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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第二章 マスカレード
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第二章⑬

 結局、ハルカの推測はほとんど全て間違っていて、リカは春日中学校の敷地なら、どこへ移動することも出来たのだった。体育館にも、テニスコートにも、プールサイドにも、リカは移動することが出来たのだ。

 そして今、走り回ってへとへとになったトワイライト・ローラーズの四人は、南校舎の三年二組の教室にいた。ここはハルカのかつての教室だった。四人は黒板に近い、前の方の席に座っていた。

「あー、楽しい、鬼ごっこだったねぇ」

 愛らしい声を三年二組の教室に響かせたのは、幽霊のリカだった。

 リカは教卓の上に座り、足はないけれど、足をぶらぶらとさせていた。今のリカの口元は普通で、普通の可愛い少女のもので、口元が怖かったのはつまり。「ごめんね、怖がらせて、でも、普通じゃ怖がってくれないと思ったから、私、可愛いからね、だから、許して、あ、まさかあなた、漏らしてないよね?」

「漏らしてねぇよ、」ニシキは机を叩いてヒステリックに言った。「漏らしてねぇけどさっ!」

 漏らしちゃったんだ、ってミヤビは思った。便器を壊して溢れた水がスカートに掛かったんだってニシキは一生懸命説明していたから、きっと漏らしてしまったんだと思う。

 まあ、ニシキのスカートが濡れている理由はともかく。

「んふふ、」リカは口元を隠してチャーミングに笑う。「でも、ああ、本当に楽しかったよ、ありがとう」

 幽霊にお礼を言われてしまってミヤビはなんだか、きょとんとなる。

 とどのつまり、四人はまんまとリカの鬼ごっこに付き合わされてしまったわけだ。

 ハルカはなんとなく、リカの思惑を知っていた風な嫌いがあるけれど。「だって、怖い顔のリカちゃんなんて見たことなかったからさ、何か企んでいるとは思ったわ、でも、まさか鬼ごっこを楽しんでいた、とは思わなかったけど」

 そしてハルカはリカの方をまっすぐに見て言う。「いろんなところにいけるようになったのはどうして? 私、教室でリカちゃんと会ったことってなかったよね?」

「分かんない、でも、」リカは本当に自然にハルカと会話をしている。彼女が幽霊であることを忘れてしまいそうになるほどに。「最近、調子がよくって、そろそろ学校の外への行けそうなくらい、調子がよくって、体中に力が漲っている、っていう感じで」

「エネルギアのせいだね」アイナが頬杖を付いて言う。

「エネルギア?」リカは首を傾げる。「ってなぁに?」

「ううん、」ハルカは笑顔で首を横に振る。「何でもないよ、何でもない、それでリカちゃん、ちょっと私の話を聞いて欲しいんだけど」

「話? 成仏させてくれるの?」リカは簡単に言った。

「うん、」ハルカはぎこちなく笑う。「よく分かったね」

「前に会ったとき、確か卒業式だったかな、あなたは約束してくれた、成仏させてあげるって、そのときは、んふふっ、嘘だと思ったんだけど」

「うん、私も、約束を果たせる自信はなかったんだけど」

「でも今、あなたは、あなたたちはなんともまあ、不思議な力を持ってここにいるから、」リカは教卓の上からピョンと飛び降りて手をスカートの前で組んで深々とお辞儀をした。「どうかよろしくお願いします、私を成仏させて下さい、出来れば天国へ」

 そして四人はリカと握手を交わした。

 リカの手の温もりはハッキリと感じられた。

 足がないこと以外は、本当に普通の少女だ。

 そしてリカと四人は屋上へ。

 夜空は曇っていて、月もなければ、星もなかった。

 そんな夜空の下。

 別に場所を選ぶ必要はないのだけれど、少し空に近い方がいい気がしたから。

 幽霊の魂がこの世界に留まっているのはエネルギアが絡んでいるから、とアキラは社の中で煙草に火を付けて言った。「つまり、絡んだエネルギアを魂から断ち斬ることが出来れば、魂は、いわゆる成仏する、そのために必要なのが、このライジング・ブレイド、これで魂に絡んだエネルギアを斬るんだよ、魂の場所はニシキのストロボで強く照らせば、見えるよ」

「ストロボ」ニシキは指を鳴らしストロボを編み、強くリカのことを照らした。

 強い光にリカの体は透けた。体のちょうど心臓の位置に微動している、丸くって、とんがっていて、いびつで、赤いのが、リカの魂だ。

 リカの赤い魂がエネルギアと絡んでいるから、リカには形があってぬくもりがあるのだ。

「クリオネみたい、」リカは自分の体を見て言った。ミヤビもそう思った。「それじゃあ、お願いします、魔女様」

 リカは曇った夜空を抱きしめるように、両手を空に向かって広げた。

 羽ばたく天使のようにも見える。

 そんな表情をしている。

 いや。

「一瞬で終わらせてくださいね」

 注射を待つ、幼女の顔だった。

「うん、でも、私も初めてだから」

 ミヤビはリカの前に立ち紫色に煌めいた。

「ああ、なんて、」リカは言いながら目を瞑った。「綺麗な紫色だろう」

 ミヤビはライジング・ブレイドを握る手に力を込めて振り被った。

 振り下ろすのを少し躊躇う。

 リカは可愛い少女だから。

 でも。

 ミヤビは色々なことを考えた。

 リカのことをいろいろ考えた。彼女はどんな生涯を送ったのか。どんな両親に育てられたのだろうか。兄弟はいたのだろうか。友達はどんな風に悲しんだのか。いじめてリカに薬品を飲ませたやつらのことをどう思っているのか。恨んでいるのか。殺したいほど憎んでいるのか。好きなアイドルは。趣味は。部活は。将来の夢はなんだったのか。

 どうして私たちに向かって笑顔でいられるの?

 鬼ごっこは本当に楽しかった?

 考えながら、それを振り払いながら。

 ミヤビはライジング・ブレイドに電気エネルギアを注ぎ込み煌めかせ。

 最高に煌めいたライジング・ブレイドを垂直に振り下ろした。

 痛くないように。

 まっすぐに。

 リカの魂を斬った。

 手の平に残るのはまるで水を切ったような感覚。

 魂は弾けた。

 水風船が弾けるように。

 遅れて雷が落ちたような炸裂音が耳に響く。

 耳が痛いけど、それがなんだ、という心境。

 リカの姿は消えた。

 もうない。

 笑顔の余韻を残していなくなったのだ。

 リカは天国に行けたかな?

 そして魂が抜け出た後に空中にふわふわと漂っているのは水色に煌めく球体。

 それがエネルギアの塊だ。

 それは放っておけば、また別の魂と絡んでしまう。

 だから。

 アイナが取り出したるは、魔法瓶。

 象印の魔法瓶とは関係がない魔法瓶だ。ハチミツの空き瓶のように底が広い透明なガラス瓶に、お札のようなものが一枚張られ、コルクで栓がされているのが魔法瓶。それがエネルギアを一時的に保存する装置だった。

 アイナはエネルギアの塊をその中に掬い入れた。

 すぐにコルクで栓をする。

 幽霊を一人退治につき、十万円は間違いで、エネルギアが満たされた魔法瓶一つで十万円が正解だ。

「……これで、十万円かぁ」

 ミヤビは魔法瓶の中で煌めいているエネルギアを見て唸った。

 報酬が安いとか、高いとか、そういうことに対する思いがあって唸ったんじゃなくて、なんとなく。

 なんだろう?

 想像と違う。

 ゴースト・バスタってもっと単純なことだと思っていた。

 でも、なんだか。

 複雑かもって思ったんだ。


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