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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第二章 マスカレード
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第二章⑫

 ニシキは本当は幽霊退治なんてしたくなかった。

 だって怖い。

 でもさ。

 年下の魔女たちの前で怖いから嫌、なんて言えるわけがないでしょ?

 ニシキは小さな頃から幽霊とか、そういうオカルトめいたものが怖くて嫌いだった。でもニシキの双子の姉である、桜吹雪屋藍染テラスは幽霊とか、オカルトめいたものが大好きだった。

 小学生の頃って基本的に双子の二人は一緒だったから、テラスと一緒にニシキはホラーキネマを見ることが多かった。怖くなってどうしようもなくって画面の前から逃げ出そうとすることをテラスは絶対に許さなかった。テラスの方が力が強かったから後ろから抱き締められてしまえば逃げられなかったのだ。ニシキは泣きながらホラーキネマを最後まで見なくちゃいけなかった。様々なホラーキネマの名シーンはニシキのいわゆる、トラウマだ。

 そんなこともニシキの怖がりを増長させた要因だと思う。そんなことを思い出して、ニシキはテラスのことをくそったれめ、って心の中で罵倒した。

 全部テラスのせいだ。

 年下の可愛い女の子たちの前で情けないことに泣いちゃっているのは全部、全部、テラスのせいなんだからっ。

「先輩、」ミヤビがニシキの顔を覗き込んで言う。「聞いてました?」

「あ、ごめん、」ニシキは脳ミソから大嫌いなテラスの顔を一端消去して鼻をすすり、親指で涙を拭いた。「ちょっと、ぼうっとしてて」

「もぉ、ニシキってば、しっかりしてよ、」ニシキのことを後ろから抱き締めているハルカが言う。ハルカの胸は大きくってニシキは背中に柔らかいものを感じている。「この作戦には、ニシキのストロボが必要不可欠なんだからっ」

 四人はリカが拠点とする理科室の机でミーティングをしていた。四人とも汗を掻き、髪の毛が乱れているのはリカと散々追いかけっこをした後だからだ。ニシキも泣きながら追いかけたけど、テレポートする幽霊を闇雲に追いかけたって簡単に捕まえられるはずはないのだった。

「えっと、ごめん、作戦って?」ニシキは聞く。

「私のエレクトリック・コンパスを信じる限り、」ハルカはニシキから離れ、こめかみに人差し指を立てて机に腰を乗せて言った。「リカちゃんが移動出来る範囲は、この理科室と、各階の廊下だけみたい、理科室以外の教室には入れないみたい、だから、四階、三階、二階、一階の西側に一人ずつ立って、」

「え、一人ずつ?」ニシキはハルカの声を遮る。「一人ずつって、その、一人ずつってこと?」

「うん、間違いないね、一人ずつ立つんだよ」

「ああ、」勝手に声が漏れた。ニシキは額を押さえる。汗が凄い。「ああ、へぇ、一人ずつねぇ」

「平気?」アイナが顔を覗き込むようにして見てくる。

「平気に決まってるでしょ、」ニシキは弱々しい顔で笑った。「私が一番、この中でお姉さんなんだからっ」

 ハルカはニシキの強がりにニッコリと笑った。

「それで、各階に一人ずつ立ったら、ニシキが北校舎全部をストロボで照らす、リカちゃんは必ずどこかの階の廊下にいるはずだから、視界に確認次第、このライジング・リボルバで撃つ」

 ハルカは親指と人差し指と中指でピストルの形を作って言う。

 四人のその三本の指にはゴールドの指輪がある。その指輪を填めた三本の指をピストルの形にすることによって、エネルギアを銃弾にして射出することが出来ると錦景天神の社の中でアキラは言った。「だがね、ライジング・リボルバはまだ試作段階で、未だ改良中、形にしただけでも褒めて欲しいってところよね、とにかくライジング・リボルバでは幽霊に致命的なダメージを与えられるほどの力はない、だから最終的にはやっぱり、ライトニング・ブレイドで叩き斬らなきゃいけない」

