二人の未来
圭と美雨に呼ばれ、久々にCFエンターの事務所へ行っていた。
久々の練習室は昔のままだった。
「空―!」
泣きながら抱きついてきたのは美雨だった。
美雨はすごく綺麗な女性に変身していた。
「何やってたんだよー」
相変わらず文句を言いながら微笑んでいるのは圭だった。
ダンスで鍛えられたのか少し筋肉質で男らしくなっている。
三人で話していると昔と全く変わらなくて嬉しかった。
昨日も会っていたかのような、そんな気がしていた。
「おかえり」
この優しい声は龍だ。
振り向くと天使の笑顔で立っている。
私にとって龍は本当に天使のような存在だったから、龍に会った途端言い表せない感情が込み上げ涙が溢れていた。
龍はそんな私に何も言わず優しく頭を撫でてくれた。
久しぶりに手から伝わる暖かさは心に沁みていた。
「信には会った?」
「会ってないです……」
「そっか」
信の話しをしてくれたのは龍が初めてだ。
きっと皆、気を遣ってくれたのだと思っている。
圭の提案で今日はお祝いをしてくれることになっていた。
皆で食べ物やお菓子、ジュースをいっぱい買ってきてくれていた。
四年分の話をして皆で盛り上がっていた。
一番驚いた事は、圭と美雨が知らぬ間に付き合っていた事だった。
圭は相変わらず綺麗な人に目がないらしく「撮影の時でも女性歌手に見惚れていることがある」と、美雨は文句を言っていた。
圭は必死に誤解を解いていたけれど、二人を見ているとすごく幸せな気持ちになっていた。
「またね」
あっという間に時間が経ち、美雨と圭は仲良く帰って行く。
私は龍に送ってもらう事になり車内でもいろんな話で盛り上がっていた。
「ちょっと寄り道しよっか」
龍に言われて着いた場所はあの海だった。
私はすぐに車を降りると、龍は車をUターンさせる。
「え?」
「たぶん居ると思うから、話しておいでよ」
龍はそう言うと笑顔で行ってしまう。
私はすぐに信の事だとわかっていた。
会える嬉しさもあるけれど、会うのが怖くていろんな感情が渦巻いていく。
恐る恐る海の方へ歩いて行くと遠くに人影が見えていた。
シルエットですぐにわかってしまう。
(信が居る)
声をかけるにもどう言えば良いのかわからなかった。
すると次第に向こうがこっちへ近づいてくる。
シルエットがどんどん大きくなり月あかりに照らされた信の顔が見えてくる。
(怒ってる?)
怖い顔で近づいて来る信を見て私の体は固まっていた。
信は止まることなくそのまま私を抱き寄せていた。
私は信の腕の中で混乱してしまう。
「おかえり」
そう言って信は更に強く抱きしめていた。
「た、ただいま」
驚いたけれど、すごく心地よかった。
どれくらいだろう。
波の音だけが聞こえ二人は抱き合ったまま時間が過ぎていく。
そして二人は見つめ合い、ゆっくりと口づけを交わしていた……
なんて、ドラマのようにはならず、見つめ合った瞬間、私は思わず笑ってしまう。
大人な空気は私には耐えられない。
「何笑ってんだよ」
そう言っている信も笑っていた。二人とも苦手な空気なのかもしれない。
二人は海を眺めながら久々に話していた。
アルムの店長が御曹司だった事を話すと、信は知っているようだった。
海外の話やおじさんの話、いろんな話をしていた。
「またNYに帰るのか?」
「うん、三カ月後に……」
「そっか」
信と話しながらよく考えてみると、さっき信が抱きしめてくれたことが気になっていた。
もしかしたらと、勝手に期待をして良いものかわからない。
私は意を決して聞いてみる事にした。
「あのさ……さっきのって……」
「あぁ、あの、あれだ。おかえりっていう……NYじゃ普通だろ?」
(ただの挨拶だったのか!)
