明日は来ない
「これって……私!?」
まさかの事態に混乱していた。
「二人って付き合ってるの?」
「そ、そんなわけないじゃん!」
「じゃあどうして……」
圭と美雨も困惑している。
記事を読むと私が信を誘惑したことになっていて全て女が悪者のように書かれていた。
既にネットやテレビでもニュースになり、ファンの間ではその女探しが始まっていた。
もし見つかれば私は生きていけないかもしれない。
「落ち着こう。 昨日のことをゆっくり教えて」
美雨は冷静になって聞いてきた。
舞に言われてあの場所に行き、信に偶然会った事など、全てを二人に話していると、龍がやってくる。
「あの写真、空だよね?」
龍も驚いた顔をして聞いてくる。
私も驚いた顔で頷くと、龍は不思議な顔をしていた。
「この写真どこで撮られたかわかる?」
龍にも美雨達に話した事を全て話していた。
「どうも舞が怪しいな」
龍の発言に美雨と圭もうなずいていた。
「すみません、私のせいでこんなことになってしまって……」
「大丈夫、マスコミは空の存在に気付いてないから、なんとかバレないように方法を考えるから」
皆に迷惑をかけて落ち込んでしまう。
「空は私達が守るから、大丈夫だよ!」
美雨達の言葉で救われていた。
「とりあえず信は自宅待機にしてあるから今日は練習中止にするね。三人とも帰ってゆっくりしていて」
龍の言葉に驚いてしまう。
「でも対応が……」
「大丈夫。空も生放送で疲れが溜まっているだろ? 今日はゆっくり休んで。また倒れられたら心配だしさ!」
龍の優しさに少し泣きそうになる。
そう言われてありがたい反面、申し訳なくて不安になっていた。
「大丈夫、俺らが居るから」
そういって龍は私の頭を撫でる。
私は本当に心から感謝していた。
龍達と別れ、とぼとぼ家に帰っていくと家の前に車が止まっていた。
窓が開き中には舞が乗っていた。
「話があるから乗ってくれる?」
いきなりの出現で私はどうしたらいいのか分からずにとりあえず乗りこんでいた。
「空ちゃんニュ―スみたでしょ?」
「はい」
「どうするの?」
舞の質問の意味がわからなかった。
私は真実を確かめるために舞に聞いていた。
「あの写真は舞さんが関わってるわけじゃないんですよね? 昨日偶然とられちゃっただけですよね?」
私は恐る恐る聞いていた。
舞は突然笑いだし「空ちゃんって、頭悪いの?」と言っていた。
私の頭は混乱してしまう。
「あの写真は私が記者にタレこみをしたの。 私が教えた場所に行けば信の浮気現場が見れますよって」舞は笑っていた。
「ど、どうしてそんなことを!?」
「どうしてって……あんたが目ざわりだから。 信にまとわりついていてイライラしてたの。 お願いだから信の前から消えてくれない?」
残酷な事を言う舞の顔はすごく恐ろしかった。
私は信じられなくて体が震えていた。その姿をみて舞は笑っていた。
「よく考えといて」そう言うと車から降ろされ舞は去って行く。
放心状態で家に帰ると、携帯にメ―ルが届く。信からだった。
――大丈夫か? お前は何も気にしなくていいからな
私は心が痛かった。自分のせいで皆に迷惑をかけて、信も世間のイメ―ジが下がっていく。
このままだと、信の芸能人生まで終わるかもしれない。
ずっと考えていると、寝る事さえ忘れていた。
日が昇りはじめ携帯にメ―ルが入る。相手は龍からだった。
――まだ寝てるかな? 今、空の家の前にいるんだけれどよかったらドライブしない?
