居ると優奈に言われたことを思い出す。 

「そうだ! 検索検索……」

パソコンを開き【バックダンサー 募集】で検索をすると、多数の事務所が応募していた。

どこの事務所が良いかもわからず、受かる自信は無いけれど迷っていても仕方がなかった。

当たって砕けろ精神で、私はすべての事務所に応募していた。


後日、いくつかの事務所から返事がきていた。

そこにはオーディションに関する詳細が記されている。

私はオーディションに向けて、毎日近くの貸しスタジオを借りて、ダンスの練習をしていた。

いくつものオーディションを受けダンスを見せるも、これまで受けてきたオーディションは、全て不合格になっていた。

【信と一緒に仕事がしたい】こんな甘い考えで、受かる方が奇跡だ。

それに、一緒にオーディションを受けた人たちは、比べ物にならない程のダンス力がある人達ばかりだった。

(やっぱり、無理なのかな……)

私は日に日に自信を失っていた。


そんな日々が一か月続き、気付けば明日で最後のオーディションになっていた。

(これが落ちたら、諦めよう……)

そう心に決めていた。

バイトへ行っても頭の中はオーディションの事ばかり。

どんなに完璧に踊っても受からない。

何がダメなのかもわからない。

現実を突きつけられ、私は優奈に弱音を吐いていた。

「空ならきっと成功するよ」

こんな時でも、優奈は根拠のない事を言っている。

どこからそんな自信が湧き出ているのだろうか。

「私ね、空が楽しそうに踊る姿が好きなんだ。 その時の空はすごく輝いてるんだよ。オーディション、ちゃんと楽しめてる?」

優奈に言われて私は気付かされていた。

自分が一番大事にしてきた【楽しむ】ということを。

オーディションへ行っても受かる事ばかり考え、緊張で体が思うように動かず悪循環になっていた。

一緒に受けた子の中には、上手く踊れていない子もいた。

でもなぜか、その子が輝いて見えていた。

それはダンスが上手い下手ではなく、楽しんでいたからだった。


私はすごく難しい問題が解けたような爽快な気持ちになっていた。

「優奈! 私、楽しんでくるよ!」

単純な私はすっかり元気を取り戻していた。

「うん! 楽しんできてね!」

優奈は嬉しそうに微笑んでくれた。

私はバイト後、スタジオで最後の練習をした。

いくつも受けてきたオーディションとはいっても、もちろん緊張はしている。

でも一つだけ違うことは、楽しみなことだった。

優奈に感謝をしながら全ての準備を整え、明日に備えていると眠りにつく時間が遅くなっていた……。


目を覚まし時計を見ると、予定より遅く起きていた。

寝ぼけて、目覚ましを止めていたようだ。

急いで準備をして、オーディション開場へと向かう!

なんとか間に合い、乱れた呼吸を整え中へ入っていく。

受付を済ませ、待機室へいくと、すでに多くの人がオーディションへ向けて最後の確認をしていた。

私も準備をして、頭の中でイメージトレーニングをしていた。


すると、すぐに番号を呼ばれ一気に緊張感が走る。

(とにかく楽しもう!)

気持ちはそれだけだった。

「こちらへどうぞ。」

私を含めた五人が一緒に入って行く。

集団オーディションだ。


目の前には、真剣な顔をした面接官が横一列で五人座っている。

面接官の前には長テーブルがあり、テーブルの上には応募者の情報なのか写真付きの紙と、各面接官の名札が置いてある。

張り詰めた空気が漂う中、真ん中に座る面接官が話し出す。

「では、番号順に自己紹介をお願いします。」

(あれ? どこかで見たような……)

私は、その面接官の顔に見覚えがあった。

名前を見ると新井龍あらいりゅうと書いてある。知らない名前だ。

(気のせいかな……)

オーディションに集中すると皆、堂々と自己紹介をしている。

そして私の番だ。

星野空ほしのそら、二十五歳です。 二歳からダンスを始め、踊る楽しさを知りました。 夢は、人が笑顔になれるバックダンサーになる事です。 よろしくお願いします!」

自己紹介を終えると、新井龍が驚いた顔でこっちを見ていた。

(あれ? 変な事言ったかな?……)

