気付き始める心
頭が混乱して全く眠れなかった。ご飯や水も喉を通らずに朝を迎えていた。
お腹が空かないのが不思議なくらいだ。
そこへ優奈からメールが届く。
――空、大丈夫?
あれから返事を返すのを忘れていた。
――大丈夫。ちょっと驚いてる。
――きっと何か理由があるんじゃない?とにかく、信にききなよ
――うん。ありがと。
優奈の心配はありがたかった。でも頭が混乱して何も考えられなくなっている。
事務所へいくとマスコミが更に増えていた。
熱愛を認めたことで余計話題になっているようだ。
裏口から入っていくと偶然龍に会う。
「おはよ!」
「おはようございます……」
そう言って練習室へ行こうとすると龍に腕を掴まれる。
「大丈夫? 顔色が悪いみたいだけど」
「大丈夫です……」
話していると外が騒がしくなる。どうやら信が来たらしい。
マスコミはカメラを光らせながら質問攻めをしている。
信はスタッフにガードされながら中へ入ってくる。
「おはよ」
龍が信に声をかけると「おぉ……」と言っている。
目が合うとすぐに逸らしていた。
「私、先に行きますね」
私は信から逃げるように練習室へ向かった。
中に入ると誰もいない。圭達はまだのようだ。
するとすぐに信も入ってくる。
二人きりになり、話す気にならない私は練習の準備を始めていた。
きまずい空気が流れていく。
「あのさ……」
信に声をかけられ私が信を見るとちょうど圭と美雨がやってくる。
「おはよっすー! あ、信! よくも舞ちゃんと!」
圭は信を見つけると羨ましそうに文句を言っていた。
側にいた美雨は「圭やめなよ!」と怒っている。
そのまま美雨が近くにくる。
「空、大丈夫? 顔色が悪いよ」
ご飯を食べてないだけでそんなに顔色が悪くなるなんて。
「うん、大丈夫だよ! 練習しよっか!」
私は心配をかけないように平気な振りをしていた。
「いいよな~あんな可愛い子が彼女なんて――」
圭はまだ信に文句を言っていた。
「圭! 練習するから早く準備してよ!」
美雨は怒り口調で圭に言っている。
「こわー。 信、ああいう女には気をつけろよ」
圭の声は広い部屋に反射して四人にしっかり届いていた。
美雨はさらに怒りだし圭を叩いている。
どこまで仲がいいのだろうか。羨ましいくらいだ。
いつも通りの練習なのに、今日は体が上手く動かず辛くなっていた。
なんとか気合いで乗り越えていく。
「じゃあ、月曜日の撮影はこんな感じでよろしく」
信がそう言って練習を終えると、安心したのか体に力が入らなくなりそのまま倒れ込んでしまう。
「空!」
美雨と圭が言っている気がする。
目を覚ますとベッドに横になっていた。
腕には点滴の針が刺さっている。どうやらここは病院のようだ。
「空、大丈夫?」
声のする方を見ると美雨が心配そうな顔で覗きこみ横には圭も立っていた。
「うん……どうしてここに?」
「練習の後、倒れちゃったんだよ。 急に倒れたからびっくりしちゃった」
美雨に言われて驚いてしまう。倒れるなんて人生で初めてだから。
「ごめんね」
「ううん、それより信が病院まで運んでくれたんだよ」
私は複雑な気持ちになってしまう。
「あの時の信、格好よかったよな!」
圭は相変わらずだ。美雨に睨まれると委縮していた。
そこへ信と龍がやってくる。
「空、大丈夫か? 軽い貧血だって。 ご飯ちゃんと食べれてないだろ?」
龍は心配してくれていた。信は後ろに居て何もしゃべらない。
携帯の着信音が鳴り、信が携帯を開くと誰かからメールが来たみたいだった。
「用事あるんだろ? 点滴終わったら俺が空を送って行くから」
龍がそう言うと、信は「わかった」と言って行ってしまう。
「圭と美雨も帰って良いよ。 俺が見てるから」
二人は顔を見合わせ「空、またね」と言って帰って行った。
龍と二人になると、龍はベッド脇の椅子に座って「ゆっくり休んでていいよ」と言ってくれた。
私はそのまま安心して眠ってしまう。
再び目を覚ますと、手を握られている感覚があった。
手に目を向けるとそれは龍だった。椅子に座ったまま眠っている。
