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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章⑤

 ミヤビは教室を出て一目散に美術室に向かった。南校舎の二階にある一年三組の教室から職員室の前を通り北校舎に通じる渡り廊下を歩き、左折、図書室、地理室、自習室の前を通過後、右手に見える階段を二階分昇り、つまり四階に出て、左手に見える音楽室がある方と逆に進む。家庭科室の隣、そこに美術室がある。

 明かりが点いている。音はしていない。扉を触ると動いたので、横にスライドさせた。

「こんにちは」

 ミヤビは笑顔で言って室内に入る。扉はきちんと施錠する。

「あ、ミャアちゃんだ」

 窓際の流しの手前、カーテンを揺らす風の中で筆を持ちキャンバスに向かっているのは、美術部の部長である、三年の桜吹雪屋藍染ニシキだった。彼女はミヤビを一瞥し、筆を置いた。そして「うーん」と伸びをしてキャンバスに白い布を掛ける。

 ミヤビは鞄を机の上、ニシキの鞄の横に置いた。そして椅子を移動させてニシキの隣に座った。これで美術部の三分の二が揃った。美術部のメンバはニシキとミヤビと、それから丈旗だけだった。丈旗はもう、多分、美術部には来ない。退部届けは出てないけれど、五月の頭にミヤビと色々あったので、もう来ないと思う。丈旗のことを考えると、ミヤビは憂鬱になる。いい友達だと思ったんだけどな。でも、彼はミヤビにちょっと酷いことをした。だから嫌い、とまではならないけれど、普通に話せなくなった。

 つまり、丈旗といると、気まずいのだ。

 向こうだって同じだろうってミヤビは思っている。

「なぁに?」ニシキが顔を寄せて聞いてくる。唇には最近舌で舐めた痕跡があって、うっすら濡れていて、キスしたそうだった。「ぼぅーっとして、黄昏れてるの?」

「……何の絵を描いていたんですか?」ミヤビはニシキから視線をはずし、白い布の掛かった絵に向けた。

「まだ途中だから教えられないわ」言いながらニシキはミヤビのネクタイを触っている。

中央女子の制服は灰色のスカートと紺色のブレザという地味なものだ。でも、ネクタイは自由に選ぶことが出来た。ニシキとミヤビは同じネクタイをしている。そのネクタイは紫色で、ニシキがデザインしたトワイライト・ローラーズのシンボルマークが刺繍されていた。トワイライト・ローラーズとは魔女によって結成されたバンドみたいなものだ。名前が必要ね、と言ったのは錦景女子の魔女のハルカ。メンバは四人。錦景女子のハルカと斗浪アイナ、そして中央のニシキとミヤビ。だからそのネクタイは二人だけのものではない。四人のものだ。

 四人は愛し合っている。

 ニシキはミヤビのネクタイを解いてブラウスの中に手を入れて胸を触ってうなじにキスをした。

 春、ミヤビはニシキと付き合っていた。しかし知らない間に、ミヤビはハルカにキスされていたし、ミヤビはアイナにキスをしていた。関係は複雑に、とはならなかった。この時代に錦景市に、同世代の紫色の魔女が四人集まって愛し合っている、というだけ。

 魔女は女を愛する生き物。

 だからここに複雑はなくて。

 至って純粋な愛があるだけ。

 だから難しいことを考えなくてもいいはずなのに。

 それなのに。

 丈旗がいるから。

 考えなくちゃいけなくなる。

 憂鬱になる。

 私を苦悩させる男の子。

 丈旗がミヤビのことを愛しているなんて言わなかったら。

 梅雨に。

梅雨みたいな顔をしていないんだけどな。

 ああ。

 丈旗のことを考えると、いつだって。

 ヒステリックが溜まる。

 くそったれ!

 とんでもなく、そう思ってしまって。

 その攻撃的なヒステリックは帯電してはいられずに、外に出たがる。

 ミヤビはニシキの小さくて綺麗で愛おしい体を、強く抱いて攻めた。

 ニシキは何度も高く叫んだ。

 世界中に響いてしまったんじゃないかって、莫迦みたいなことを思ってミヤビは煙草が吸いたくなった。



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