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あの娘は発電機(She Is Electric Generator)  作者: 枕木悠
第二章 マスカレード
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第二章⑥

 マシロのメタリック・グリーンのミゼットに乗って、ミヤビとアイナとニシキ、それからスズメは丈旗の家に向かった。スズメはアイドルだし、丈旗の家までの道案内のためにミゼットの助手席に乗り込んだ。マナミは門限があるみたいで、ミゼットには乗ってない。

 魔女の三人はミゼットの荷台に乗っている。

 錦景市は夜の十時。

 梅雨の湿った風に吹かれて、少しさむかった。

 ニシキはミゼットの揺れが心地良かったのか、すぐにミヤビの肩に頭を乗せて眠ってしまった。

 ニシキの体は暖かい。

 抱き締めた。

 ミヤビはニシキに顔を寄せる。

 猫みたいな寝顔。

 口が半開きだった。

 キスしようと思ったら、アイナが先にニシキにキスした。

 そしてミヤビの顔を見てはにかんだ。「いや、キンちゃんの寝顔が可愛くって、つい」

 思うことは一緒だなってミヤビは思った。そしてミヤビはアイナがキスしたばかりのニシキの唇にキスをする。

 そしてアイナはニシキとキスしたばかりのミヤビの唇にキスする。

 アイナは唇を離して言う。「ミャアちゃんって、本当に綺麗」

「ハルカの方が綺麗だよ」

「ハルちゃんは美人って感じだよね?」

「うん、完璧な美人なんだよなぁ」

「ミャアちゃんは、雅って感じだよね?」

「何それ?」ミヤビは口元を緩める。

「着物が似合いそう」

「着物なんて着たことない」

「夏祭りには皆で、浴衣を着ようね」

「私はTシャツとジーパンでいい、皆は浴衣を着て私を楽しませて、皆私の、彼女なんだから」

「えー、ミャアちゃんの浴衣姿見たいよぉ」

「こういう関係、なんか、いいね」

「急になんだ、どうした?」

「なんて言うのかな、私たちの関係、家族でもないし、姉妹でもなさそうだし」

「トワイライト・ローラーズでしょ?」

「あ、そっか、そうだな」

 黄昏の紫色を景色に塗る魔女のバンド。

 それが、私たち。

 私たちはローラ。

 回転して、色を付けるローラ。

 同じ地域に、同じ世代の、同じ色の魔女が集まることって、凄く特別なことだってアイナが言ったから、名前が欲しいって思ったんだ。

 トワイライト・ローラーズって私たちのことなんだよ。

 名前を付けたのは、別に誰かに知ってもらいたいというわけでも、認められてもらいたいというわけでもない。

 自分たちが仲間だっていう、分かりやすい印が欲しかった。

 だから名前を付けた。

 もちろん、ちょっと格好付けたかったっていう気持ちも、なきにしもあらず。

 ミゼットは高架下を抜け、ガソリンスタンドを左折、松並木に差し掛かる。

 車線の間には背の高い松が並んでいる。その松の並びに合わせるように道路は蛇行している。

 この松並木にはいわれがある。

 錦景市の古い時代、この辺りで戦があった。沢山の死者が出て、それは傍を流れる広瀬川の色を血で紅くするほどだったという。その死者は松並木の下に埋められたらしい。松が見上げるほどの高さになったのは、死者を埋めた後から、と言われている。まるで彼らの怨恨がそうさせたように、松は不気味なほど高く育ってしまった。

 そんないわれがあるから、松はそのまま残され、道路はそれに沿うように整備された。

 それからこの松並木では幽霊の目撃談が絶えなかった。松の下で眠る鎧を纏った武士の霊が出るのだと言う。

 夜、一人でここを歩いているとカシャ、カシャを背中の方から音が聞こえてくる。夜になると松並木は車の往来がほとんどなくなる。歩行者もほとんどない。それなのに、背中の方からカシャ、カシャ、と音が聞こえてくるのだ。しかもそれはどんどん増えていく。嫌だなぁ、と思いながら歩みを早める。その歩みに合わせてカシャ、カシャという音は短い感覚で聞こえてくる。やっとのことで松並木を抜ける。するとカシャ、カシャ、という音が止んだ。

