第三章⑩
レズビアンを惹き付けるフェロモンはスズメの脇から出ている、とハルカはスズメの脇をくんくんしながら言った。「ああ、凄く、スズメの匂いがするな」
「ちょっと勝手に人の脇の匂いを嗅がないで、」スズメは口を尖らせて言った。「それから私の匂いは脇の匂いじゃないやいっ」
四人はしばらくスズメがどうして年下の女の子にデートに誘われるのか議論していた。議論が白熱してスズメが実はと「最近アケミちゃんにほっぺたにチュウされたんだよね」と告白したところで、ドラゴンベイビーズのバイトリーダの東雲ユミコから電話で呼び出され、二人はマクドナルドを出ていった。
つまりこのテーブルにはミヤビとハルカだけになった。「アケミちゃんって?」
「確か、『恋の表計算ソフト』を作曲した娘じゃなかったかな、」恋の表計算ソフトはエクセル・ガールズのファーストシングルの表題曲だ。「たまにドラゴンベイビーズでピアノを弾いているみたいだけど、私は会ったことないな」
「へぇ、でもスズメ、モテモテだね」
「私の初恋の相手だもん、当然だぜ、」ハルカは言ってアイス珈琲を口に含んだ。「あ、ねぇ、ミヤビに聞いてもらいたい話があるんだよね」
「何?」
「実は、」ハルカは得意のハルちゃんスマイルを見せて言う。「私に四人目の彼女が出来ました」
そしてハルカはミヤビに丈旗の妹が四人目の彼女になったことの経緯を説明した。「というわけで、私は毎日、マヨちゃんとキスすることになったんだよね」
「変な話、」ミヤビはまっすぐにハルカのことを見た。「夢から覚めないように恋人になるなんて」
「本当、変な話だよね」クスリとハルカは笑う。
ミヤビも笑う。
そしてミアのことを考えながらミヤビは質問した。「ねぇ、ハルカは私が嫉妬するとか、考えなかった?」
「嫉妬してるの?」
「別に」ミヤビは首を横に振る。
「そうだよね、」ハルカは微笑む。「ミヤビはそういうタイプだよね」
「うん、」ミヤビは頷き、口元に力を入れた。「ただ丈旗の家にハルカがいるのが、なんだか嫌な感じ」
「ケンと恋人になったわけじゃないわ、マヨちゃんと恋人になったんだよ」
「なんだろう、私が嫌いな人の傍にいて欲しくないっていうか」
「ミヤビはやっぱり、ケンが嫌い?」
「分からない、」ミヤビは苦笑して、ケンとの関係が良好だった日々を思い出す。「いや、嫌いじゃないよ、出来れば友達に戻りたいとは思ってる、友達としては最高の男だから、でも、今は話すのも大変な関係だから、……嫌いかも」
「難解だよね、ケンはミヤビのことが好きなんだから、友達では満足出来ないって言いそう」
「それは言わないで、」ミヤビはハルカに向けって手の平を見せた。「あ、そういえばハルカは知ってる? ケンと水野レナっていう人が付き合っていること」
「二人は付き合ってないよ」
「え?」
「うん、」ハルカは頷く。「ケンとレナさんは付き合ってないよ」
「なんでハルカが水野レナのこと知ってるの?」
聞くとハルカは魔性の目をして眼鏡を外した。「実はね、」
そしてそれは。
そのタイミングだった。
「あ、ミヤビじゃないの」
驚いた。
ミアがハルカの後ろに立っていた。「本当、偶然ね、運命かしら、約束もしていないのにこんなところで会えるなんて、きゃあ、嬉しいわ、それで、この娘は誰? ミヤビ、紹介してくれる?」