気になる
信と白川舞は楽しそうに会話をしていた。
仲良く話す姿を見て声をかけることができなくなっていた。
「やっぱ、こう見ると美男美女だよなー」
圭の言葉が私の心に突き刺さる。
「そうだね……」
なんだか苦しくなっていた。
「圭、空! こっちだよ!」
美雨は少し怒った様子で私達を呼んでいた。
美雨について行くと龍が現場を仕切っていた。
(こんなこともするんだ)
いつもと違う龍を見て感心していた。
「三人こっちにきて!」
龍に呼ばれてステージへ上がると、感じた事のない不思議な感情が込み上げていた。
人生で初めてステージに立った瞬間だった。
周りを見渡していると、信と白川舞が目に入ってしまう。
見たくないのに、目が勝手に追いかけていた。
機材の音で二人が何の話をしているのかはわからない。ただすごく楽しそうだ。
「空、こっち」
切替ながら龍の指示通りに立ち位置の確認をしていたけれど、気になって信の方を見ながら歩いていると、足元を滑らせてしまう。
私は龍に支えられ転ばずに済んでいた。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうご……」
顔を上げると顔が近くて驚いてしまう。龍も驚いた顔をしていた。
すぐに離れると美雨が心配してくれた。
「危ないなー、ここ濡れてるぞ!」
龍は水をこぼしたスタッフを怒っていた。
小さなことでも、それが事故に繋がることを証明していた。
「とりあえずこんな感じで撮影するから、距離感覚えといてね」
「はい!」
「今日はこれだけだから、時間までそのへん見学しててもいいよ」
「いいんですか!? やったー!」
三人で浮かれていると、「他の人に邪魔にならないようにね」と龍が釘を刺していた。
龍には三人の行動がお見通しのようだ。
三人の楽しい現場見学が始まる。
ところがどこから見て良いものか分からなくなっていた。
三人で立ちつくしていると信と白川舞がやってくる。
「終わった?」
信の声が聞こえたけれど、目を合わせられなかった。
「はい!」
圭は白川舞を見ながら元気に答えている。
「舞、この三人が俺のバックダンサー」
(下の名前で呼び合う仲なんだ)
「あー! この人達だったんだ! 初めまして、白川舞です。 舞とか舞ちゃんとか自由に呼んでね!」
舞は明るい性格のようだ。
私達もそれぞれ自己紹介をしていくと圭はすごく嬉しそうに話していた。
そんな姿を見て美雨は機嫌が悪そうだ。
私が自己紹介をすると、「あ、さっき転んだ子でしょ!」と、舞は楽しそうに言っていた。
私が苦笑いになると「龍と仲いいの?」と質問されてしまう。
返事に困っていると、「お前うるさい」と信は舞に言っていた。
舞は「ひどーい」と言いながら楽しそうにしている。
二人は本当に仲が良いみたいだ。私は二人の声を聞くのも嫌になっていた。
「ところで何やってんの?」
「見学したいんですけど、イマイチどこから見ていいのかわからなくて……」
圭が困った顔で答える。
「じゃあ俺が案内しようか? 仕事終わったとこだし」
「あ、私も案内する!」
舞の参加に圭は嬉しそうに反応している。
「何でお前まで来るんだよ」
「私も仕事終わったから。 ね、いいでしょ?」
舞は可愛い顔でこっちに聞き、圭は即答で了解していた。
最悪だ。まだこの二人と一緒にいないといけないなんて……。
私の心は爪楊枝で突つかれているような痛みが走っていた。
反論できるわけも無く、私達は信と舞の後に続いて歩いていた。
信は美術・音響・照明などいろんな職種の説明や道案内、注意事項などを丁寧に教えてくれた。
その間も、舞が口を挟んでは信に怒られ、それを楽しんでいるようだった。
圭と美雨は感動しているのか、目を輝かせながら口を開けっぱなしで聞いている。
私は信達が気になってそれどころじゃなかった。
「せっかくだし、出演者に挨拶しに行く?」
信の提案に信と美雨は喜んでいた。
五人で出演者の楽屋まで歩いていると、トイレを発見する。
「ごめん、トイレ行くから先に行ってて」
美雨に小声で伝え私は一人トイレに向かっていた。
トイレで気持ちを入れ替える努力をしていた。
トイレから出ると、どっちから来たのか分からなくなってしまう。
でも、それが少しだけ救われた気分になっていた。
今はみんなと居ても楽しめる自信がない。
私は一人で適当に歩いていた。
「あれ? 空?」
後ろから声がして振り向くと、龍が立っていた。
少し不安だったから龍に会えて安心する。
「圭と美雨は一緒じゃないの?」
「あ、ちょっとはぐれちゃって……」
「ん? どうした? なんか元気なさそうだけど」
なぜだろう。普通にしていてもすぐに気付かれる。龍は私の心が見えるのだろうか?