 ああ、よかった。

 そう思ってふと、後ろを振り返ると数え切れないほどの首がない、鎧を纏った武士たちが刀をこちらに向けているのだという。

 ミヤビはそんな話を思い出して、ぶるっと震えた。

「どうしたのミャアちゃん、」アイナは急に震えたミヤビの顔を覗き込む。「涙目だよ」

「眠いんだよ」ミヤビは欠伸をして目を擦りごまかした。

 その時だった。

 松並木のちょうど真ん中で、ミゼットが急に止まった。

 心臓がビクっとなった。「え?」

 ミゼットの進行方向に振り返る。

 信号に止まったわけじゃないみたい。遠くに青い光が見えている。

 ミゼットのライトが消えた。

 景色は暗くなった。

 月が出ているから真っ暗ではないのだけれど、周囲は朧。

 運転席の扉が開く音がして、マシロの声がする。「エンジンがかからない」

「え?」ミヤビとアイナは声を上げる。「なぜ?」

 そのとき、後ろの方から聞こえた。

 カシャ、カシャ。

 ミヤビとアイナは同時に振り返った。

 顔を見合わせる。「聞こえた」

 今は聞こえない。

 でも、聞こえた。アイナも聞いている。

 カシャ、カシャ。

 また、聞こえた。

「なんか、聞こえたね、」マシロが煙草に火を点けて言う。「ニシキ、明かりを点けなさい」

 しかし、ニシキは眠っている。

「先輩、」ミヤビはニシキの肩を揺らす。「起きて」

「んーん、」ニシキは可愛い声を出して、ミヤビの体を抱き締める。そしてまた寝息を立て始める。「んふふ、ミャアちゃーん・・・・・・」

「起こしたら可哀想」

「そういう場合?」アイナがミヤビの近くで言う。

「ぎゃあ!」スズメの悲鳴。

 驚いて心臓が一度止まったような気がした。

「どうした?」マシロの声。

「何?」アイナの声。

 ミヤビは荷台から降りて、助手席を覗き込む。「スズメ?」

「ななななな、」スズメはミゼットの進行方向を指さし、震える声で言った。「なんかいる!」

 ミヤビはスズメが指差す方に視線を向ける。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャと今度は沢山聞こえた。

 妙にハッキリ聞こえるものだと思った。

 そして妙にハッキリ見えるものだと思う。

 視線の先に、赤い人の輪郭が一つ。

 真っ赤だ。

 そして首がない。

 足もない。

 その部分から血があふれ出すように、赤い色がこぼれている。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ、という音がさらに多く聞こえている。

 最初に見えた一つがこちらにゆっくりと迫ってくる。

 徐々に数が増えた。隊列をなした武士の幽霊が次々に姿を見せる。

 数は多い。

 一見で把握出来ないほど。

 ちょっと、壮観だとも思う。

 これだけの幽霊を一度に見たのは初めてだ。

 不思議と怖くない。

 幽霊は見えてしまえば、怖くないのだ。嫌だな、とは思う。けれど、見えていないものを想像している時の方が怖い。それは魔女になって、最初に幽霊を見てから変わらない不思議な感覚の一つ。