私はどうすればいいのかわからず、そのままの状態でいるしかなかった。
そして龍が目を覚ます。
「あぁ、起きた? あ、ごめん!」
起きてすぐに気付いたのかすぐに手を離していた。変な空気が漂ってしまう。
「えーっと……点滴終わったみたいだから帰ろっか」
そういって龍が微笑むと私も微笑み返す。
準備をしている間に龍が全て手続きを済ませてくれた。
車に乗り送ってもらう中、私は無言のままずっと外を眺めずっと信の事を考えていた。
「少しは元気になった?」
龍に声を掛けられ我に返る。
「はい、すみません迷惑かけて」
「迷惑なんて思ってないから大丈夫だよ。 どこか寄る所ある?このまま家に帰っていいのかな?」
私は一人になりたくない気持ちがあった。
「はい、家で大丈夫です」
でも、そんなわがままは言えない。
「あ、ごめん、ちょっと寄り道してもいい?」
「はい!」
心の声が聞こえたのだろうか。龍は車を走らせどこかへ向かっている。
着いた場所はあの海だった。
「ここって……」
「あれ? 知ってるの?」
「はい! 私ここ大好きでよく来るんです!」
海に着いた途端、すっかり元気なっていた。
「俺もここが好きでさ、へこんだ時とか来てるんだ」
そういって龍は微笑んでいた。龍はどこまで私に似ているのだろうか。
龍の優しさにいつも癒され感謝していた。
でも、頭の中には常に信が居る。
私は本当に信を好きになってしまったみたいだ。
いつも優しい龍ではなく、冷たい信に……。
それに気付いた所でどうにもならない。
白川舞に勝てる女はこの世にいないのだから。
私は自分の恋をこのまま消そうとしていた。
心の底に押しこんだこの気持ちを封印するため、私は大好きな海を眺めながら信の想いをこっそり置いて帰っていた。
家に帰ると、不思議な事にすっきりしていた。
明日から、信のバックダンサーとしてしっかり働こうと切替えていた。
翌朝、練習室へ向かうと圭と美雨が居た。
「空、もう大丈夫なの?」
早い回復に二人はびっくりしていた。
「うん! もう大丈夫!」
三人で話していると龍がやってくる。
「おはよ。 元気になったみたいだな」
「はい! 昨日はありがとうございました」
龍と微笑み合っていると、圭がニヤニヤしていた。
「今日は仕事で信が来ないから三人で練習してね」そう言って龍は部屋を出て行く。
「あの後すぐ家に帰ったの?」
疑いの顔で圭が聞いてくる。
正直に話してはいけない気がして適当に誤魔化すと、「ふ~ん」と言って圭はずっと疑っているようだった。話していたらきっと面倒くさい事になっていたはずだ。
三人で練習をしているとあっという間に夕方になっていた。
「飯行こうよー」
圭の提案に私と美雨は乗っていた。そこへ龍が入ってくる。
「終わった? これからご飯食べにいくんだけど三人もどう?」
「すみません! 俺と美雨、予定入ってて……空、行ってこいよ!」
そう言って圭はニヤニヤしている。
美雨は圭の勝手な発言に不満そうな顔をしている。なんだか面倒くさい気がする。
「じゃあ、空行こうか。 二人とも気をつけて帰れよー」
流れで私は龍と二人でご飯に行く事になる。
「は~い」と圭が笑顔で返事をする中、美雨は圭に文句を言っているようだった。
それでも圭は「早く行け」と手で払うジェスチャーをしてくる。
圭は何がしたいのかさっぱり分からず、私は首をかしげながら龍の後をついて行った。
龍が行きたかったお店に行く事になり着いた場所は綺麗な夜景が見える高そうなレストランだった。大人な世界に少しおどけてしまう。
席について龍と楽しく話していると、偶然信と舞がお店に入ってくる。
私はとにかく目を合わせないように下を向いていた。
「あれ? 龍じゃん! 空ちゃんも居るー!」
舞に気付かれ声を掛けられてしまった。
顔を上げると二人は腕を組み、舞は楽しそうに龍と話している。最悪だ。
「せっかくだし、一緒に食べようよ!」
舞の提案に誰も拒否しなかった。
あれ以来の二人の登場に周りの人は驚いているようだった。
龍が気を遣い個室を取ることになる。
不思議な四人の食事が始まった。
