Re:プレリュード②
丈旗マヨコは電車の扉が開くのと同時に外に飛び出した。
地下鉄のホームからの昇り階段を誰よりも急いで駆け上がった。
改札を抜けようとした。
パイザがちゃんと反応しなかったみたいで、ピンポーンと音がして、シャッタが閉まった。
「もぉ!」
マヨコは苛立って叫びながらも三歩後ろに下がり、今度はゆっくりとパイザを改札に当てる。
今度はちゃんと開いた。
マヨコは走って改札を抜ける。
一番出口に向かう。
そこを出て、螺旋階段をカンカンカンと鳴らしながら登る。
地上に出た。
眼を細めるほどの眩しさに包まれる。
次第に眼がその明るさに慣れると、周りを囲む、白い建物をきちんと確認することが出来る。
ペルシャの宮殿のような荘厳な建物だ。見上げるほどの高さがあり、それは左右に延々と続いている。
「マヨちゃん」
ふと声がして、視線を高いところから下ろせば、正面にアリスが立っていた。「ようこそ、我らがスクルに」
そうだ。
アリスが通う学校に、マヨコは来たのだ。アリスが来ている制服を、マヨコも着ている。純白のセーラ服を着ている。マヨコは確か、錦景市立春日中学校から転校して、ここに来たんだっけ?
門が開き、そこから昇降口まで続く銀杏並木を歩き、建物の中に入った。
マヨコの前にはアリスが歩く。
どこに向かっているのか分からないけれど、廊下を歩いている。
教室の数が、とても多い。
その教室の中には女の子たちがいるけれど、どの教室にも数人しかいなかった。
ああ、今日は祝日だっけ?
とにかく静か。
森閑としている。
だからかな。
視界はずっと、霞んでいる。
淡く、滲んだ景色が広がっている。
ああ、ここは錦景女子高校の中等部なのだから、そういう景色になっても不思議じゃないな。
アリスの背中を見ながらまばたきをした。
目を開ける。
あれ?
いつの間にか、中庭に来ていた。
円形の狭い空間に。
極彩色の緑が茂っている。
水色の小鳥がマヨコの前を斜めに飛んだ。
「マヨちゃん、」アリスが微笑み、マヨコの手を取る。「踊りましょ」
どこからともなく。
アコーディオンの音色が聞こえてきた。
音楽が聞こえてくる。
アリスになされるがまま、マヨコはワルツを踊る。
アリスの手はマヨコの腰に回っている。
とても距離は近い。
近い距離で二人は踊っている。
回っている。
どれくらい、踊っているんだろう。
そうマヨコは思った。
そして急に、アリスはマヨコの手を離した。
体が離れる。
まるで宇宙空間にいるみたいにすーっとマヨコはアリスから離れた。
「マヨちゃん、」アリスは後ろにふんわりと跳躍して、マヨコから距離を取り、片目を瞑り、唇の前で人差し指を立てて微笑み言う。「私を捕まえてみて」
マヨコはアリスの手を掴もうとする。
アリスはマヨコの手をするりと躱す。
「あはは、こっちだよ、マヨちゃん」
マヨコは校舎の中に消えるアリスを追いかける。
しかしマヨコがどんなに早く走っても、アリスには追いつけなかった。
足には少なからず自信がある。
しかし徐々にアリスは遠のく。
アリスは屋上への階段を登る。
屋上にアリスは出た。
マヨコも遅れて、屋上に出る。
眩しさにまた、眼を細める。
周囲を見回す。
しかし、そこに。
アリスの姿がどこにもなかった。
「アリスはどこに消えたっ!?」
マヨコは叫び、眼を見開いた。
眼が覚めた。
天井のオレンジ色の小さな電球が、ここが自分の部屋だと教えてくれる。
マヨコは自分の部屋のベッドの中にいた。「……また、夢?」
額に手をやり、呼吸を整えながら、喉の渇きに耐えかねて、ベッドから出て、一階に降りて、冷蔵庫を開けて、コーラを飲んだ。
飲み終え、パジャマの袖で首の汗を拭いながら考える。
ずっと同じ夢を繰り返して見ている。
ずっと、プロローグで、カーテンコールに辿りつけない、夢。
また同じ夢を見ている。
いつも最初から、同じ夢で、アリスを見つけられずに終わる。
ダ・カーポの記号に弄ばれているみたい。
アリスに、遊ばれているみたい。
でも私はまた。
どうしてもアリスに会いたくて。
夢の国のアリスに。
いや、アリスはいるはずだ。
確信がある。
この現実世界のどこかに。
絶対。