「どうされましたか?」横の審査員が、新井龍に声をかけていた。

「え? ああ……えっと……」

新井龍は、慌てながら何かの紙を手に取ると質問を続ける。

「ええっと……皆さんにお聞きします。 好きなアーティストは居ますか?  順番に答えてください」

質問を聞いて、私はすぐに信の顔が頭に浮かんでいた。

思わず顔がにやけてしまう。一瞬だけ、オーディションに居る事を忘れていた。

我に返ると新井龍と目が合ってしまう。

新井龍はすぐに目を逸らすと下を向いて肩を震わせていた。

こっそり笑っているようにも見える。

どうやらおかしな人のようだ。

他の人は淡々と質問に答えていた。

そして私の順番が来る。

「私が好きなアーティストは中村信です。 尊敬しています」

私も淡々と信の事を話していた。

「なるほど。では、信のどんな所が好きですか?」

新井龍はニコニコした顔で問いかけてきた。

(え? なんで私だけ?)

他の人には無かった追加質問を新井龍は仕掛けてきた。

きっとパニックになって答えられないと思ったのだろう。

信の事となればいくらでも話せるのが私なのだ。

「落ち込んだ時に、信の曲を聴くと元気になるんです! テレビやラジオで語る事もすごく深くて、考えも似ていて大好きです。 あと、先輩後輩からも慕われていて、何をやっても全力で、本当に努力家だなって思います! 信を尊敬しています!」

話し終わると皆が驚いた顔になっていた。

そして思わず立ちあがっていた自分に気付く。

私はすぐにわかってしまう。

つい語りすぎたことを。

「君が信を、すごーく好きなのは良くわかりました」

新井龍は笑いを堪えながら言ってきた。

熱弁しすぎてきっとバカにしているに違いない。

横を見ると一緒にオーディションを受けている人たちも下を向いて笑いを堪えているようだった。

「あはは……」

私は恥ずかしくなり、静かに座ると下を向いて顔を隠すしかなかった。

質問が終わり、次はダンスを見せる事になる。

決められた課題曲にアレンジしたダンスを見せることになっている。

音楽が流れると、私はさっきの恥ずかしい気持ちはどこかへ飛んでいた。

ある意味、緊張がほぐれたのかもしれない。

後悔しないように楽しく踊っていた。

「皆さん、お疲れさまでした。 これでオーディションは、終わりです。 審査結果は一週間後に郵送致しますので、よろしくお願いします」

こうして、私のオーディション生活は幕を閉じる。


皆が笑顔で帰って行く中、私はため息をついていた。

きっと不合格に違いない。

下を向いたまま、事務所の廊下を歩いていた。

疲れ果てた私は壁に手を置くと一枚のポスターが触れる。

顔を上げると、それは信のポスターだった。

よく見ると廊下一面に張られている。

来る時は間に合うかどうかで全く気付いていなかった。

(きっと癒してくれているんだ)

私はポスターを眺めながら、そう思う事で心が救われていた。

すると、ある文字が目に入る。

【CFエンターテインメント】どこかで見た記憶がある。

(まさか!)

さっき受けたオーディション用紙を広げると、そこにも【CFエンターテインメント】と書かれている。

「まぢ……」

思わず声が出てしまった。

偶然か必然か、私は信の所属事務所に応募していたようだ。

信は好きでも所属事務所までは把握していなかった。


そして、あの悪夢のオーディションが蘇る。

信の話をして笑われた意味がやっとわかってしまった。

事務所のアーティストを好きだと言い、熱弁をしてもただのファンにしか思われないのが落ちだ。

不合格を確信してしまう。


私はショックのあまり、優奈に電話をしていた。

今日の事を一部始終伝えると電話越しに優奈の笑い声が聞こえてくる。

優奈は「空らしい」と言っている。

「まだ結果はわからないんだから、落ち込んじゃダメだよ! とにかく、今日はゆっくり休んで!」

相変わらず前向きな優奈。

でも、その気遣いが嬉しかった。

優奈に話すとなぜか私も前向きな気持ちになっている。


一週間後、合否の通知が来てしまう。私はどーなってしまうのだろう……


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