「だから、」ハルカは手を開いて言う。「ライジング・リボルバで撃ったら、ミャア! ってミヤビのことを呼ぶ」

「ミャア!」アイナが子猫みたいな笑顔を作ってミヤビとじゃれる。「みゃあ、みゃあ」

「何だよ、それ」ミヤビは猫みたいなアイナの頭を撫でながら笑う。

「ニシキ、」ハルカはニシキに視線を向ける。「全力のストロボはどれくらい保つ?」

「どれくらい保つかなんて、」ニシキは袖で額の汗を握って言う。「やって見なきゃ分からないわよ、だってこんなことするの、初めてなんだから、初めてなんだから、どんな風になっても知らないんだからねっ」

 という訳で歳の順に、四階にニシキ、三階にアイナ、二階にハルカ、一階にミヤビという感じで立った。

「み、皆っ!」ニシキは恐怖を振り払うように自分でもびっくりするくらいの声を出した。「準備はいいっ!?」

『ミャア!』って、それぞれの階から返事が来る。

 本当に、皆、元気な子猫ちゃんなんだから。

 その元気をいつも貰っているだなってニシキは思う。

 背が小さくって、頼りないお姉さんでごめんね。

 ああ、なんで今、そんなこと考えているんだろう。

 今は。

「ストロボ」

 ニシキは髪を紫色に煌めかせ、ストロボを編んだ。

 全部を照らそうと思ったら、とんでもなく集中しなければいけなかった。

 少し立ちくらみ。

 その一瞬の後。

 校舎が眩しいくらいに明るくなった。

 暗いのは窓の外。

 なんとか、校舎内を明るくなったみたい。

 ニシキは額を押さえながらも、廊下の先に向かって、ライジング・リボルバを構えていた。

 片目を瞑り、いつでも射出出来る準備をしていた。

 しかし。

 どうやら四階にはいない。

 下の階にもいないみたいだ。

 音がない。

 誰も「ミャア!」って鳴き出さない。

 ハルカの推測は間違いだったの?

 思った次の瞬間だった。

 バッタン!

 音が響く。

「ひゃ」ニシキは小さく悲鳴を上げながら音のした方に視線を移す。

 階段に近くの女子トイレの扉が開いて。

 開いていたから。

 ニシキはその中を照らした。

 照らして。

 中にはリカの姿は見えない。

 でも、個室の入り口の方から四番目の扉は閉まっていて。

 閉まっているから。

 だから。

 息を飲む。

 吸い寄せられるようにニシキはトイレの中に入った。

 音を立てないように歩いた。

 ピチャ、ピチャ、と水滴が落ちる音が聞こえる。

 一つ目の個室には誰もいない。

 二つ目、三つ目を確認した。

 誰もいない。

 そして。

 四つ目の個室。

 その扉触れて押してみた。

 動かない。

 中から施錠されている。

 ノックする。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回。

 なんでノックしているんだろう、ってニシキは思った。

 でも勝手に、手首がノックをしているから。

 そのとき。

 バッタン!

 はっと振り返る。

 女子トイレの入り口が完全に閉まっている。

 開けたままだったのに。

 そして次の瞬間に。

 四つ目の扉が向こう側にきぃっと音を立てて開いた。

 四つ目の個室の便器だけ洋式で、そこに座っている少女の姿をニシキは確認する。

 リカがいる。

 リカは俯き、顔を両手で隠し、しくしくと泣いていて。

 ニシキがじっと見つめていると。

 急に笑い出し。

 顔を持ち上げた。

 口周りの怖い部分をニシキに見せた。

 ニシキは咄嗟に手の形をライジング・リボルバにして、リカの顔に向けた。

 射出。

 便器が砕け、配管が捻れ、水が噴き出した。

 リカはいない。

 リカはすでにテレポートして校舎の別の場所にいる。

 ニシキはトイレの壁を背にして座った。腰が完全に抜けてしまっていた。怖くて、涙が溢れた。

 それから。

「……もうやだぁ、」パンツとスカートが濡れている。漏らしてしまったみたい。「……最悪だ」

 いっそのこと気を失えばまだ格好が付いたのにな。

「ミャア!」遠くでアイナの声が響いていた。

 行かなくちゃって思うけど、立ち上がれない。

 濡れたパンツとスカートのこと、なんて説明しよう。

 ああ、もうっ。

 ニシキは小さく舌打ちした。

 早く朝になって。

 お願いだから。


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