「あぁ、なるほどね……」
やっぱり変な期待をしてはいけなかった。私の片想いは決定的だ。
そして私の頭に熱愛の文字がよぎっていく。
信には怖くて聞けそうにない。
それに信はずっと海を見ながら、考えごとをしているようだった。
私もいろいろ考えていた。
まだ四年前の方が素直だったのかもしれないと。
二人とも無言のまま海を眺め、私にとってはそれもすごく幸せな時間になっていた。
結局、何も聞けないまま信に家まで送ってもらう。
「またな」と言って帰って行く後ろ姿は、やっぱり格好よかった。
でも、熱愛が本当ならこの想いを終わらせないといけない。
一人で考えながら眠りについていた。
朝になり、テレビをつけると信の熱愛は結婚にまで発展していた。
芸能界ではすでに結婚の噂が広がっているらしい。
複雑なまま私はテレビを消し、CORE事務所へ向かう。
中へ入ると舞が仁王立ちで待っていた。
「ちょっときて」
舞は不機嫌な顔をしている。
誰も居ない部屋へ連れて行かれると舞は怒りをぶつけてきた。
「何してんの? あんな女優に信を取られてもいいわけ?」
「私がどうこうできることじゃないから……」
「私はあんただから信を諦められたの」
舞に言う言葉が無かった。
「二人して何やってんのよ」そう言って舞は出て行ってしまう。
私はどうしようもなかった。
悠仁との仕事は順調に進んでいた。
仕事場で信を見かけると信は普通に話してくれる。
熱愛報道はいろんな情報が飛び交い、どこまでが真実かもわからなくなっていた。
なぜだか、元カノである舞に熱愛報道について聞いている失礼な記者もいたけれど、舞は「彼女は信のタイプじゃなさそうですけど」と不機嫌そうに答えていた。
圭達に呼ばれてCFエンターの練習室へ行くと、昔みたいに皆でご飯を食べながら語っていた。
もちろんそこには信も居て、変わらず過ごしている。
信と普通に話す事が一番良いような気もしていた。
きっと時間が解決してくれると信じて。
気付けば日本での生活はあっという間に過ぎ、明日はいよいよNYへ帰る日だ。
日が暮れ始めた頃、帰る準備を終えた私は最後に海を見るため電車で海へ向かっていた。
海は変わらず澄んでいる。
私はいつもこの場所で幸せや悲しさの全てを感じ、大切な思い出の場所になっている。
NYに行けば、次はいつ帰ってこられるかわからない。
私はしっかりと目に焼き付けていた。
「何たそがれてんだよ」
声がして振り向くとそこには信が立っていた。
「信! 来てたんだ」
「……お前を待ってた」
(待ってた?)
不思議に思っていると、信はポケットから小さな箱を取り出し蓋を開けて言った――。
「空……俺と結婚してくれ」
私の頭は混乱していた。
でも体は正直で目から自然と涙が零れていた。
嬉しくて勝手に首が縦に動いている。
言葉を発せられないほど泣いていると、信は笑顔で抱きしめてくれた。
そして信が私の左手薬指に指輪をはめると二人で微笑んでいた。
すると私は海外の事を思い出してしまう。
「NYどうしよう……」
「あーそれはちゃんと徳山さんに言っているから大丈夫」
「え! 大丈夫って……おじさんどうするんだろう」
「徳山さんも空が日本に残ることを望んでいたんだって」
どうやらおじさんは私の気持ちに気付いていたらしく、また日本で働けるように龍と話しをしていた事が判明する。
おじさんにも隠し事ができないとは、私はそれだけわかりやすいのだろう。
信と手をつないだまま海を眺めていると私はあの記事を思い出していた。
そして信の手首にはやっぱりミサンガがない。
「あの……どうしてミサンガをつけてないの?」
私は思い切って聞いていた。
「あぁ、切れたんだ」
そう言って信は切れたミサンガを見せてきた。
大事に持っていた事が嬉しかった。
「なぁんだ! そうだったんだー」
私は安心して喜んでいた。
「もしかして、あのニュース信じてた?」
「え、ううん、全然! 信じるわけないじゃん!」
「うわ、わかりやすー」
誤魔化せられずにいると信は笑っていた。
あの記事は打ち上げで偶然二人になった所を取られたらしく、事務所がすぐに否定をしたけれど相手側が否定しなかったことで余計にこじれたと言っていた。
信が言うには、その時に連絡先を聞かれ断った事の腹いせだろうと言っていたけれど、私には相手の人は本気だったんじゃないかと思えてしまう。
信はどこまで鈍感なのだろうか。
「そういえば、願い事は叶ったの?」
「え、あぁ、まぁ叶った……かな」
「何だったの? 気になるじゃん」
そう言うと信は「まぁ、こういうこと……」と言って繋いでいる手を見せてくる。
その照れた姿が可愛くて私は満面の笑みが出ていた。
「お前の願いは?」
「え……私は、まだ切れてないから言わない!」
私が意地悪を言うと、信は「ずるいなー」と笑顔で文句を言っていた。
二人で楽しく話していると私のお腹が鳴ってしまう。
「相変わらずだな」と信は笑いだし二人でアルムへ入って行った。
翌日、私達はおじさんを空港で見送っていた。
おじさんは「空さんを頼みますね」と信と龍に言っていた。
海外でずっと支えてくれたおじさんと別れる事が寂しくて私は泣くのを必死に堪えていた。
おじさんは私の肩に手を置き、「また会いにきますね」と言って優しい笑顔をしていた。
そして肩をポンポンと優しく叩くと、背中を見せてそのまま奥へと歩いていった。
おじさんが見えなくなるまで、私は必死に笑顔で手を振っていた。
おじさんを心配させない為にも笑顔で見送りたかったから。
最後にこっちを向いて手を振ってくれたおじさん。
おじさんが居なくなった後、私の目から涙がこぼれていた。
私のダンス生活を全て知っている大切な人。
(また会う時までにおじさんをびっくりさせないと!)
