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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第一章 アバラート
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第一章①

 G県の北部にある錦景山の濃い緑の中に、一際異彩を放つ建造物がある。

 それは全長七十メートルの塔。

 その頂には錦景の空に向けられた四枚のプロペラがあって、低い音を立ててゆっくりと回転している。

 その建造物の名称は、スクリュウ。地球史を前に進める、地球を推進させる、というコンセプトのもとにデザインされたもので、昨年の十二月に着工、今年の春に完成した。

 計算された絶妙な曲線によって、塔は見る角度によって様々な姿を見せる。パリのエッフェル塔のような完全なシンメトリィはスクリュウにはない。人工物である、という事実はスクリュウには希薄で、古い時代からそこにあった巨大な樹という印象が強い。緑の中にそれがあることを考えれば四枚のプロペラを回転させているスクリュウの存在は異様だが、じっと眺めていればそれは自然と馴染んでいる。自然と馴染むどころか、スクリュウが錦景山の緑の中心であるように錯覚するのだ。

 スクリュウはただの巨大なモニュメントではない。

スクリュウは発電所としての機能を持っていて、地下に埋められたケーブルから北関東全域に向けて送電している。スクリュウの袂には、塔を囲むように研究施設があり、さらにその周りを巨大で頑丈な鋼鉄製の壁が取り囲んでいた。研究施設にアクセスすることの出来る入り口は一つで、そこには十数人の警備員が常駐していた。

 これほどまで厳重に警備されているのは、スクリュウの発電システムが今までにあった火力、水力、風力、地熱、太陽光、原子力のどれとも全く異なるものだからだ。その発電システムは未だ研究段階であり、世間にはまだその詳細は公表されていない。スクリュウのプロペラは一日中回転しているけれど、その稼働は錦景山の深夜零時から明朝の六時までと限定されている。たった六時間の発電だがしかし、スクリュウの発電量は原子力に対して約二倍だった。

 世間はスクリュウについて、様々な憶測をしている。新元素による発電であるとか、地球のコアからエネルギアを抽出しているとか、実はただのモニュメントでしかないなど、様々なことが言われている。エネルギアを効率よく抽出できる原子力発電の新システム、ということで世間多数はスクリュウの存在に納得しているようだ。

 もちろんスクリュウに対しての憶測は全て間違っていて。

 そして未来に予告して。

 スクリュウの中身は決して、公にされることはないだろう。

 スクリュウを建造したパイザ・インダストリィの社長である大森テルヨシすら、その中身について細かいことは知らなかった。

 細かいことを知らないまま、大森がスクリュウの建造に巨額の投資をすることを決めたのは日本で三年前にあった、震災に伴う原発事故が主な要因となっている。

 その原発事故によって、声は出さなかったけれど、大森は少し考えたことがある。そして様々な人の想いに耳を傾けた。耳を傾けることによって、人の悲しみと苦しみと嫌らしさと優しさが作る渦に没入することが出来た。それはいい経験だった。学べた、というのが感想としてある。しかしその渦から何かを取り出せたか、というと疑問だった。疑問は三年経った今でも続いている。続いているから大森はおよそ七十年前にあった戦争、その状況を過去の日本人がどう処理していたかに触れてみることにした。それに触れたのは予感があったからだ。コレは似ている、という予感があって、触れてみると、もちろん戦争と原発事故、というのは全く違う性質のものだけれど、状況的には凄くよく似ていた。

戦後、戦争は様々に解釈された。思想は爆発したように噴出し、それぞれの立場から解釈が施された。しかし決定的な解釈が得られないまま、七十年近くが経ってしまった。未だ戦争は思想問題としては未解決なのだ。ただ七十年という時間が未解決の問題を朧にしているだけなのだ。

原発事故直後も、様々な思想が溢れ、それらは解釈を施していった。事故処理がまだ完全に終わりを迎えていないから思想問題の姿は誰の眼にも見えている。しかし、この先に解決が得られるとは思えない稚拙な議論が日々続いている。事故処理はいずれ結末を迎えることが出来るだろう。途方もない未来になるだろうけれど。しかし思想問題としての原発事故は終わることがないだろう。

終わらない点で、むしろ終わりにしてはいけないのかもしれないが、思想問題として未解決である、なりえるという点で、震災に関わる原発事故は戦争に凄くよく似ているのだ。

未解決、という曖昧な現実から生じてくるのは、迷いである。

時代が迷うのだ。

未来を歩く上で、確かな理由、根拠、後ろ盾、理論が欠けてしまっているから、迷わずを得ない。(それを他者に求める姿勢は唾棄すべきかもしれないがしかし、自身がそれを絶えず発見し続けるということは、あまりにも難解である。彷徨える途中で立ち寄るサロンはあるべきだと思う)

大森は、悔しいが、歯がゆいが、迷っている。迷わされている。

すべきことが、見当たらない。

 しかし。

そんな風に未来に迷っていた大森の前に突然。

彼女は現れた。

 彼女は大森に、今までかつてない発電システムを提案した。理系ではない大森にその話は難しかったから、パイザ・インダストリィのプラント建設を専門にするチームの前でプレゼンテーションをさせた。チームを率いる里見アキラ女史は渋い顔をしながらも、彼女の瞳は確かに煌めいていたのを大森は見逃さなかった。「社長、これが実現出来たとしたら、それはきっと、革命です」

 アキラの言葉に大森は頷いた。

 革命。

 大森は思った。

 あらゆる問題を解決するためには、革命を経験しなければいけないのではないか。

 明治年間の始まりである、中途半端なものではなく。

 徹底的な。

 全てを変えてしまうような。

 強引な回転を経験しなければいけないのではないか。

 思想問題の解決とは、それに付随してくるものではないか。

 それがチェンジ・エネルギアの思想装置。

 それがこの時代にスクリュウが錦景山に立ち上がった理由だ。


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