 さて。

 武士の幽霊に対して怖いとは思わない。

 でも今は、なんて言えばいいだろう。

 ええっと。

 ああ、そうだ。

 狼。

 冬の雪山でお腹を空かせた狼に囲まれている気分だった。

 もちろんそんなことミヤビの生涯にまだないことなんだけれど、そういう気分だった。

 つまりなぜか、命の危険を感じている。

 チラリと振り返れば、後ろにも首なし武士が沢山いらっしゃる。

 彼らはそれぞれ武器を持っている。刀や槍や鎌や、なんか名前も知らない武器も見え隠れしている。

 スズメは声にならない声を上げている。

 正直うるさい。

 スズメはドアを開けて、ミヤビの体を抱き締めてきた。「ミヤビちゃん、逃げなきゃ、ぎゃあ!」

 スズメはまたしても悲鳴を上げた。おそらく後ろに迫る武士の姿を見て、自分たちが無数の幽霊に囲まれていることを知ったのだろう。

 スズメはミヤビを痛いくらい強く抱き締めながら悲鳴を上げ続けている。彼女の喉が心配だった。アイドルの声がガラガラだっていうのはいけない。

「スズメ、うるさい」

「だって、だって、だってぇ!」スズメは涙声だった。「だってぇ!」

「大丈夫だから、」ミヤビはスズメの後頭部を撫でながら根拠のないことを言う。「大丈夫だから」

「うわぁん!」スズメは本格的に泣き出した。「うわぁーん!」

 泣いている女の子がいいって思うのは、悪いことだろうか。「ちょ、スズメってばぁ、泣き過ぎ、苦しい」

「うわぁーん!」

 ミヤビの声はスズメの鳴き声にかき消される。

「ヤバイかもしれない、」マシロの声。「色が濃い、エネルギアが多い」

「え、ヤバイって?」アイナが聞く。

「私たち、叩き斬られるかもしれないってこと、」マシロは声に緊張を乗せて言った。「ミヤビ、早くあいつらを吹き飛ばしなさい」

「吹き飛ばすって、」普段じゃないマシロの声がミヤビにも移る。「どうやって?」

「電気で、」マシロの上に白い煙が漂った。「よ」

「そんなこと、」口の中が少し渇いていた。「やったことないんだけど」

「アンタ、発電機なんだから出来るわよ、」マシロは早口になっている。「やらなきゃ私たち、幽霊に殺されるわよっ!」

「そ、そんなことって、あるのかよ!?」

 ミヤビは今まで幽霊に襲われたことなんてない。いつも遠くから見ていただけだ。たまに目が合ったこともある。でも、迫ってくることはなかった。殺されるなんて、ちょっと信じられない。

「信じられない」ミヤビはゆっくりと迫る紅い武士たちを見て呟いた。

「ミヤビ、とりあえず煌めきなさい」

「スズメ、ごめん、ちょっと、離れて、」マシロに言われてミヤビは本当にヤバイんじゃないかって思ってる。「離れてくれないと魔法が編めないから」

「冗談言わないでっ!」スズメは涙声で怒鳴る。「ハルカじゃあるまいし、なんなのよ、魔法って、冗談言わないで!」

「スズメ、ごめん」

 ミヤビはスズメの首に触れて痺れさせた。スズメは小さく声を上げて気を失う。スズメの体を荷台から降りていたアイナが支える。こういうことをするのは二度目。丈旗に続いて二度目だ。あんまり気分がいいもんじゃないけど、でも仕方がなかった。

 先頭の紅い幽霊が一人、走って来るから。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャって鎧を擦らせながらミヤビに迫ってくる。

 怖い。

 身が竦む。

 足が震えた。

 腰が抜けそうになる。

 首がない、というのはなんて効果的な恐怖増幅装置か。

 ミヤビは紅い首なし武士に手の平を向ける。

 そして髪を紫色に煌めかせた。

 周囲がエレクトリック・バイオレッドに染まる。

 ミヤビは魔法を編んでいる。

 ミヤビは魔女だけど、魔法を編んだことってあまりない。

 だって、必要ないから。

 必要だと思うのって、スマートフォンの電池がなくなったときくらいだ。でも魔法を編んでも充電出来なくって、逆に壊してしまうような気もするからそれは試したことはない。

 魔法なんて。

 ああ、でも一度、ハルカと一緒に練習したことがある。

 夜、昭和大橋の下、群青河原にて。

 ハルカがミヤビの発電機が見たい、練習しようよ、って言ったから。

 見せた。

 雲もないのに錦景市に巨大な雷が観測されたのはミヤビのせいだっった。

 一度見せたら、ハルカははしゃいでもっと見たいって言った。

 そんなはしゃぐハルカを見てミヤビは嬉しくなったから、本気で、何度も群青河原に大きな雷を落としたんだ。だから髪の色が悪くなるほど疲れ果ててしまった。

 そのときは今までないくらいの披露で、もう魔法なんて編みたくないって思ったんだけど。

 今は、その練習が役に立ちそうだった。

 目を瞑り。

 手のひらに意識を集中する。

 電気が弾けるイメージ。

 編み込んでいく。

 精緻に編み込む。それから綺麗に編み込む。

 カシャ、カシャ、カシャ、カシャ。

 その音はどんどん迫って来る。

 体中が熱い。

 手の平が熱い。

 出来た。

 発電完了。

 目を開ける。

 紅い武士が目の前で。

 ミヤビに刀を振り下ろそうとしていた。

 発声する。「エレクトリック・ジェネレイタ」

 瞬間。

 紫色が弾けた。

 紫色と一緒に、紅色も弾ける。

 空気が電子と擦れて、雷の音が響いて耳がおかしくなる。

 とにかく。

 吹き飛ばしたみたい。

 ほっとした。

 息を吐く。

 でもほっとしたのも束の間。

 今度は一斉に、武士がこちらに向かって迫って来た。

 ミヤビは反射的に手の平を正面に向ける。

 もう一度。

 数が多過ぎるけど。

 でも、やらないと。

 ああ、でも。

 なんで?

 力が入らない。

 煌めかない。

 もしかして。

 さっきの一撃で、エネルギアがゼロになった?

 ああ、もう。

「くそったれ」

 そうミヤビが呟いたときだった。

 後方からけたたましいエンジン音がして。

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