もっとダンスを頑張ろうと誓っていた。
私達が練習室へ行くと圭と美雨が待っていた。
信との事を報告するとすごく喜んでくれた。
龍も「やっとだな」と言って微笑んでいた。
龍に聞いた話しでは、信はかなり前から私に好意を持っていたらしい。
それは私と龍が抱き合っていた時に遡っていく――。
あの時、出て行った信を龍が追いかけて行くと、突然信に顔を殴られたらしい。
すぐに龍も殴り返そうとしたけれど、芸能人の顔を傷つけられないと冷静に判断できた龍は信のお腹を殴ったと言って笑っていた。
圭と美雨も、私が体調を崩したときに信を見かけた話しや、私が海外へ行った後に荒れた信の話しをしていると、信は必死で圭の口を塞ごうとしていた。
こんな風に皆で楽しく過ごせる事が凄く幸せだ。
翌日、信の希望で結婚を発表すると新聞では一面に信の結婚記事が載っていた。
勝手な推測が広がり信と私は一緒に記者会見を開いていた。
誤解の記事によってファンや多くの人に迷惑をかけた事、相手の女優にも迷惑をかけた事を謝っていた。
そして私との事を暖かく見守ってほしい事も伝えていた。
今までどんな記事が載ろうと会見を開かなかった信が、私と一緒に会見した事が多くの人に衝撃を与えていた。
厳しい質問もあったけれど、信がしっかりと答えた事で誤解が解け祝福の声が多くなっていった。
二人とも世界的に有名な為、それは海外にも知れ渡っていく。
世界各国のファンからも祝福の声が届いていた。
その後も私は信のバックダンサーをしっかりと勤めていた。
音楽番組で舞に会うと、「おめでとう」と言ってくれた。
そんな舞にも悠仁との熱愛報道が流れている。
あかりちゃんともすっかり仲良くなっているようだ。
いろいろあったけれど舞が笑顔で居る事がすごく嬉しかった。
そしていつも全力で応援してくれていた優奈と私の家族に信のライブを招待していた。
私が今までやって来た事をやっと見せることができて嬉しかった。
信に会わせる為に楽屋へ連れて行くと優奈は凄く興奮していた。
信だけじゃなく他の芸能人にも会えた事が嬉しかったらしい。
でもいつの間にか優奈は出会いが欲しいと言わなくなっていた。
信は私の家族にはすごく優しく接してくれている。
最初は記事もあって反対していた両親も、信と関わって行くうちにわかってくれたみたいだ。
両親が納得するまで頑張ってくれた信にも感謝している。
夫婦になった後も練習中の私に対する接し方は変わらない。
圭や美雨と同じように指示してくれる。
いや、もしかすると圭達よりもひどいかもしれない。
時にはちょっとした事で喧嘩をするけれど、私のお腹が鳴ればいつの間に笑っている。
いつものように新居で過ごしていると、私のミサンガがついに切れてしまう。
「あ!」
「どうした!?」
私の声を聞いて駆けつける信。
信は切れたミサンガを見ていた。
「お! で、願いは?」
やっぱり聞いてきたか。
「……言いたくない」
「それはダメ」
「えー信も言わなかったじゃん!」
そう言うと、あの時のように「俺はこれだから」と言って私の手を握って来る。
「私も同じ」
私は信のやり方に便乗する方法で逃れていた。
「うわ、適当―」
そう言いながら信は嬉しそうな顔をしている。
「ま、今日は結婚記念日だし、いっか」
何が良かったのか信はそれ以来聞いてこなくなった。
【信とずっと一緒に過ごせますように】
という私の願いは秘密だ。
今日は初めての結婚記念日。
もう公認夫婦だから隠れる必要がない。
私達は気にせずに昼間はいろんな所へ行って楽しんでいた。
意外と皆は知らないふりをしてくれるからありがたい。
写真を撮られる事もあるけれど、その時はしっかりピースをしている。
夜は絶対にあの海へ行く事を決めていた。
海を眺めた後はアルムでご飯を食べ、私たちは毎年そうやってここで祝う事にしている。
店長にもずっと頑張ってもらわないといけないから、今のうちに「体を壊すな―!」と圧力を与えている。
そういえば優奈と店長はついに付き合い始めたようだ。
優奈が出会いを求めなくなった理由がやっとわかってしまう。
そしていつも支えてくれた龍にも彼女ができていた。
龍に似てすごく優しくて天使の笑顔をした人だった。
信が言うには私に似ているらしいけれど、私には正反対にしか思えない。
なぜなら天使の笑顔なんてしていないから。
大切なお兄ちゃんを盗られたような、そんな複雑な気持ちになったけれど幸せそうな龍の顔を見ているとですごく嬉しかった。
気付けば私の周りは皆幸せになっている。
すごく不思議だ。
人は笑顔で居ると幸せになれると言うけれど、それは本当かもしれない。
そして、周りにも伝染するのかもしれない。
私には王子様が居た。
少し素直じゃないけれど優しくて守ってくれる王子様だ。
理想の王子様のようにはいかないけれど……私にとっては世界にたったひとりの王子様だ。
あなたの王子様もきっとどこかであなたを探しているはず。
理想とは違うかもしれない……けれど一緒に居て幸せなら、それがあなたの王子様なのだと私は思う。
いつ出会えるのかもわからない王子様だけれど
必ず出会えるはずだから
良い事も悪い事も思い出にして
笑顔を絶やさずに楽しく生きていく。
それが王子様に出会える、一番の近道なのかもしれない。