窓を開けると、龍が車から顔を出して手を振っていた。
すぐに車へ向かう。
車に乗ると龍はいつも通りだった。
「ん―あまり寝れてないみたいだね」
顔をみるなりすぐにバレていた。
「眠れなくて……」
「そっか。 じゃあ、あの海に行かないとね!」
そう言って龍は笑顔で車を走らせる。
海に着くと、私はずっと海を見ていた。何もしゃべらずにただ海を……。
自然と涙が溢れていた。
ただダンスをしたかっただけなのに、自分のせいで周りが苦しむことになるなんて思っても無かった。
ただ、悔しかった。
龍は上着をかけて何も言わずにずっと側にいてくれた。
私が落ち着くまでずっと……。
家まで送ってもらうと、龍は「今日も家にいなさい、社長命令」と言って笑顔で去って行く。
私は龍の優しさに癒されていた。
テレビをつけると、信のニュ―スばかりだった。
私はどんどん悪者になり舞の評判はどんどん良くなっている。
舞はインタビュ―にも答え泣きながら信は悪くないと訴えていた。
それもきっと演技だ。
舞がこんなことをしてまで信を好きな気持ちは伝わっていた。
だけど、やり方は納得できなかった。
私はもう一度、舞と話す事にする。
舞に連絡すると今日の夜、CORE事務所へくるように言われる。
私は夜までに頭の中を整理して事務所へ向かっていた。
CORE事務所の前にもたくさんのマスコミが駆けつけていた。
事前に聞いていた裏口から入っていくと、舞が待っていた。
「考えは固まった?」
上から目線で話してくる舞。
「私はやめません。 ここまで皆で頑張って来た事を無くすことなんてできない」
「何言ってるの? あんたのせいで信のイメ―ジは落ちてるのよ!」
「舞さんが信を好きな気持ちはわかります。 だけどこんなやり方をしても信は振り向きません!」
私は震える手に力を入れて言っていた。
「あんた何様? いいわ、このスキャンダルよりも痛い目に合えばいいのよ」
舞は怖い顔で睨みつけるとどこかへ行ってしまった。私は一気に力が抜け座り込んでしまう。
そこへある人に声を掛けられる。
「どうしました? 大丈夫ですか?」
そう言って私を椅子に座らせてくれた。
「君は確か……龍君のところのバックダンサ―じゃないかね?」
「え、どうして……」
「生放送、しっかり拝見しましたよ。 君のダンスを見ているとすごく楽しめました」
そう。この人があの金沢社長だった。
金沢社長は優しい心の持ち主のようだった。
そんな社長に舞の話をしにくかった。
「あ、もうこんな時間だ、私は失礼するよ」
そう言って金沢社長が行こうとしたとき、また戻ってきて私の名前を聞いてくれた。
名前を言うと「良い名前だ」と言ってくれた。
社長が良い人だと余計に苦しくなってしまう。
いっそのこと悪い人だったらよかったのにと思ってしまった。
家に帰ると体が疲れていたのか、知らぬ間に眠っていた。
翌朝テレビをつけると新たなニュ―スが入っていた。
それは、浮気女が舞を殴ったという内容だった。
舞は頬をガ―ゼで覆い、怪我をしたように装っていた。
舞のファンは更に怒りネット上では、浮気女に対する誹謗中傷が飛び交っていた。
まだ誰にも気付かれてはいないけれど、私はもっと外に出られなくなっていた。
龍から今日も練習中止の連絡が入り、心配してくれていた。
すると信からメ―ルがくる。
――外見て
窓を開けると、バイクに乗った信が居た。
私はびっくりしていた。信が手招きをしている。
でもまだ何の準備もできていなかった。
私は手招きをやり返すと、信がバイクを降りて部屋に来てくれた。
「まさかの部屋着!」
信は笑っていた。
「うん、休みの日はいつも部屋着だもん」
「そりゃあ出会いもないわけだ」
「なに? うるさいんだけど」
突然の訪問でも私は嬉しかった。
一人でいるのは正直苦しくなっていたから凄く救われていた。
準備をしている間も信と言い合ったり笑ったりして楽しくなっていた。
二人はバイクに乗ると、あの海へ走っていく。
夜とは違い、昼の海も綺麗だった。
「あ―こんな昼間にこんなところに来たのは何年ぶりだろ?」
信の発言でデビュ―してからの多忙さが伝わる。
「お前なんかやりたい事ないの?」
「ん―、映画が見たいかなぁ」
「映画か……あ!行こう、俺良いとこ知ってる」
信は嬉しそうな顔をしていた。
二人はまたバイクに乗って信がおすすめの映画館へ向かった。
着いた場所は小さな映画館だった。
駐車場にはひとつも車が止まっておらず、人もいなかった。
中へ入ってもお客さんは一人もいない。
「ここ大丈夫なの?」
「まかせろって」
そう言って信は映画館のおじさんを呼んでチケットを買っていた。
人がいないからど真ん中を独占できた。
照明が暗くなり映画が始まり、今流行りの映画かと思いきや、かなり昔の映画で恋愛物だった。
私は一気に見る気を失ってしまう。
ところが見ているうちに思わずハマってしまい続きが気になっていく。
中盤が差しかかった所で、主人公とヒロインのキスシ―ンが流れてしまう。
私はなぜか急に変な緊張をしている。
横目で信をみると、信も気まずそうにしているようだった。
気を紛らわすためにポップコ―ンに手を伸ばすと信と手が触れてしまう。
私は手をどうすればいいのかわからずにゆっくりと自分の所へ戻していた。
すると、信がその手を掴み自分の手と繋いできた。
私は心臓が飛び出しそうなほど緊張していた。
映画がまったく頭に入ってこない。
ずっと緊張していると、信の頭が私の肩に寄りかかって来る。
どうやら信は眠ってしまったようだ。
もしかしたら、信も眠れなかったのかもしれない。
私も安心したのか、信に寄りかかるように眠っていた。
目を覚ますと信が微笑んでいた。
「ごめん。寝ちゃってた」
「俺もさっき起きたとこ」
おじさんにお礼を言って外に出ると辺りは暗くなっていた。
どうやら二人でぐっすり眠ってしまったようだ。
ということはおじさんは見張ってくれていたのだろうか?
