第五章②
雷鳴轟く激しい夕立に見舞われた、錦景市の夜。
スクルの教室から見える夜空は澄んでいてそこに煌めく星々、その一つ一つが鮮明に見えた。
丈旗マヨコはアリスと教室に二人きりだった。
ここのところ、この教室にアリスのお姉様のミア・セイレンと、それから森村ハルカは姿を見せない。
それはマヨコとアリスが恋人になったせいかな、なんて思っていた。
二人きり。
それは恋人同士の二人には、多分、いいことなんだろうけれど。
この広い教室に二人だけ、というのは少しだけ寂しくもある。机はきちんと整理整頓されている。
アリスは教卓の上に座り、足をぶらぶらとさせ、窓辺で星を眺めているマヨコのことを見ていた。マヨコはアリスと視線を通わせて、なんだか照れてしまって笑う。
「なぁに?」アリスは下を向いて声を出す。「なんでマヨちゃん、笑ったの?」
「アリスだって笑ってる」マヨコは笑顔を絶品に作り直して言う。
「マヨちゃんの笑顔って凄く可愛い」
「ありがとう、アリスの笑顔も素敵よ」
「私のって、悲壮じゃない?」
「そんなことないって」
「ううん、」アリスは笑顔を消して首を横に振った。「寂しさが滲み出ているの」
「寂しいの?」
「寂しいの、マヨちゃんがいない時間は私はひとりぼっち、ひとりぼっちは寂しい、とっても寂しい、」言ってアリスは濡れた目でマヨコをじっと見つめる。「お願い、抱き締めて」
「しょうがないねぇ、」マヨコは椅子から立ち上がり、机の隙間を歩いてアリスの前に行って彼女のことを抱き締めた。「これで寂しくない?」
「うん、」アリスはマヨコの胸に頬を付けて目を瞑り呼吸をする。「ありがとう」
「よしよし」マヨコはハルカが自分にしてくれるみたいに、優しくアリスの頭を撫でた。
マヨコがスクルにいない時間。
アリスはここにひとりぼっち。
それを考えると、悲しくなった。
ずっと傍にいてあげたいと思った。
ずっと傍にいたい。
でも、ここは夢の国。
恋人は、夢の国のアリス。
「ずっと傍にはいられないかもしれないけれど、マヨちゃん、」アリスはマヨコに顔を近づけて囁くように言う。「世界の終わりは一緒に迎えようね」
「世界の終わり?」
「うん、」アリスは小さく頷き、黒板の上にある、丸い時計を見た。「あの時計が十二時になったら、この世界は終わってしまうんだよ」
マヨコは時計を見た。
時計の針は十二時の手前、限りなく十二時の位置、十一時五十九分、というところで止まっていた。
秒針も、マヨコには止まっているように見える。「ちっとも動かないのはどうしてなんだろう?」
「動いているわ、本当にちょっとだけね、でも動いているのは間違いないの」
「世界が終わるって、どういう意味?」
「文字通り、世界が終わってしまうのよ、もう少しで終わってしまうの」
「そんなの嫌だよ、アリスは嫌じゃないの?」
「んふふっ、」アリスは笑顔を見せる。彼女が言うように、その笑顔から悲壮を感じた。「好き嫌いの話じゃないから、世界は終わってしまうから、そんな、嫌だなんて思わないな」
「どうしたら世界は終わらない?」
「分からない」アリスは小さく首を横に振る。
マヨコはじっと時計を見た。
十二時が世界の終わり。
だったら時計を止めれば。
「どうしたら時計を止められるの?」
「それで時間を止めようって?」アリスは笑う。「マヨちゃんって、とっても面白い、だから好き」
「私は世界を終わらせたくないよ、だって、だってまだ、現実の世界で私はアリスと出会ってないもん」
「私は夢の国のアリスだよ、」アリスは言ってマヨコの唇にキスした。「だから現実の世界で会うなんて不可能なことよ」
でも。
感じている。
確かな温もりを唇に感じているから。
出会いを予覚しているから。
だから。
せっかくの夏休みなので。
私はあなたを探す旅に出ると決めました。




