第二章⑩
錦景市は夜の十時。
トワイライト・ローラーズの四人を後部座席に乗せたアキラの赤いテラノはハルカの母校である春日中学校の正門の前に停まった。
周囲を田園に囲まれた春日中学校はしんと静まり返っている。外灯の数は少なく、景色のほとんどが暗闇だった。校舎も非常灯以外に明かりはない。
「私は仕事があるから、終わったら電話して、迎えにくるから、じゃあ、数時間後に」
アキラは運転席の窓を開けそれだけ言って手を振り、正門の前に四人を置いて、テラノのアクセルを踏んだ。
ぶうんっという音を残し、テラノはあっという間に春日中学校から離れて行った。
アキラは自分のことを、パイザ・インダストリィの研究員なのだと言った。パイザ・インダストリィとは錦景市の隣にある楢崎市に本社を構える大企業のことだ。やらねばいけない仕事は山ほどあってね、一分一秒の時間も惜しいわけ、睡眠時間は毎日三時間だけよ、ああ、眠いわ、と彼女は四人に自慢げに話した。
さて、どうして四人が春日中学校の前にいるのか、というとハルカがここに幽霊がいるとアキラに話したからだ。「理科室に出るの、お転婆娘なんだ、よくスカートをめくられたな、懐かしいな、そいつ可愛くて性格もよくって男子にモテて、だからバカな女子に目を付けられて虐められて理科室の薬品を飲まされて死んだの、その娘、まだ自分が死んだって知らないみたい、まだ理科室にいてお転婆しているみたいだし、出来れば成仏させてあげたいな、その方法があるのなら」
その方法はある。
方法となる魔法があるのだ。
ミヤビの手には、それを可能にする刀がある。
見た目は日本刀。
幾何学模様が刻まれた刀身の反りはそれほどなくほとんど直線で、名前はライジング・ブレイド。
ミヤビは思ったことを言ってしまった。「……だせぇ名前」
「あ、」アキラは低い声を出してミヤビを睨んだ。「今、何つった?」
「ライジング・ブレイド、カッコいい!」
ミヤビはライジング・ブレイドを握り締めている。
四人は正門を乗り越えて、春日中学校の敷地の中に入った。
ニシキがストロボという魔法を編んでいるから四人の周りだけは異様に明るかった。ニシキは少しビビっていてミヤビの腕に自分の腕を絡め体を密着させている。
「よ、夜の学校って、不気味よね」
ミヤビはどのタイミングでニシキのことを驚かせてやろうかなって考えた。
敷地に入ってすぐ右手に体育館の入り口が見える。左手にグラウンドが広がっている。その奥にはテニスコートが四面。
「こっち」
先頭を歩くハルカは体育館と昇降口を繋ぐ渡り廊下を横断した。そして職員玄関の前を通過し、小さな西門の手前には技術室がある。そこだけ校舎から離れていた。後から増築されたものだろうか。その間の狭い通路に入り、少し行くと校舎への入り口があった。二枚のスライドドアの小さな入り口だ。もちろん施錠されていたが、ハルカは一段高くなったステップを上がり、ドアをガタガタと何度か強く揺らした。すぐにドアが開いた。
ハルカは振り返り三人に向かって笑顔で言う。「このドア、莫迦になってるんだ」
「なんでこんなこと知ってるの?」アイナが丸い目をして聞く。
「それはまた別のお話、」ハルカは魔性の目を見せて校舎の中に足を踏み入れ拳を高く上げて言う。「さあ、張り切って参りましょうっ」
これが六月十六日、錦景市立春日中学校の長い夜の始まり。