映画館をみると閉館の看板が立っていた。
おじさんは気を使ってくれたらしい。
本当に感謝してもしきれなかった。そして二人はまた海へ向かった。
海を眺めていると、信が口を開く。
「お前さ、何か悩んでる?」
「え?……」
信もわかっているようだった。私は分かりやすいのだろうか?
「何も悩んでないよ。 それより! そのお前って止めてくれない? 名前がちゃんとあるのに……」
私は咄嗟に話を変えていた。
「え? 名前あったんだ」
信は冗談を言って笑っていた。
私はこんな風に毎日が過ごせればいいのにと思っていた。
二人はアルムでご飯を食べると帰って行く。
翌朝、やっと練習開始の連絡がきていた。
私は嬉しくて朝一で練習室へ向かった。
信や美雨、圭と龍もすでに集まっていた。
信が龍に呼ばれて部屋を出て行くと、三人で舞の話題になった。
私は舞に会ったことを二人には言っていた。
「やっぱり舞ちゃんだったんだ。 でも証拠がないから解決しようもないよな……それよりこの俺が見抜けなかったとはー!」
圭は悔しそうにしている。
「圭は綺麗な女の人に弱いからねー。 私は最初から舞を信用してなかったけど」
美雨は怒っているようだった。
「どうしたらいいんだろう……」
私はどうすれば解決するかを考えていた。
「空、もう舞には会わないようにしてね……心配だから」
美雨の気持ちはすごく嬉しかった。
信が戻ってくると、三人の話は中断した。
信には舞の事を言いたくなかった。
信に言えば、きっと舞の所へいって怒りをぶつけると思ったからだ。
信を好きな同士、私はちゃんと舞と向きあいたかった。
久々の練習がいつもよりきつく感じていた。
休んでいた分、体が怠けたようだ。
それでもダンスをすると嫌な事を忘れるほど楽しかった。
夜になり練習を終えて帰る頃、舞からメールが届く。
――CORE事務所に来て
次は何を言われるのか怖いけれど、行くしかなかった。
「おい、アルム行こうぜ」
信に声を掛けられ手を後ろにして携帯を隠す。
「ごめん、この後用事があって……明日なら大丈夫だよ!」
「そっか……てか何か隠した?」
「え? 何も無いよ」
「嘘だな、出せ」
信は楽しそうな顔で後ろを見ようとしていた。私も必死で抵抗していた。
「おいおい、イチャつくなよなー」
圭と美雨がニヤニヤしながら見てくる。
「そんなんじゃねーよ」
信は恥ずかしそうにしていた。
「じゃあ、明日海行こうね!」
そう言って部屋を出て行くと「海ってなに?」と部屋の中から圭達の声が聞こえていた。
すごく楽しそうな声が。
私はこの生活を守る為にも、早く舞の事を解決しようと思っていた。
事務所を出て目の前にある横断歩道が青になる。
駆け足で渡っていると、そこへ一台の車が警笛を何度も鳴らしながら近づいてくる。
私は音と恐怖で体が動かなくなっていた。
車はブレーキを踏む事もなく更に加速をしながら私に向かってきた。
一瞬で私は全身に激痛が走り空を飛んでいた。
こうやって人は死ぬのかとなぜか冷静に頭が働いていた。
そのまま地面に強く打ち付けられ頭に痛みが走る。
そして頭のどこかから血が流れはじめているのが自分でわかっていた。
遠のく意識の中、車から降りてきた男は笑っていた。
「お前が舞ちゃんを殴るからだ!」
そう言って笑っているみたいだ。
私は次第に目を開ける力もなくなっていく。
そこへ何人かの足音が聞こえてくる。
どうやら音を聞いて集まって来たようだ。
「捕まえるぞ!」
誰かがその男を取り押さえているようだった。
「美雨! 救急車!」
あ、美雨ってことは圭の声かな?
そして、誰かが私を抱き泣いているようだった。
「嘘だろ……空! 空!」
誰かが私を呼んでいる。
頑張って目を開けるとそこには信の姿が見えていた。
泣いているようにも見える。
「大丈夫だ……もうすぐ……救急車が来るからな……」
「信……」
「おお……明日海に行くんだろ……アルムでご飯食べるんだろ?……」
「うん……」
「なにやってんだよ……」
「ごめんね……(相談しないで)」
私はそのまま意識が無くなっていた――
最後に聞こえた言葉は「あいしてる」だった気がする。