食事中、舞は私達に興味をもっているようだった。
「二人でよくご飯に行くの?」
私が返事に困っていると「たまにね」と龍が答えていた。
龍が居なかったら私はどうなっていたのだろう。考えただけでも身震いがする。
緊張して喉が渇いた私はグラスに手を差し伸べると上手くとれずに倒してしまう。
水は横に居る龍の方向へこぼれ、咄嗟に自分の手で水の流れを止めようとしていた。
でも水は止められず龍のズボンを少し濡らしてしまう。
「すみません!」
私は急いでハンカチを取り出し龍のズボンを拭いていると、龍は私の手を取り席に座らせると自分のハンカチで私の服を拭いてくれた。私も知らぬ間に濡れていたのだ。
「大丈夫?」
そう言って拭いてくれる龍のズボンも濡れている。
「私は大丈夫です! でも龍のズボンが……すみません」
「俺は大丈夫だよ」
龍は私の服を拭きながら微笑んでいた。
すると店員さんがタオルを持ってきてくれた。
いつの間にか龍が頼んでいたようだった。
龍は私にそのタオルを渡すと席に着く。
「龍優しい! 私にはそんなことしてくれないんだよ!」
舞は興奮気味に私に訴えていた。
「そうだっけ?」と龍は困った顔をしている。
「そうだよー。 ま、信が優しいからいいんだけどね!」
そう言って舞は信に寄りかかると「離れろよ」と言いながら信は怒った顔をしている。
「照れなくてもいいじゃんー!」
跳ね除けられても嬉しそうな顔の舞。
なんだこのバカップルは。なぜか見ていて気分が悪くなっていた。
「舞さんには優しいんですね」
私の心の声は三人に聞こえるように発していた。
言うつもりなんてなかったのに何を言っているのだろう。
「うん! 空には優しくないの?」
「はい。すっごく冷たいです!」
私は信に訴えるかのように信の目を見て言っていた。
「は? お前みたいなドジにどう優しくするんだよ」
信の言い方に余計腹が立ってしまう。
「別に優しくして欲しいなんて頼んでませんけど!」
私は思わず席を立ち信に言い返していた。
龍と舞は驚いた顔をしている。
咳払いをして誤魔化し、大人しく座ると信は私をみて『バカ』と口が言っていた。
悔しかったけれど、我慢するしかなかった。
その後は、舞がずっとしゃべっていて信との出会いや練習生時代の話など、楽しそうに話していた。私は聞くのに疲れ、あまり聞いていなかったけれど、龍はちゃんと相槌をうって大人の対応をしていた。
それなのに信は無言のまま食事をしている。
相対的な二人なのに仲が良いのが不思議なくらいだ。
食事も終わり外で車を待っていた。
「じゃあまたな」
「うん! またご飯行こうね!」
龍と舞が話すと、信は挨拶もせず車へ乗り込む。
舞は慌てて助手席に乗り込んでいた。
この前まで自分が座っていた場所に舞が座る姿を見ると傷つく自分がいた。
(だめだめ、切替ないと)
なんとか自分に言い聞かせながら平気なフリをしていた。
信達が行った後、龍の車に乗り込み家まで送ってもらっていた。
「舞の話、疲れたでしょ?」と言って龍は笑っている。
「少し……」と言うと龍は舞の事を話してきた。
「舞は昔からあんな感じなんだ。 明るいんだけど空気が読めない所があるから周りから距離を置かれることもあってさ。」
あんなに明るくて綺麗で、悩みや苦労がなさそうな舞にも辛い事があることを知ってしまう。
「良かったら仲良くしてやってね!」
舞は苦手なタイプだけれど、龍に言われて嫌とは言えなかった。
それにもう少し話せばもしかしたら仲良くなれるかもしれない。
私は苦手を克服しようとしていた。
家に帰り信達の事が気になっていた。
でも気にならないように明日のバイトの事を考えていた。
久々のバイトだけれどバイトは明日で最後だ。
バックダンサーの契約をしたから辞めるしかなかった。
本当は辞めたくなかったけれど、日々ダンスが忙しくなり週に一回、入れるか入れないかが続いていた。
センター長はそれでも良いと言ってくれたけれど、みんなに迷惑をかけるだけだと思い、辞める事をセンター長に話していた。
悲しいけれど皆と楽しかった日々を思い出して眠りについていた。