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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第三章 ディスコード
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第三章⑪

 ニシキは白勝ちの桜錦が孤独に泳ぐ金魚鉢に餌を振り入れた。その細かな固形物の成分はよく知らないが白勝ちの桜錦は餌を急ぐように食べた。

 ニシキは昔から金魚が好きだった。部屋の水槽には沢山の金魚がいる。金魚のグッズも沢山あって、枕もカーペットも照明も金魚だった。タトゥーはまだだけど大学生になったら鎖骨の近くに彫りたいと思っている。

 金魚が泳ぐ姿を見ていると心が落ち着く。リラックス出来る。他の熱帯魚を見ても料亭の生け簀で泳ぐ鯛なんかを見てもそんな気持ちにならないのに、金魚を見ているとそんな気持ちになるんだ。

 前世ではきっと、金魚に深く関わっていたんだわ。

 もしくは金魚だったかもしれない、なんてニシキは思っていた。

 夏祭りに行けば必ず金魚掬いをした。ニシキは金魚掬いが下手だったけれど、双子の姉のテラスは上手で膜が破れるまでに何匹もの金魚を掬った。テラスは金魚のことが好きでも嫌いでもなかったので、ニシキに沢山の金魚をプレゼントしてくれた。その代わり、テラスはニシキにキスをしてエッチなことをした。キスをしてエッチなことをするのは気持ちいいからニシキは金魚のために、それ以外のことのためにも、テラスが要求すればそういうことを小さな頃からし続けていた。

 テラスが自分にしていることがエッチなことだと知るのは小学校の高学年になって保健の授業を受けてからだった。ニシキはテラスとエッチなことをしてはいけないと思った。保健の先生が簡単な気持ちでセックスをしてはいけないと歯切れよく、何度も言ったからだ。「簡単な気持ちでセックスをするということは、簡単な気持ちで核弾頭ミサイルの発射ボタンを押すようなことだわ、」先生は大きく頷き、そして首を傾けた。「……いや、ちょっと違うかも、でもほとんど同じだわ」

 しかしテラスは「女の子同士だから構わないんだよ」とよく分からないことを言った。そのよく分からないことにニシキは頷いてしまった。女の子同士だったら簡単な気持ちでエッチなことをしていいんだって思った。だから高校生になってテラスが彼女を作ったとき、テラスのことを泣きながら罵倒して喧嘩した次の日にニシキも彼女を作った。

 その彼女っていうのが、恋の占い師であるアイナだったわけだ。

 出会いはここ、マシロの家である。テラスが彼女を作って絶望的な気分だったから、未来を占ってもらおうと思ってマシロの家に来たのだ。アイナと初めて出会ったときも、彼女はパワーストーンを売っていた。そしてニシキの髪をじっと観察して言った。「あなた、まさか魔女ですか?」

 それがニシキが初めて自分のことを魔女と自覚した瞬間であり、テラスと明確に違う部分を初めて発見した瞬間だった。テラスはただのレズビアンだったけれど、ニシキは違った。ニシキの髪にはエレクトリック・バイオレッドが混じっていたのだ。

 魔女であることでニシキは救われた気分だった。

 愛しい人に裏切られた絶望から。

 そう。

 掬われたんだ。

 あのときマシロの家で、アイナがニシキの魔女を見つけてくれなかったらきっと。

 私はテラスのことを殺して自分のことも殺していました。

「キンちゃん」

 白勝ちの桜錦を眺めていたニシキのことをアイナは後ろから抱き締めて首筋にキスした。

「何よ、いきなり襲わないで、」ニシキはアイナの腕の中でもがき小さく悲鳴を上げた。「きゃあ、犯されちゃう」

「あぁ、暇だぁ」

「お客さん、来ないね、」ニシキは静かな店内を見回して言う。「マシロ先生も爆睡してるし」

 奥のソファではマシロがいびきを掻いて眠っていた。

 この風景は珍しいものではない。

 そして多分、この風景がこの時代のニシキの幸福のイメージに近い。ハルカとミヤビが揃えばもっと接近するだろう。

「天気がいいからきっと、皆、海に行っているのね」

「ねぇ、」アイナは一度店の入り口の方を確認して、ニシキの唇にキスした。「いちゃつかない?」

「まだお昼よ」

「じゃあ、」アイナはTシャツの裾を摘んで持ち上げてへそを見せてくる。「いちゃつかないの?」

「……いや、」ニシキはアイナのセクシィなへそをじっと見て、唾を飲み込で、唇を舐め、笑顔を作り、軽く握った拳を持ち上げた。「やっぱり、いちゃつくぞぉ」

 そして二人が互いの服を脱がせようとしたときだった。

「ハルちゃん、おはよう!」

 店先にいるおしゃべりオウムが騒いで、黒猫のスコールがマシロのお腹の上から跳躍して入り口の方に向かった。

「二人とも、まだお昼だよ、」ハルカはスコールを抱いて、抱き合う二人を見て厭らしい顔をする。「せめて人目につかない所でしようね、とにかく、するんなら、私も混ぜて」

「ハルちゃん、どうしたの?」

 アイナがそう聞いたのは、ハルカの目元が赤く腫れていたからだ。明らかに涙を流した形跡がある。

 そして二人の前に立つと今にも泣きそうっていうか、「うわーん」ってハルカは泣き始めた。

 声を上げて、泣き顔を隠すこともなく、ハルカは二人のことを抱き締めて泣き始めた。

 これはちょっと。

 いや、ちょっとどころじゃない。

 間違いなく異常事態。

 だって、あの森村ハルカが泣いてるんだぜ。

「ハルカってば、」ニシキはハルカの背中をさすりながら聞く。「本当に、どうしちゃったの?」

「……ミヤビが」

「ミャアちゃんがどうしたの?」

「ミヤビが外人に取られちゃった」

『は?』

 ニシキとアイナは顔を見合わせる。「ねぇ、ミァアちゃんが外人に取られたって、一体全体、どういうことなの?」

 ハルカは泣き止まない。

 子供みたいに泣いている。

 テラスに裏切られたときニシキも子供みたいに泣いた。

 そういうことを思い出す。

 それってつまり、どういうこと?

 泣いてないで早く説明して。

 早く泣き止んで。

 早く笑顔を見せてよ。

 得意のハルちゃんスマイルを見せて。

 泣き声は嫌いよ。

 不協和音だわ。

 お姉さんとして、怒るよ。

 冗談だって、おどけて。

 ね?

 お願いだから。

 不安になるから。


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