第三章④
七月九日は錦景女子高校被服部部長、一年の上七軒モチコトの誕生日。
生徒会長の尾瀬ミハルと、生徒会の秘書の黒須ウタコと、新聞部の武尊アマキと奥白根マミコの四人のロックンロールバンド、シナノの衣装はサーカスみたいに奇抜でアヴァンギャルドだが、それは彼女が作っている。
モチコトはミハルのお気に入りの女子だ。ミハルにはお気に入りの女子が沢山いるけれど、その中でもミチコトのランクは比較的高い方だった。モチコトは自分のことを可愛いと思ってはいないが、ミハルは彼女のことを可愛いと思っている。
彼女は何事もネガティブに考え、目立つことを嫌い、そのくせ頑固者という、錦景女子には珍しいタイプの女子だった。
だからミハルがモチコトのお誕生日会を企画して、その招待状を読んだときもモチコトは全力で断った。「そんな、私の誕生日会なんて、いいです、そんなの、別にいいですから」
招待状をモチコトに手渡したのはウタコだった。被服部の部室にまでわざわざ出向いて直接手渡したのだ。手渡したからにはウタコには責任がある。モチコトにお誕生日会の主役をやって貰わなくてはいけないという責任だ。だからウタコはモチコトに説明した。ミハルの招待を断ることがいかに無礼で、いかに恐ろしいことかを説明した。ミハルの招待を断ったのは今年に入って一人しかいない。森村ハルカしかいない。そのときのミハルの表情がいかに怖かったか、ウタコは長い時間を掛けて説明した。「断ったらどうなるか、これでよぉく分かったわよね?」
それでもモチコトは頷かなかった。「でもぉ、私にはそんな生徒会長様に祝って貰う資格、ないって言うかぁ」
「資格なんていらないわよ、それに祝ってもらう理由なら沢山あるわ、私たちの衣装を作ってくれるのはあなただし、あなたたちが被服部を立ち上げてから、錦景女子は、なんていうか、ええ、煌びやかになったもの、ねぇ、リリコもそう思うでしょ? モチコトは盛大に祝われるべきだと思うでしょ?」
ウタコは被服部のもう一人のメンバである、白水丸リリコに視線を移す。彼女は平日の夕方なのにブルーのドレス姿だった。リリコは被服部の専属モデルだ。リリコは服を作ったりすることは出来ないけれど、モデルとして被服部に所属している。モチコトはリリコと二人で被服部をこの春に立ち上げたのだ。
「そうだよ、もっちぃ、せっかく生徒会長殿並びに秘書様がパーティを開いてくれるって言ってるんだから、行かなきゃ損だよぉ」
「そうそう、」ウタコは大きく頷く。「損よ、こんな機会、もう絶対にないんだから」
「そりゃあ、まあ、」モチコトの表情は依然として浮かない。「誕生日パーティなんて、一年に一回だけでしょ」
「それに私、へへっ、」リリコは顔の前で手の平を併せて笑う。「シナノのライブも見たいしぃ」
リリコは錦景女子の軽音楽部のバンドのファンだ。だからウタコを見るリリコの視線はちょっと熱っぽい。被服部の部室のステレオは今、シナノのCDを回転させている。
「そうよ、シナノのライブよ、新曲だってやっちゃうんだから」
「新曲っ!?」リリコは飛び上がって喜んだ。「本当ですかっ!?」
「ええ、ええ、そうよ、」実は新曲を披露する予定なんてないのだが、ウタコは頷いた。「新曲よ、モチコトのために新曲を作ってあるんだから」
「凄いっ、」リリコは短い跳躍を繰り返している。「凄い、凄い、凄い、凄いね、もっちぃ」
「うん、」モチコトは静かに表情を変えて笑顔を見せる。「それはちょっと、凄いかも」
「そうよ、凄いんだから」
ウタコは必死だった。モチコトには絶対お誕生日会に来て貰わなくちゃいけない。ハルカのこととは別の件で、最近のミハルはご機嫌斜めなのだ。「とにかく新曲を披露してやるんだから、あんた、絶対に来なさいよね」
そう宣言したのがモチコトの誕生日の十日前だった。
十日あれば、新曲の一つや二つ出来るって、ウタコ自身は思っていた。しかし九日が経ち、七月の八日の金曜日の夕方になっても曲は書けなかった。きっとこういう状態をスランプと言うのだろうとウタコはしみじみと思った。しみじみと思っている場合ではなかったのだが、どうしたって書けないのだから仕方がない。いや、なんとかしなくちゃいけない。モチコトのお誕生日会は素晴らしいものにしなくちゃいけないのだ。
そんな風に独りで頭を抱えて悩んでいたウタコにミハルは言った。「ウタコ、温泉に行こうよ」
「え、温泉?」
「うん、温泉、いつか二人で行こうって話していたじゃないの、いくなら今じゃない? 温泉に浸かってリラックスすれば、曲だってすぐに浮かんでくるってものよ」
というわけで、二人は金曜日の夕方に錦景山の麓の伊香保という温泉街に行き、旅館に一泊した。
ウタコとミハルは旅館のお風呂に入り、旅館の近くのスナックでデュエットして、ぐっすり眠って、そして九日の土曜日の早朝、一人で露天風呂に浸かっていたら、不思議な少女に出会った。白人の少女だ。
ウタコが知らない間に彼女は露天風呂に体を沈めていて、綺麗な声で鼻歌を歌っていた。ビートルズの『フリー・アズ・ア・バード』だ。
彼女は息を飲むほどに美しかった。
ウタコがじっと見ていると、淡いグリーンの瞳がこちらに視線を送った。
「何見てるの?」彼女は流暢な日本語で話しかけて来た。
彼女とはビートルズの話で少し盛り上がった。
とにかく彼女に出会ってウタコは、新曲を書き上げることが出来た。
出来た曲は『彼女は発電機』。
彼女は自分のことを発電機だと言って、脱衣所でお風呂上がりのウタコの火照った体を扇風機で冷やしてくれた。その扇風機のコンセントは彼女の手の中にあって、どんなトリックで扇風機を回しているんだろうって思った。「これはトリックなんかじゃないわ、」彼女は扇風機のトリックを教えてはくれなかった。「私が電気を作って回しているの、どうしたら信じてくれるの? 私が発電機だってこと」
「そんなことを言うならさ、」ウタコは意地悪に言う。「じゃあ、エアコンを動かしてみてよ」
「エアコンは無理」彼女はブロンドが僅かに混じった黒髪を揺らして笑顔で言う。
「どうして?」
「エアコンは苦手、複雑なのよ」
「ああ、私も、」ウタコは扇風機の風を顔に浴びながら言った。「エアコンって苦手」