「初めてで疲れちゃったみたいで……それより、信と舞さんが案内してくれてたんですよ!」
誤魔化しながら気丈に振る舞うと、龍は「そうだったんだ」と言いながらまだ私の様子を疑っているようだった。
「屋上は行った?」
「いえ、行ってないです」
「ここの屋上すごく眺め良いんだ。 行ってみよっか!」
そう言って龍は屋上まで案内してくれた。階段を上がると、すごく綺麗な景色が広がっていた。
屋上なのに木や花も綺麗に整備され、周りの建物よりも高い場所にいた。
遠くには高層ビルやマンションが立ち並び、緑のない街が見える。
オレンジ色の空を鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。
ベンチに座ると、日が沈む姿をしっかり見る事ができる。
私はすごく癒されていた。
「ここに居ると癒されるんだよな~」
龍は少年のような笑顔をみせ、しばらく二人でベンチに座って話していた。
あっという間に太陽が見えなくなり、ほんのりとした光だげが残っていた。
「そろそろ圭達探すか」
龍と階段を降りて戻っていくと、遠くに居る圭達を発見する。
こっちに気付いた美雨が手を振っている。側には舞と信もいるみたいだ。
笑顔で近寄っていくと「どこ行ってたんだよ!」と信は凄い剣幕で言ってきた。
「道に迷ってたみたいで、偶然会ったんだ」
後ろから龍が庇うように言ってくれた。
信は龍を見た後、また私を見て睨んでくる。
「良かった~皆、心配してたんだよ」と美雨が言うと「龍と一緒で安心した!」と圭は笑顔になっていた。私は皆に心配かけたことを謝っていた。
「別にどこに行こうが関係ないけど、周りに迷惑かけるなよ!」
信はまだ怒っているようだった。
「……だから謝ってるじゃん」
一方的な信に私もつい反論してしまう。
誰もしゃべらなくなり、重い空気が流れていた。
「まぁまぁ、合流できたんだしそろそろ帰りますか! 舞もまたな!」
私は龍の一言に救われていた。
皆で車に乗り事務所へ戻る間、誰もしゃべらず外を向いていた。私はずっと信に腹が立っていた。
「じゃ、また明日!」そう言って方向が同じ圭と美雨は、一緒に帰っていく。
「お腹空かない?」
龍が空気を変えるように聞いてきた。
「はい、少し……」と答えると、信は「俺、帰る」と言って帰ってしまった。
私はその態度も気に食わなかった。
私と龍はレストランへ行くことになった。
そこは最近有名な場所で、評判のお店だけれど、高くて行けないままだった。
「ここ来たかったんですよね~」
「お! 初めて?」
「はい、高くて近寄れなくて……」
そう言うと龍は笑っていた。
「やっぱり空はおもしろいなー。 あ、何食べる?」
メニューの言葉が難しくて悩んでいると、龍はいろいろ教えてくれた。
料理を決めて店員さんを呼ぶと、龍が全部注文してくれた。
龍と話しているといつのまにか笑顔に戻っていた。
「良かった、笑顔になって」
「え?」
「疲れてるのかなーと思って」
龍は私を気づかってくれたようだ。
「すみません、あんな空気にしちゃって……つい反論しちゃって」
「まぁ、信も言い方が悪いからな。 気にしなくていいよ」
龍はいつも優しくしてくれる。信とは大違いだ。
私はずっと信の愚痴を言っていた。龍は嫌な顔せずにずっと聞いてくれた。
家まで送ってもらい龍に感謝を告げると、「またいつでも聞くから」と言って帰って行った。
どこまで良い人なのだろうか。龍は私のオアシスになっていた。
家に帰り、落着いて考えていると自分にも悪い所があったとも思えていた。
信にメールをしようと携帯を手にとっても、言葉が出てこなかった。
ベッドに横になったまま、どうやって仲直りをするべきかずっと考えていた。