第三章⑧
ゴーストをバスタしたミヤビとミアはロウソン前のバス停に戻り腰を降ろした。
ミヤビの網膜にはミアの紫色が焼き付いていてまだ視界がチカチカしている。「ミア、あんたって、何者?」
「んふっ、」ミアは笑顔でミヤビのことを見る。「ミヤビと一緒、私は発電機、エレクトリック・ジェネレイタ」
「同じ発電機でも、」ミヤビは首を横に振りながら言った。「ミアは規格外、あんな煌めき見たことない、凄過ぎる」
「凄くないわ、」ミアは自分の手の平を見ながら言う。「何も凄くない、ミヤビだったら私なんかより、もっと煌めくことが出来る、そのポテンシャルをあなたは持っているわ、ミヤビはダイアモンドだわ、まだ磨かれていないだけ」
「……ハルカよりも適当なこと言うんだから」ミヤビは苦笑する。
「ハルカって誰?」ミアは笑顔のまま首を傾け紫色の余韻が残る髪を揺らした。
「魔女だよ、色も私たちと同じで、後二人、ニシキとアイナっていう魔女もいて、」ミヤビは三人にもミアと会って欲しいって思った。「その、提案なんだけど、ミアがよかったらなんだけど、私たちの仲間にならない?」
「仲間?」
「うん、魔女の仲間、トワイライト・ローラーズって言うんだけど、きっと皆、ミアのことを気に入ると思う、ミアも皆のこと気に入ると思うんだ、実は三人とも私の彼女で」
「彼女?」
「うん、皆、可愛い魔女だよ」
「……ねぇ、ミヤビ、それって仲間になって、」ミアは急に表情を変えた。目付きが怖くなって、声色もヒステリックになった。「仲間同士、皆で仲良く愛し合えってこと? 何それ? 宗教? 莫迦げてる、っていうか、ミヤビは彼女が三人もいて、私にあんなに激しく厭らしいことをしたわけ?」
ミアはじっとミヤビのことを睨んでいる。
ミヤビは声も出せなかった。
「本当、」ミアが視線を外してヒステリックに言う。「最低よっ」
「……ご、ごめん、」ミヤビはミアのヒステリックに触れて謝るしか出来なかった。確かに三人も彼女がいるって、普通の感覚だったらエキセントリックと思う。いや、完全にエキセントリックだ。それがミヤビの、四人の普通だったから安易に話してしまったけれど、ミアをヒステリックにさせるには充分すぎる真実だと思う。「ミア、ごめん、その、なんていうか」
「信じられないっ、」ミアは顔を両手で覆って叫んだ。「信じられない、最低っ、」ミアの声には涙が混じっていた。「あなたってなんて罪深い魔女なのっ!」
ミヤビは押し黙った。
ミアは声を上げて泣いている。
感情が溢れてしまっているような感じだった。
「ミア」ミヤビはミアを抱き締めようとした。
「触らないで、不潔よっ!」ミアはミヤビの腕の中で暴れる。「ミヤビのことなんて大っ嫌いだわ!」
「ミア、お願い、落ち着いて、」ミヤビはミアの背中をさすって宥める。「お願いだから」
「……あなたのことが好きなの」
ミアは顔から手をどけ、ミヤビのことを淡い緑色の瞳で見つめる。涙が溢れている。「まだ出会って二時間も経っていないってミヤビは思っているかもしれないけれど、でも時間じゃないの、時間じゃないのよ、好きになるって、分かる?」
「うん、分かるよ」
「ミヤビには分からないわ、」ミアは涙を乱暴に拭って言う。「分からないくせに、優しくしないで」
「じゃあ、私はどうすべき?」
「彼女たちと別れて私のことだけを考えるの」
「ちょっと待ってよ、それは、」
ミアはミヤビの口を唇で塞いだ。こんな乱暴なキスは初めてだった。歯が当たって唇に痛みが走った。
「……ミヤビ、ゆっくりでいいわ、ゆっくりと彼女たちと別れて私のことがけを考えるようになって、」ミアは魔性に笑う。「でもなるべく早く」
「無茶苦茶なこと言って」
「三人も彼女がいるくせに私に厭らしいことをして泣かせたミヤビに比べたら、」ミアは早口で言って首を横に振る。「全然無茶苦茶じゃない、全然普通よ」
そしてミアは全然普通じゃないことをした。
おもむろに魔法瓶を開けて、そこに満たされたエネルギア、魔法瓶に入ることによって一時的にエネルギアは凝縮される、その状態のエネルギアのことをアキラは蒸留水と呼んでいたが、それを一気に飲み干したのだ。
ミヤビは驚いて口が半開きだった。
「これ、便利ね、保存出来るっていうのは素晴らしいわ、」ミアは空になった魔法瓶を持ち上げ笑顔で言う。「ミヤビ、これ貰ってもいい?」
「……何してんの?」
「え?」
「飲んじゃうなんて!」
「え、ああ、私には普通のことなの、エネルギアを飲むとちゃんと私のエネルギアに変換される、飲めば飲むほど私のエネルギアの容量は増えていくの、要するに私はエネルギアを飲んで強くなれる、」ミアは笑顔で説明してくれた。「あ、ミヤビは飲んじゃ駄目よ、きっとお腹を壊しちゃう、っていうか死んじゃうかもだから」
「なんでミアは平気なわけ?」
「ほら、発電機でも色々あるでしょ、種類が、原子力とか、水力とか、色々、私はミヤビと同じ発電機だけど、構造が違うのよ」
そしてミアはミヤビのGショックで時刻を確認して立ち上がった。「あ、私、そろそろ帰らなきゃ、ミヤビ、またね」
ミアはミヤビに手を振りながらトンネルの暗闇の中に消えた。ミアの自宅はトンネルの向こう側にあるのだろう。ミヤビも帰らなきゃと思ってベンチを立つ。
錦景市は深夜零時。
もう明日になっている。




